第44話 - 罪

「ここは……?」


 樋口凛は暗闇の中を1人歩き続ける。

 そこには一筋の光もない。自分が今どこを歩いていてどの位歩き続けたのかそれすらも分からない程に闇がどこまでも続く。

 

 闇が全てを吸収してしまったのだろうか。


(全然疲れない……どういうことなの?)


 凛の感覚ではもう何時間も歩き続けている気がしているが、全く疲労が無いことに違和感を持つ。今、一体何時なのかすらも分からない。それでも凛は目的も無く、しかし、何かに導かれているかのようにひたすら歩き続ける。


「あれは……?」


 凛はあれだけ闇に包まれていた世界から一筋の光を見つけた。その光はまるで凛を導くかのようにゆらゆらと蠢く。凛はその光を少し辿った後、変化に気付いた。


「こっちに来る……?」


 光が凛に向かって来る。


 凛の性格を考えれば本来、得体の知れないものに対する嫌悪感は途轍もないものとなる。が、理由ははっきりしないものの、凛はその光は自分に対して害意はないことを確信し、自ら近付いた。光はゆっくりと凛の胸へと向かい、そのまま身体の中へと入って行く。


「うっ……」


 凛は少し声を上げ、その光が自分の身体の中でじわじわと沁み渡っていくのを感じた。


「!?」


 突然、凛の脳内に男女混合超能力サイキックドッジボール決勝の出来事が凄まじい勢いで流れ込んでくる。月島瑞希と対峙する自分を俯瞰視点で眺める。


「皆んなからかなり騒がれているけど、あんな子大したことないじゃない」

「〝優良配送業者プレミアム・シッパー〟!!」

「残念でした」

「早くアウトになりなさいよ! あなたに勝ち目なんて無いのよ!」

「私の方があんたなんかより上なのよ!!」


 自分の台詞や才能に恵まれた超能力者に完勝した優越感を含めて頭の中で考えていたことの全てがなだれ込む。そのまま女子超能力サイキックバスケットボール決勝に場面が変わる。


「マンツー・マン・ディフェンス!? 私の超能力ちからが看破された!? それともブラフ!?」

「何でこんなにサイクスを消費するの!?」

「1年ごときにこの私が揺さぶられてる!?」

「有り得ない!! 有り得ない! こんなの有り得ない!」


 47 対 31


 最終スコアが大きく映し出される。


(負けた……この私が……)


*****


「樋口先輩、ありがとうございました! 昨日のドッジボールといい、とても勉強になりました! 楽しかった!」


「……は……?」


「樋口先輩の超能力は勿論、それを最大限引き出すためのあらゆる戦略。凄かったです。私たちも常に全力を出し切らないとそのまま飲み込まれていました」


「そう……」


※第37話 – 『クラスマッチ⑩』参照


*****


 自身の自尊心が壊された。


 凛は、これまで自分が最も才能があり、周りが騒がないのも単純にその連中のレベルが低いだけで自分のことを理解ができないのだと決め付けていた。樋口家は決して恵まれた家庭環境ではなかった。両親のサイクスは微弱なもので、固有の超能力を発現できるほどの量ではなかった。兄に至っては非超能力者である。自分のサイクスも決して多いわけではない。それでも凛は努力を続け、通学していた中学校では成績トップを維持し続けた。自分の超能力も如何に効率的に発動するかを必死に考えた。


––––完膚無きまでに負けた


 確かに前日は完勝だった。しかし、それは相手の超能力をある程度知っており、さらに相手は自分のことを全く知らなかった。そして、翌日には自身の超能力が覚醒によって強力になっても手も足も出なかった。

 さらに月島瑞希は敗者に対して惜しみない賛辞を自分に送った。完敗以外の言葉でこれを表現することはできるだろうか?


 ––––俯瞰して見ていた凛の視界に突然ノイズが走る。


*****


「お兄ちゃ……?」


 多くの超能力者のサイクスを喰らい強化された身体能力を得た樋口は、妹の目の前へ素早く移動し首を掴む。


「惨めだなぁ……凛」


※第38話 – 『月に憑かれたピエロ (ピエロ・リュネール)』参照


*****


「痛ッ!」


 自分の首に痛みを感じる。


(そうか……私はあの兄に殺されたんだ)


 再び世界が暗闇に包まれる。


 凛は目が醒める前に遭った出来事を思い出した。そして死後の世界に自分は迷い込んだのだと思った。


「ここは死後の世界か……そっか……」



––––お前は死んでいない



 突然声が脳に語りかける。すると自分の体に入り込んだ光が再び自分の胸から飛び出しそれが人型に変化する。


「今度は……何……?」


 人型に集まった光が一層輝きを増し、次の瞬間人型の光を中心にして円形に拡散し暗闇の世界を照らす。


「!!?」


 その眩い光に凛は思わず顔を手で覆う。少ししてからその中心に目をやる。


「お兄ちゃん……」


 そこには樋口兼が立ち、凛のことを真っ直ぐと見据えていた。つい先刻と同じように凛の脳内に過去の出来事が次々となだれ込む。


「サイクスが使えないだなんて有り得ない」

「兄妹だなんて他で言わないで!」

「才能の無い人間が指図しないでくれる!?」



「惨めだなぁ……凛」



 ––––兄の言葉が頭の中で鳴り響く


「止めて……」


「惨めだなぁ……凛」


「止めて……」


「惨め」


「止めて!!!」



 気が付くと目の前に不気味な仮面をつけた男が立っていた。



「あなたは……?」

「……」


 仮面の男は黙って凛を真っ直ぐに見つめている。


「あぁ、あなたは神様ね……」


 静かに男が話し始める。


「俺はMOONムーン。神ではない。が、この世界を創り出したという点ではその表現は正しいかもしれない」

「この世界を創った……?」

「ここは俺の超能力で作られた幻想世界。時間も空間も俺が支配する。お前はその中をずっと彷徨っている」

「私の過去が……」

「お前は月島瑞希に完敗し、深層心理でこれまでの自分を振り返り始めた。才能とは何なのか、それは何よりも大事なことなのか? 一体自分とは?」

「……」

「お前のそのプライドが怪物を生んだ」


 体育館の様子を映し出し、そこには首がなくなった樋口兼の死体。そしてそれが動き出す。凛は変わり果てた兄の姿に驚愕する。


「こんなの……私のせいなんかじゃ」

「逃げるのか? これは紛れもなくお前が生み出した怪物だ。お前の言葉が兄の心に闇を生んだ。お前を殺さない限りこの怨念は尽きない」

「そんな……!」


 MOONムーンは黙り、凛は現実世界を見つめた。



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