第34話 - クラスマッチ⑦

「ウフフ……サイクスを喰う相手はしっかり選ばなきゃね」


 長髪を金色に染め上げ、赤いスリットの入ったスカートに黒いタンクトップを合わせた衣服。顔には血の涙を流して不敵に笑う仮面を着けた女が、上半身裸で血だらけの男の右頬をなぞりながら話しかける。


「ていうかJESTERジェスター、その人まだ生きてるの?」


 後ろでパソコンをいじっている少年が尋ねる。その少年はグレーの顔に静かに涙を溢す仮面を着けている。


「生きてるわよ。失礼ね」


 JESTERジェスターと呼ばれた女は少年に向かって答える。


JOKERジョーカーはどうしてこの子を連れて来たのかしらね?」

「僕が知るはずないよ。あの人何考えてるのかよく分かんないし、気まぐれだし、適当だし」


 廃墟の奥から髪の毛を赤く逆立て、190センチはあろう長身の男が歩いてくる。2人が話していたJOKERジョーカー本人である。JOKERジョーカーもまた仮面を着けている。白いマスクに赤黒い歯を剥き出しにしたグロテスクな口元、切れ長な目を型取った穴からは黄色がかった瞳が覗く。目元には血のように赤い逆十字が刻まれている。


「気まぐれだよぉ」


 その男は禍々しいサイクスを発しながら息が絶え絶えになっている男、樋口兼に近付いてしゃがみ込む。


「彼ね、可哀想なんだよ。家族で唯一サイクスが使えなくてねぇ。ぞんざいな扱いを受けてきたんだ。特に優秀な妹からの扱いは酷くてねぇ」


 男はナイフを取り出し、樋口の首筋に当てる。


「知ってるかい? キミの妹が通ってる学校、クラスマッチやってるみたいだよ。応援しに行ってあげたら? ちなみにあそこは優秀な超能力者の子たちが多いから〝ご飯〟も美味しいと思うよ?」


 JOKERジョーカーは再び立ち上がって少年の方へ向かう。


DOCドク、怪我治してあげなよ。彼、苦しそうだよ?」

「いやいや、彼をこんなにしたのはJOKERジョーカーでしょ?」

「ククク、そうだっけ?」


 DOCドクはやれやれと呆れながら溜め息をつく。


「後から利用するんだったらもうちょっと考えてやりなよ。死ぬ一歩手前までボロボロにしちゃってさ」

「それで死んじゃうんだったらそこまでだよ。遊ぶなら丈夫なオモチャが良いじゃない?」


 JOKERジョーカーは不気味に笑うと廃墟の暗闇に消えていった。


「まーた仕事増えたよ」


 DOCドクが溢す。


「良いじゃない、坊や。サイクスの修行になるわよ」

「いやいや、もう知ってるし。見た目がこんなんなだけで君らより歳上だし……。はぁ、仕事増やしてた人がいなくなったと思ったら、今度は別の人が仕事増やしてくるんだよ」

「頑張って♡」


 JESTERジェスターはそう言って仮面を外すと、DOCドクの頰に軽くキスして姿を消した。


「はぁ……皆んな勝手なんだからさぁ……」


 DOCドクはそう言いながら樋口の元へと寄って行った。


#####


––––クラスマッチ最終日の朝、翔子が朝食を食べ終えて支度をする瑞希に声をかける。


「今日の最終日は女バスだけ?」

「うん、午前中に準決勝があって、勝ったら決勝が午後から」

「私も後で応援に行くからね」

「うん、頑張る!」


 瑞希は頭の中で女バスのシミュレーションを行っている。


(準決勝、何としても勝って3年4組と決勝で試合したい! そしてリベンジしたい!)


#####


 午前10時半から行われた2年5組との準決勝では危なげなく勝利し、1年1組は決勝へと駒を進める。その後に行われた準決勝のもう1カード、3年4組と3年2組の試合は3年4組が危なげなく勝利した。これによって午後4時から行われる女バス決勝は、昨日の男女混合超能力サイキックドッジボール決勝と同じ対戦カードとなった。


「3年4組の試合観たけど、何か超能力ちからを使ってる様子はなかったね」


 志乃が試合の様子を思い返しながら呟く。


「うん。手の内は見せたくないってやつじゃない?」


 綾子が答える。


「リベンジしなきゃね!」


 萌が瑞希の方を見ながら溌剌はつらつと言う。


「うん。皆んなには昨日少しだけ話はしたけど、もう1回、詳しく話すね。まずは樋口先輩の超能力から……」


 瑞希は、それからチームメイトに樋口の超能力や使われた戦略を説明する。


「めちゃくちゃ瑞希ちゃんのこと警戒してるじゃん。よく頭こんがらがらないよね」


 萌が両手の人差し指を頭に当てながら口を尖がらせて顔をしかめる。


「うん。単純に超能力を使って攻めてくるだけなら対処の仕様があったけど、あんなに仕掛けがあると私もパニくっちゃった」


 長野結衣が萌と瑞希の間から顔を覗き込ませて瑞希に尋ねる。


「それでどうするの?」


 瑞希は眉を上げながらそれに応じる。


「正直言うとこの超能力、まだ分からないことが多いの。その辺は試合しながら確認していかないといけないかも」


「ってことは序盤は守備的に進めるのが良いかもね」


 志乃が呟いた。


「うん、それが良いと思う。それに相手も慎重に来ると思うし」

「どうして?」

「どちらにせよ昨日の時点で超能力だっていうのはバレてる訳で、その内容を理解しているのか、そもそも誰の超能力か分かっているのかを確認したいはず。昨日の試合の慎重な進め方から見てその確認作業を序盤は仕掛けてくると思う」


「でも裏をかいてくる可能性もあるよね?」


 綾子は様々な仕掛けを施してきた樋口ならば、こちらの裏をかいてくる可能性もあると指摘した。


「もちろん。どちらに転んでも良いようにまずは守備っていうのは大事だと思う」

「OK」


 全員に自分の考えを共有できたことを確認して瑞希が策を話す。


「それでとりあえずの作戦ね……」



––––午後4時前



 決勝の2チームは整列を始める。


 1年1組 – 大木志乃(4番)、西条綾子(5番)、長野結衣(6番)、月島瑞希(7番)、豊島萌(8番)


 3年4組 – 二宮桜(4番)、樋口凛(5番)、尾上おがみ智子ともこ(6番)、今野こんの 裕里ゆうり(7番)、辻野つじの 久美くみ(8番)


(今度は勝つ!)


 瑞希が決意を固めている時、マスクを付けた男が第三地区高校へ入場していた。


「風邪ですか」

 

 受付の職員がその男に尋ねる。


「いえ、少しくしゃみがあるのでマスクを着けてきたんです。妹が決勝らしくて観に来たんですよ」

「そうだったんですね。楽しんで下さいね」

「えぇ。楽しくなると思います」


 樋口兼はそう言って女子超能力サイキックバスケットボール決勝が行われる体育館へと向かった。

 


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