第77話 有の女神様の件

『…… はあー、ダメだわ。今日も朝から妄想がムンムンだわ。この溢れ出る妄想はどうしたら止められるの。誰か教えて……』


 そう、言わずと知れた有の女神である。誰にも見えず、鎖に繋がれた状態で幾星霜。ここ数十年は夫である無の男神のアレを想像してムンムンとして過ごしている状態である。


『全く、無の男神オノミも早く私を見つけなさいってっ!! 何をしてるのよっ! このままだと闇堕ちしちゃうじゃないっ!』


 ソコに犬の鳴き声が響いた。何事と思い鳴き声の方を見ると、尻尾をブンブン振り回して有の女神目掛けて猛然と走ってくる巨大な柴犬が!


『キャアッ、ちょっ、ちょっと待って。もしかして見えてる私? でもダメ、動けないから逃げられない。ああ、こんなトコロであんな怪物に食べられて終わるのね、私。最後にあの人とナニをしたかったわ……』


 と悲壮な覚悟を決めた有の女神だが、目の前で急停止した柴犬はキャンキャン天に向かって吠えながら有の女神の鎖に繋がれた手を舐めた。


『ああ、手から食べようって言うのね。分かったわ、もうアナタの好きにしてちょうだい』


 全てを諦めた時に有の女神に声が届いた。


『やったッ! 良くやってくれた、テツ! やっと見つけたよ、メノミ!!』


 その声は懐かしくも逞しい夫の声である事を知った有の女神は、開口一番、


『遅いんじゃーっ!! もっと早く来いやーっ!』


 と叫んだのだった……



 感動的(?)な再開を果たした二人だが、かなり困っていた。そう、有の女神の鎖が外れないのである。コレは創造神が有の女神を縛り上げる為に作った鎖で、ある種呪いの鎖とも言えるのだ。

 無の男神が神力を使用しても外れない為に二柱の神は途方に暮れていた。


『ねえ、オノミ。このままじゃ、邪神達に見つかってしまうわ。貴方だけでも隠れてなさいよ』


『そんな事は出来ないよ。メノミ。やっと見つけたんだから。もう二度と君から目を離したりしないよ』


 二柱の神がロマンスに興じている時に、テツは走り出した。テツはトウジやサヤやマコトを連れて来るつもりで走り出したのだが、二柱の神は、


『ああ、役目から開放されて自由に走り出したのね』


『ああ、あのテツはメノミを見つけ出す為に転生させてしまったからね。役目はちゃんと果たしてくれたし、この世界で自由に暮らしてくれたら良いな』


 とテツを見送りながら語り合った。



 走り出したテツは温泉方面からトウジ達がコチラに向かって来てる事に気がついた。コンカッセ夫婦と別れたトウジ達は、ピンク色の空気の発生原因調査の前にテツと合流しようと思い、無謬を使ってテツを見つけて向かって来ていたのだ。

 その無謬により二柱の神も感知していたが。


「やっぱりテツは神様を見つけたようだぞ。それも二柱もこの先にいるようだ」


「そうなの? テツは何で神様を探すんだろうね?」


 サヤがそう不思議そうに言うから、俺は無の男神によって転生したテツは行方不明の有の女神を探しているようだと伝えた。ただ、【神探犬】だから途中で違う神様を見つけたら走り出してしまうようだがとも教えた。


「そうなんだ。それじゃ、テツは有の女神を見つけたら如何なるのかな?」


 マコトが不安そうにそう聞いてきたが、それは俺にも分からない。が、役目を終えたら本当に俺達と死ぬまで一緒に居てくれる筈だと言って安心させた。無の男神に言ってそうさせるつもりだしな。

 そんな事を話しながら歩いていたら、テツがワンワン言いながら走り寄ってきた。そして、サヤとマコトの間に行って、身体を猫のようにすり寄せている。


「どうしたの? テツ。神様を見つけたんでしょ」


 とサヤ。続けてマコトが、


「どんな神様を見つけたの? 良い神様? それとも悪い神様?」


 と聞くと今度は俺の所に来て、俺の服の袖を噛んで引っ張り始めた。


「うわっ、分かったから、引っ張るな。ちゃんと付いていくから案内してくれ」


 俺は慌ててテツにそう言って頭を撫でて落ち着かせた。俺の言葉が分かったのだろう。テツは噛むのを止めて付いてこいという感じで歩き出した。

 素直に付いていく俺達。暫く歩くと、何とかナニをしようとしている二柱の神様を見てしまった……


 うん、タイミングが悪いよ。テツさんや。


 しかし、俺は気がついた。女神の方からピンク色の空気が滲み出している事に。


「あんたが、元凶かい!」


 思わず大声で突っ込んでしまった俺。そんな俺に気がついた二柱の神は石像のフリを始めたようだ。今さら遅いが。


「あー、えっと。見るつもりは無かったんだけど、テツに案内されて来ました。冒険者のトウジと言います。コッチは妻のサヤとマコトです」


 他人の、それも神様の情事を垣間見てしまった俺の妻二人は隙間が盛大に空いた両手で顔を隠しながら二柱の神に頭を下げている。だから、それは意味ないって。

 しかし、ソレでも石像のフリを止めない二柱の神。二柱とも顔が真っ赤っ赤だからバレバレなんですが。俺は無謬でさっきから神を見ているから二柱が有の女神と無の男神の夫婦神だと分かっている。

 しかし、有の女神の鎖を外して自由にしてあげてから楽しめば良いのに、何で鎖を外してあげないんだ? 俺は不思議に思ったので素直に無の男神に聞いてみた。


「何で鎖を外してあげないんですか? 外してからならそんなに苦労せずに済むと思うんですが?」


 俺の言葉に無の男神が、ギギギィーと音が出そうな程の速度と固さで俺を見た。


『さっきから何度か挑戦したけど、創造神の神力がこもっているからか、僕では外せないんだ』


 ん? このひと、【無】の神様だよな? 俺でも外せるこの鎖を外せないなんて嘘だろ?

 俺はそう思いながら、有の女神の鎖を無造作に外した。


『えっ、!?』

『なっ、? 何で外せるの? まさか…… 貴方、創造神なの!?』


 いや、違いますから。俺は二柱に説明した。


「鎖を無謬で確認したら【呪】と出たからスキルでその呪いを無効にしました。元々、呪いによって巻き付いてただけですから、呪いを解いたら簡単に外せますよ。無の男神なら俺と同じスキル《神力》だから、外せたでしょう?」


『イヤイヤイヤイヤ、! 無いから、そんな創造神の神力を無効に出来るスキルなんて、無いからっ!!』


 うそーん。そんなに力説されても、目の前で実際にやりましたよね? 俺は不思議に思った。そしたら、無の男神が俺を凝視して、


『君は一体、何者だい? 確かにスキル【無】を持ってる様だけど、僕の定めたことわりから、大きく外れて、トンデモないスキルになってるよ。それに、何で【無職】が神級職になってるんだい!? そんな筈は無いんだけど……』


 いや、俺が知るかーい! あんた、【無】の神様でしょうに。あんたが分からん事が俺に分かる筈は無いでしょうよ。

 俺は心の中で盛大に突っ込みながらも、口に出しては、


「いやー、俺にも分かりませんよー。ハッハッハッー」


 と言っておいた。後ろでサヤとマコトが、


「トウジ、絶対に神様に突っ込み入れたよね」

「うん、あの口調の時は心の中でかなり強めに突っ込み入れてる時だもんね」


 とか、俺の心理を読んでいるが。


『けれども助かったよ。有難う。コレでメノミと昔の様に自由に愛し合えるよ』


『そうよ、本当に有難う。私もう後二年も同じ状態だったら絶対に闇堕ちしてたもん』


『コレは感謝の気持ちだよ。受け取ってくれるかな』


 そう言って無の男神が俺に両手を翳した。そしたら、俺は身体の内側から力が湧き上がるのを感じた。


『後でステータスを確認してみて。僕からのささやかなプレゼントだよ』


『二人には私から、送るね』


 そう言ってサヤに左手をマコトに右手を翳す有の女神。


『二人も後でステータスを確認してみてね。私達は創造神に見つからない様に隠れなきゃ行けないから、コレで会う事も無いでしょうけど、念話は出来るから、必要な時は話しかけてね』


 何て言うから、俺は試しに二柱の神に【無在】をかけてみた。そしたら、


『えっ、何なの! このスキル』

『こ、これなら創造神にも見つからない!』


 二柱の神様が大喜びしている。俺はまだ確認してないけど、【無在】も進化したのを感じたので、二柱の神に実験台になってもらったのだが、どうやら大丈夫なようだ。序にテツについて無の男神に聞いた。


『うん、大丈夫だよ。テツはもう僕からの祝福だけを残して、使命とは無縁になってるから。この地で皆と一緒に過ごせるよ』


 ソレを聞いたサヤとマコトが大喜びしたのは間違いない。有の女神は、


『念話は出来るけど、出来たら二週間程は話しかけて来ないでね』

 

 と、俺達に念押ししてから、気配を絶った。まあ、無在をかけた俺には居場所が分かるんだけどね。





 

 




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