第61話 子爵の暴走の件
落ち着いた二人に散々礼を言われて、俺達三人は苦笑いである。
そして、談笑を始めた時に一人の男が飛び込んできた。息を切らしてゼエゼエ言ってるのはハマカヌだった。
「よ、良かった。トウジさんもここに居たか。マ、マスター、大変だ。あの子爵野郎が孤児院に行って、三人の女の子を連れて行きやがったそうだ。今はナラズとカザアーナとソロリーが後を追っているが、侯爵が泊まってる宿に入られると厄介だとナラズが言ってた。それに、一人だけトンでもない強さの私兵が居たそうだ。ナラズでもヤバいらしい······」
そう聞いた俺達三人は既に準備を終えていた。俺はザーバスに言う。
「俺達三人が行くよ。必ず連れ去られた女の子達は助け出す。その時は孤児院の他の子供達も一緒にギルドに匿ってもらえるか?」
「トウジよ、当たり前だ。今から俺と腕の立つ冒険者を連れて孤児院に残ってる子供達は先にギルドに連れてくる。済まないが捕まってる子供達はトウジよ、よろしく頼む」
そう言ってザーバスは俺に頭を下げた。
ギルドから逃げた子爵は、このまま帰ると侯爵に始末されると考えに考えた。侯爵の私兵を預かりながら目当てのヨッパを連れ帰るどころか、私兵は行方不明になり、自分一人で帰ったのではあっさりと始末されるのは目に見えている。
そこで子爵は自分の私兵を呼び出した。王国カインでは国王が留学中に開発した通信石を下賜されている。それを使い私兵を呼んだ子爵は、孤児院に行き院長に話をする。
「この度、ハーベラス侯爵閣下のメイドを新たに雇う事になった。そこで私がその雇う人間を見てくるようにと仰せつかったのだ。さあ、この孤児院にいる女を私の前に連れてくるのだ」
しかし、この孤児院の院長もハーベラスの悪い噂を勿論知っている。なので返事は、
「ここは孤児達が集まり生活をしております。侯爵閣下のメイドになれるような教育までは誰にも出来ておりません。ご迷惑をおかけする事になりますので、今回のお話はなかった事にしてください」
実はこの院長は元々貴族の出である。実家は男爵家であったが、自身は三男だったので好きな事をして生きようと放浪している内にこの孤児院の院長に落ち着いてしまった。彼は子供好きなのもあるが、誠実な人柄で良く子供達にお土産だと言ってはお菓子なんかを手にして孤児院に出入りしていたら、前任の院長から後継してくれと打診されたので、了承した経緯がある。
そんな彼がこの話に乗る筈がなかった。
その頃、ナラズはその孤児院に向かっていた。元々孤児だったナラズはその孤児院で十五才まで育ったのだ。十二才から冒険者登録をしたが、初めは町中の雑用しか出来ずに僅かな稼ぎを孤児院に寄付していた。その頃はまだ前任の院長だったが、今の院長になっても稼いだ金の一部を孤児院に寄付するのを止めてない。ヨッパの件が一応目処がついたと思ったナラズは手土産に菓子を持って孤児院に向かっていたのだ。
孤児院の少し手前で兵士に泣きながら手を引かれる三人の女の子を見たナラズは駆け寄って怒鳴った。
「おい、俺の妹達を何処に連れて行く気だ!」
「ナラズ兄ちゃん、助けて!」
連れられている女の子の中で十三才になるヨーカがナラズに助けを求める。飛び出そうとしたナラズの前に一人の兵士が立ち塞がった。
「んー? 君は誰かな? 僕達は命令でこの
目の前の兵士を見たナラズは背筋がゾクリとしたのを感じながらも果敢に声を上げた。
「いくら命令だとしてもだ、それが人を勝手に連れて行って良い理由にはならない! 俺はA級冒険者のナラズだ! 返して貰うぞ、俺の妹達を!」
そう言って前に出ようとしたナラズをその兵士が止める。
「そう言われても僕達がはい、そうですかとこの
そう言ってナラズの腹を軽く叩く兵士。叩かれたナラズは最初はこいつ、何をしたいんだ? と思ったがその後に腹が爆発したかの様な感じになり、腹をおさえて踞る。
「グッ、グッ、ガハッ!」
血反吐を地面に吐き、呻くナラズ。それを見て兵士が言った。
「弱いのにしゃしゃり出るから死ぬ事になるんだよ。それじゃ、僕達はもう行くね」
そう言って子爵と兵士達は女の子を連れてその場を立ち去る。
そこに顔をボコボコに腫らした院長が出てきて倒れて呻くナラズを見つけた。
「ナッ、ナラズくん! 今回復魔法をかける。キュアー」
ナラズは院長の回復魔法によって症状が和らいだが、体の芯の部分で治ってないことは分かった。が、このまま妹達を見捨てるつもりもなかったので、院長に言った。
「ヨーゼフ院長。俺が後を追って必ずヨーカ達を助けます。院長は冒険者ギルドのマスターに連絡を入れて貰えますか。私兵の中に一人だけ異様な強さを持つ男がいることも忘れずに伝えて下さい」
そういった時にそこをカザアーナ達が通りがかった。そして、ナラズを見て非常事態だと悟る。
「ナラズ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「カザアーナ、良い所に来てくれた。実は······」
先程の出来事を伝えるナラズ。それを聞いてカザアーナがハマカヌにギルドへ走れと言い、自分達はナラズと一緒に行くと子爵達を追って走り出したのだ。
俺達はハマカヌに案内してもらいながらカザアーナ達がナラズと会った経緯を聞いた。そこで俺達は真っ直ぐ侯爵の泊まっている宿に向かった。そこから孤児院方面に向かう事にしたのだ。しかし、既に遅かったようで、宿の前でナラズとカザアーナ、ソロリーが子爵とその私兵と揉めていた。
「早く返せ。孤児院から勝手に連れ出した子供達を!」
ナラズがそう子爵に言うと、子爵が嘲笑うように返事をした。
「何の話をしてるんだ? 孤児院から勝手に連れ出した等と言い掛かりも甚だしい。私はメイド候補を雇っただけだ。」
「ふざけるな! 孤児をメイドとして雇う貴族なんかは居ない!」
「侯爵閣下は懐の広い方だからな。例え孤児と言えど才能に溢れたモノは雇われる方だ。その才能が美貌だと特にな。ワーハッハッハッ!」
俺はハマカヌを先に行かせて、サヤとマコトと一緒に人の居ない場所まで行く。そして、二人に言った。
「無在をかけるから、二人は中に入って連れ出された女の子達を見つけてくれるか? そこに俺も無空間で飛んで行く。侯爵もこの子爵も許せないが、国王に任せた方が良いからな。本当は俺も我慢の限界が近いんだが······」
「トウジ、それは私達も同じ気持ち。少しだけ侯爵を懲らしめても良い?」
「うん、暫くそんな行為が出来なくなるように私がするっていうのはどうかな?」
「ああ、それは良いな。良し、それじゃその方向で頼む」
そして、俺は二人に無在をかけた。それから俺もナラズ達の元に行く。
「あっ、貴様は!」
「よう、頭脳明晰と言いながら言葉の分からない子爵殿じゃないか。どうやら辛うじて俺の事は覚えてるみたいだな」
「グヌヌヌ、忘れる筈が無かろう! 貴様、侯爵様の私兵を何処にやった! さっさと返せ!」
「俺が知ってる訳ないだろう。アイツらは勝手に消えたんだよ。あんたも見てた筈だよ」
そんな俺達のやり取りに焦れたようにナラズが言う。
「トウジさん、こんな事をしている間にも俺の妹達が」
そこで俺は俺達の周りだけに無音をかけてナラズに言った。
「安心しろ、ナラズ。今、サヤとマコトが中に入って女の子達の居場所を探している。もうすぐ見つかる筈だ。そこに俺とお前も一緒に言って、助け出すぞ」
「なっ、どうやって中に」
「そこは内緒だな。俺のスキルに関わるからな」
「分かった、詳しい事は聞かない。俺としては妹達を助けられるならそれで良い。グッ!」
「うん? ナラズ少し失礼するぞ」
俺は無謬でナラズを見た。すると、
【状態異常】
後二時間程で死に至る
何ですとーっ! 先に言えやコラ。間に合ったから良いけど。
俺はナラズに無傷と無病息災をかけた。そしたらナラズが不思議そうな顔になる。
「アレ? 息苦しさと重怠い感じが無くなった」
「詳しくは言えないが、俺のスキルでナラズの状態を健全な状態に戻した。前からそんな状態だったのか?」
「いや、トウジさん。私兵の中で異様なヤツがいてな。そいつに軽く腹を叩かれただけなんだが、そこからなんだ」
「そうか」
そこまで聞いた時にサヤから連絡が入った。
『トウジ、見つけた。まだ、大丈夫だよ』
『分かった、直ぐに行く』
「良し、ナラズ。見つけたぞ。カザアーナ、ソロリー、ハマカヌは直ぐに撤退してくれ。ギルドまでな」
「あ、ああ。分かった。良し、撤退だ!」
「「おう!」」
三人が急に後ろを向いて走り出したのを見て子爵が笑い出す。
「ワーハッハッハッ、仲間はお前達を見捨てたようだな。賢明な判断だ」
俺はソレを無視して俺とナラズに無在をかけた。目の前から消えた俺達に驚いているようだが、自分に都合の良いように解釈する子爵。
「ふん、二人も逃げたか。まあ、良い。侯爵様の機嫌も直ったし、コレで私も安泰だ」
そう言って宿に引っ込んだ。俺はそのまま無空間でサヤとマコトの元に行く。
そこではヨダレを垂らした中年ハゲが女の子達を追いかけていた。見たくねぇ。ハゲたオッサンの裸なんて。
ナラズが慌てる。が、俺は女の子達に無在をかける。目の前から消えた女の子達を探して中年ハゲがキョロキョロしてるが、それは無視して俺はナラズを女の子達の方に行かせた。
「すまない、ヨーカ、カミナ、ナージュ。遅くなったな」
「「「ナラズ兄ちゃーん」」」
泣きながらナラズに抱きつく女の子達。マコトはそれをウンウンと見ながら中年ハゲの股間に向かって呪文を唱えた。
すると、ハゲの股間から
「私のオリジナル魔法で、今回は二ヶ月の間は消えたままだよ」
うん、マコトは絶対に怒らすまいと俺は心に誓ったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます