第4話 レベル上げ準備の件


 エイダスさんに案内された宿は清潔感の溢れたきれいな宿屋で、名前が『豚の箱』。

 前世ではダメな名前だが、ここは異世界だと自分に言い聞かせて、中に入った。


 中の受付にいたのは、十歳位に見える男の子で、エイダスさんと俺を見ると、


「いらっしゃいませ。エイダスさん、お客さんを連れてきてくれたの?」


 と聞いてきた。

 エイダスさんは知らない人が見たら怖いニコニコ顔で、少年に向かって言った。


「おう、ヤーンは今日も受付か。偉いな。そうだ、お客さんだぞ。

このトウジを泊めてやってくれ。取り敢えず、十日でいいかな」


「は~い、有り難うございます。トウジさん、うちは食事はついてないから、外に食べに行ってもらう必要があります。

ただ、他の宿屋にはない所が多いんですが、各部屋にトイレと風呂がありますから、ゆっくりは出来ますよ。

一泊角銀貨一枚と他所より少し高いですけど······ 構いませんか?」


 俺はそれを聞いてここに決めた。

 元々食事を決まった時間に食べる習慣もなかったし、何か買ってきて部屋で食べても良いとの事なので、気が楽だったのだ。

 俺は懐から大銀貨一枚と、銅貨五枚を出してヤーン君に渡した。


「はい、これでお願いします。取り敢えず十日間、よろしく頼むなヤーン君。

銅貨五枚はチップだから、ヤーン君が好きな物を買えば良いから」


 そう言うとヤーン君は目を輝かせて俺に礼を言った。


「やった、有り難う。トウジ兄ちゃん。

あっ、ゴメンなさい。お客さんに馴れ馴れしい口を聞いて······」


『おうふっ! 十歳位の子にお兄ちゃんって呼ばれるなんて······ 二十五歳を過ぎて初めてだな』


 俺は内心の喜びを顔面に表しながら、ヤーン君に言った。


「いやいや、ヤーン君。構わないよ。これからはトウジ兄ちゃんと呼んでくれ!」


 そのやり取りを苦笑しながら見ていたエイダスさんが俺に、そろそろ俺は帰ると言ってきたので、礼を言った。


「エイダスさん、何から何まで有り難うございます。明日もよろしくお願いします」


「おう、トウジ。明日は九つの時刻に迎えに来るから、朝飯もそれまでに済ませておけよ。

じゃあ、ヤーンよ、又な。こいつにこの辺の事を教えてやってくれよ」


「うん、分かったよ。エイダスさん有り難う」


 そう言ってエイダスさんを見送ったヤーン君は、俺に向き直り、鍵を渡しながら、


「トウジ兄ちゃん、部屋はあの階段を上がった直ぐの二〇一だよ。

今日の晩御飯と、明日の朝御飯を買うなら、この宿の三軒右隣にある『バーム商会』に行けば良いよ。着替えなんかも売ってるよ。

あと、ゴミは部屋のゴミ箱に入れておいてね。貴重品は自己管理でお願いします」


 と丁寧に教えてくれた。

 俺は礼を言って部屋へと向かう。

 予想以上に広かった。ビジネスホテルのダブルルーム位の広さがあり、驚いた事にトイレは水洗だし、風呂とは別個になっている。


 俺は買い物に行こうと思い、また階段を降りて受付にいたヤーン君に聞いてみた。


「凄いな、この宿は。水洗トイレだし、お風呂はトイレと別についてるし」


 ヤーン君は嬉しそうに答えてくれた。


「エヘヘ、凄いでしょう。細かい事は僕には分からないけど、ナッツン様が宰相になられてから、街の衛生を良くしようって下水が整備されたんだって。

その時期に、何処かの魔道具師が開発した水洗トイレが大量に安く仕入れられて、僕のお父さんとお母さんが奮発して、今の部屋に改築したんだ。

早くに着手したから、宰相様から補助金も貰えて、大きな借金も返せたってお母さんが言ってた」


『グヌヌヌッ、すっかり騙されていたな。あの宰相閣下には』


 俺は内心でそう思いなから、今から買い物に行ってくるけど、鍵は一旦受付に渡した方が良いのか確認してみた。

 ヤーン君いわく、無くさない自信があるなら持っていても構わないとの事。俺は無くす自信があったので、素直にヤーン君に鍵を渡した。


「トウジ兄ちゃん、街の治安もナッツン様が宰相になってからかなり良くなってきてるけど、掏摸すりもまだいるから気をつけてね」


 その言葉に礼を言って、俺は買い物に向かった。

 ヤーン君に聞いたバーム商会は直ぐに分かった。俺は中に入って売られていた下着や、こちらの人達が着ている同じような服を各々三着ずつ購入した。

 丸銀貨一枚が飛んで行った。

 食品コーナーに行くと、出来立ての弁当があったので、晩飯用に選び朝飯にはパンを買った。


 そして、バーム商会を出て、散策する事なく宿に戻った。

 ヤーン君に鍵をもらい、部屋に入りステータスを見てみれば、スキルの表示に変化があった。


 スキル:【

 無音むおん:(New)

  (味方)自身や対象者が発するあらゆる音を消す

   (敵)相手を喋れなくして魔法詠唱を出来なくさせる 詠唱が必要なスキルも同様 また、音を聞こえなくする

  

 無毒むどく:(New)

  (味方)自身や対象者の毒を消す

   (敵)自身や対象者から消した毒を無形箱に保管でき、その効力を変化させる事が出来る 毒を敵の体内に送り込める

  

 無臭むしゅう:(New)

  (味方)自身や対象者の匂いを消す

  (敵)どんなに嗅覚に優れた者でも、匂いを感じなくさせる

  

 無形箱むけいばこ:(New)

  形のない箱で、何でも入れる事が可能 但し百メートルを越える物は入らない 内部は自動整理される


 表示が敵味方に別れて説明がついている。エイダスさんが検証してくれたお陰だな。

 そして、【無形箱】なるスキルが新たに生えている。

 新たに生えたと言うよりは、無毒が敵味方に別れて表示される事によって発覚したスキルかな?

 

 俺は色々と考えながら晩飯を食べて、風呂に入ってからベッドに横になった。

 気疲れしていたのか、直ぐに寝てしまったようだ。

 朝、七つの時刻に目が覚めた俺は、顔を洗ってスッキリしてから、昨日買ったパンを食べる。

 飲み物は受付に行けば、コーヒー、紅茶、緑茶から選んで一杯は無料で提供される。

 昨日会わなかったヤーン君のお母さんにも、この時に会えて挨拶する事が出来た。

 お母さんからはチップを有り難うございましたとお礼を言われた。

 偉いぞ、ヤーン君。俺が同じ年の頃なら親には言わずに、黙っておくぞ。

 と心の中でヤーン君を褒めつつ、朝飯を平らげた。

 そして、時間がある内にスキルの検証を行う。

 八つの時刻に部屋にヤーン君がゴミを取りに来たので、少し待ってもらい、部屋に無音を掛けてみる。

 説明は対象者となっていたので、生命ある者にしか掛からないかと思ったが、発動後にヤーン君に部屋に入ってもらい、扉の外からヤーン君を見ていると、音が出てもおかしくないのに音が一切聞こえなかった。

 なので、部屋に入って見ると音が聞こえた。

 おお、これは盗聴防止部屋になってるんだなと、確信を持てた。

 それからヤーン君が部屋を出てからステータスを確認してみると、対象者の表示が対象者(物)に変わっていた。


 このスキルは自分で色々と検証する必要があるんだと思った。

 そして、九つの時刻にエイダスさんが迎えに来てくれた。


「おはよう、トウジ。良く寝られた様だな。顔色も良いし、早速出かけるか。

先ずは俺の行き付けの武防具店に行こう」


「エイダスさん、お早うございます。今日もよろしくお願いします」


 俺は挨拶を返してエイダスさんに着いていく。

 勿論、部屋の鍵は受付に渡した。

 現金は昨日バーム商会で購入したバックパックに入れてると見せかけて、無形箱に入れてある。

 ヤーン君に掏摸すりがいるって聞いたからね。


 そして、着いた武防具の店はあまり流行って無さそうな店だった。

 が、着くなりエイダスさんが俺に言う。


「ここの店主は反骨でな。気に入った奴にしか武防具を売らないんだ。

トウジなら気に入って貰えると思ったから連れて来たんだ。腕はこの城下町では一番だから安心してくれ」


「はい、分かりました」


 俺は素直に返事をして、エイダスさんと共に店に足を踏み入れた。 


 

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