泡沫の恋~もう一つの人魚姫の物語~
ゆなか
第1話
ずっと夢見ていたの。
あなたにもう一度会える日を……。
****
――とある深い海の底。
人魚の住む国がありました。
人魚の国の城には王様と六人の姫が住んでいました。
個性豊かな六人姉妹の一番末の姫リリアは、亡くなった母親に似て、姉妹の中で一番の美人でした。
王様も姉達もそんなリリアを誇らしく思い、とても愛していました。
人魚は十五歳の誕生日を迎えると、人間の世界に行くことが許されるようになります。
姉達も十五歳を迎えると海の上に泳いで行き、『海面から見る夜の月の光がどんなに美しいか』、『波打ち際で楽しそうに駆け回る人間の子供』、『鯨よりも大きい、人間を乗せて動く船』など、人間の世界で見てきたことを妹達に話してくれました。
好奇心に輝くリリアの青い瞳はキラキラと飛沫を上げる海面のように綺麗で、昂揚した頬は桜貝のように愛らしく、姉達はリリアを喜ばせる為に沢山のことを話しました。
姉達の話を沢山聞いたリリアは、十五歳の誕生日を何よりも心待ちにしていました。
――そしてリリアも待ちわびていた十五歳の誕生日を迎えました。
「やっと人間の世界が見られるのね!」
逸る気持ちを抑えきれないリリアは、海面を目指して泳ぎ出します。
波の上に顔を出すと、大きな箱のような物が海に浮かんでいました。
「あれはきっと……二番目のお姉様が教えてくれた『人間を乗せて動く船』ね。本当に鯨よりも大きいのね」
大きいだけでなく、金色や銀色をしたきらびやかな装飾が船全体に施されています。
「これが夢に見た人間の世界……」
リリアはほうっと溜息を吐きながら、船に見惚れます。
「すごいわ。……それにこの音は?」
船の方からは、楽しそうな音楽や歌が聞こえてきます。
軽快なリズムは聴いているだけで胸がわくわくします。歌うことが大好きなリリアは、もっと近くで聞いてみたいと思いました。
「……ちょっとだけ。誰にも見つからないようにするから」
そう誰かに言い訳をしながら、船に近寄ってみることにしました。
そっと覗き込んだ船の一室。
中に一人の青年がいるのが見えました。
その人は、リリアが今までに出会った誰よりも美しい青年でした。
太陽のような鮮やかな金色の髪に、光に反射した海色の鮮やかな瞳。鍛え上げられた身体。
「……素敵な人」
リリアの頬には赤みが差して熱く、胸はドキドキと高鳴っています。
美しい青年から目を離すことができませんでした。
リリアは、一目で恋に落ちました。
少しすると、部屋の中に綺麗な服を着た年老いた男が入って来ました。
『王子、準備が整いましたぞ』
『ああ、セバスティアン。ありがとう』
美しい青年はにこやかに微笑みます。
あの人は……人間の王子様なのね……。
中の会話に耳を澄ませていると、この大きな船は王子様の誕生日のために用意されたこと、これから誕生日を祝うパーティーがあることが分かりました。
移動する王子様達に合わせ、リリアも彼等が見える場所に移動しました。
王子様の誕生日は、とても豪華な物でした。
海の中では見たことのない沢山の料理がテーブルの上に所狭しと並べられ、会場の真ん中では色とりどりのドレスやスーツを着た男女が、楽しそうにクルクルと回りながら踊っています。
「楽しそうね。私に足があったら…………あそこに行けるのかしら。……王子様と踊れる?」
リリアは自分の身体を見下ろします。
リリアにあるのは海を自由に泳ぐ為の人魚のヒレで、陸を歩く為の人間の足はありません。
「人間になれたら良いのに……」
現実に打ちのめされ、悲しい気持ちになっていると――だんだんと空気が湿り気を帯び、雲行きが怪しくなってきました。
「……大変!嵐がくるわ!」
リリアは自分の身を守る為に、船から距離を取りました。荒波に揉まれて船にぶつかるのを防ぐ為にです。
あっという間に夜空は黒曇に覆われ、大粒の雨と共に稲光が
船は急いで帰港しようとしましたが、成す術もなく嵐に巻き込まれてしまいました。
荒波に揉まれた船は大きく揺れ、今にも沈んでしまいそうなほどに傾きはじめます。
「……どうしよう」
水の中で呼吸ができる人魚のリリアにとって、嵐は何ともありませんが、陸でしか生きられない人間達は違います。
嵐の海に投げ出されてしまえば、ひとたまりもありません。
「……あっ!」
一際高い荒波が船を飲み込んだ瞬間、船体がグラリと大きく揺らぎました。
人々の叫び声が雷の稲光の合間にこだまします。
その叫び声の中に……『王子!』と呼ぶ声が混じっているのをリリアは聞き逃しませんでした。
「まさか、王子様が落ちたの!?」
リリアは急いで船の方に向かって泳ぎ出します。
早く……!早く助けないと……!
船の物と思われる瓦礫の間を縫うようにして泳ぎながら、必死で王子を探します。
いた……!
どんどん沈んで行く王子の身体を抱き止めたリリアは、一気に海面を目指します。
そうして近くの砂浜にまで王子を引き上げたリリアは、王子の胸元に耳を寄せました。
微弱ながらも力強い鼓動が聞こえてきます。
どうやら気絶しているだけのようです。
「良かった……」
安堵したリリアが涙を流すと、一滴の涙が王子の頬に落ちました。
「……んっ」
リリアの涙に反応した王子が身動ぎをします。
目が覚めた王子に見つからないようにする為に、リリアは急いで海の中に戻ります。
近くの岩影に隠れながは暫く様子を見守っていると、一人の修道女が倒れている王子に向かって駆け寄って来ました。
「これで大丈夫ね……」
助けたのが私だと人魚の自分では名乗り出れないもどかしさを感じながら、リリアは海の中に帰って行きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。