魔力増進薬

「どうだった!?」


 レーヴェン公爵の屋敷から戻ると、すぐにロルスが尋ねてくる。


「ええ、おそらく公爵の協力をとりつけることは出来たわ」

「本当か!?」


 私が答えるとロルスは目を輝かせた。


「はい、商人への借金やその他の件についても協力してくれるとのこと」

「それは良かった……」


 私が言うと、ロルスはほっと胸をなでおろす。


「とはいえ、一体なぜ公爵はそこまでしてくれるんだ?」

「それには色々と事情があって……」


 そして私はレーヴェン公爵家とオールストン・オーガスト家の対立について説明した。それを聞いてロルスも納得する。おそらくレイノルズ家はこれまでそういう勢力争いに巻き込まれたことはないのだろう、話を聞いて目を白黒させていた。


「そんな訳で、私はこれから雨を降らせなければならないの」

「雨を!? いくらレイラでもそんなことが出来るのか?」


 やらなければならないことの途方もなさにロルスは驚く。


「それは正直言って分からない。でも、今から色々準備すれば出来るかもしれないと思う」

「そうか。レイラはすごいな。そういうことなら僕も頑張らなければ」


 ロルスは感心したように言った。




 その日からレイノルズ侯爵家を取り巻く環境は変化した。

 レーヴェン公爵が私に言ってくれた通り、商人からの返済前倒しの要求はぴたりとやんだ。また、公爵家と親しいという商人からうちの屋敷に大量のパンが届いたりした。領地からの物資が一部届かずに屋敷で働く者たちへの給料の支払いも滞りかけていたが、パンを与えてどうにか待ってもらうことにする。


 その間私はずっと精霊を複数召喚する訓練をしていた。複数の精霊を同時に操るのは技術も必要で、王宮での見世物のように躍らせるぐらいならまだしも、全員に魔法を使わせるのは難しい。


 そのため、五体のウンディーネ全員同時に魔法を使わせる練習をした。

 そして一週間ほど経った日、ついに公爵家からヤーゲル草とモルドトカゲが届いた。どちらもかなりの高価なものだったが、公爵が奮発してくれたせいかヤーゲル草は大きめの袋いっぱいだった。手の平に載るサイズのモルドトカゲは五体も届いた。


 私はそれらを厨房に運ぶと、まずはトカゲを捌いて内臓を取り出す。こんなことをするのは初めてだったが、実家にいた時は魔法が使えない代わりに本ばかり読んでいたので薬の調合の知識は頭に焼き付いている。


 ヤーゲル草を刻んで粉末にするところまではうまくいったが、トカゲを捌くのはさすがに気持ち悪かった。魔法薬の材料にするものは下手な処理をするとよくないと思ったのか、血抜きもされておらず、包丁を入れると体液があふれ出す。それでも本の内容を思い出しながら必要な内臓をどうにか取り出す。


 ついでヤーゲル草の粉末とトカゲの内臓をキッチンに持っていき、大鍋いっぱいの水を沸かした。そしてあらかじめ用意していた普通に手に入る薬や野菜を入れ、煮だったところで粉末とトカゲの内臓を入れる。


 するとそれまでは透明だった鍋の水がみるみるどくどくしい紫に染まり、実家で嫌というほど飲まされた薬の色に近づいていく。

 さらに火を弱めて煮続けるとどんどん色が濃くなっていき、鼻をつく強烈な腐臭とともに濃密な魔力の気配が鍋から漂ってきた。


「うっ」


 その臭いに思わず私は鼻を抑えるが、同時に薬がうまく出来たことを確信する。

 そしてあらかじめ用意していた大量の香草を鍋に入れた。普通の料理に入れれば完全に香りが消えるほどの量だったが、まだ鍋からは腐臭が漂っていた。


「ふう、出来た……」


 それを見て私は胸をなでおろすのだった。

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