決意
「お前がレイラの新しい夫か」
ロルスが現れた瞬間、ブランドの表情が敵意に満ちたものに変わる。先ほどまではひたすら蔑んでいただけなのに変わったものだ。
「そうです。何の縁もない女性の手をいきなり掴むなんて失礼ではないですか」
「何を言う、こいつは僕の婚約者だ」
「それは昔の話です。今は僕の妻ですよ」
「ふん、貧乏貴族め。いいか? 世の中にはふさわしい相手というものがあるんだ。こんなに魔法が使えるレイラの相手が何の取柄もない貧乏貴族の跡取りだなんてことが許されると思うか?」
ブランドは開き直ったのか、敵意が赴くままに話している。
傍から見ていてもあまり気分が良くない。
そんな言葉を聞いてロルスは一瞬うっと顔をしかめた。もしかすると彼自身も「何の取り柄もない」と言われたことに若干の心当たりがあるのかもしれない。
「た、確かに僕には何の取り柄もないかもしれないが、あなたと違って軽々しく婚約を破棄したり戻そうとしたりすることはない!」
そう言ってロルスは乱暴に私からブランドの手を払いのける。
するとブランドは薄く笑った。
「いいのか? 僕にそんな態度をとって。僕の家はもちろん、こうなった以上オールストン公爵だってどっちの味方になるかは分かるだろう? そうなれば貧乏貴族を一つ潰すなんて造作もないことだ」
「な、何だと!?」
それを聞いてさすがのロルスも顔色を変える。
ブランドの行いが許しがたいものだとしても、家のことを持ち出されるとやはり弱い。が、それでもロルスは私とブランドの間から動かない。
「素直に僕の言うことを聞いておけば迷惑料でも渡してやろうというのに、頭が悪いやつだ」
「そ、そんな金で妻を手放すようなことが出来るか!」
ロルスは必死で言い返すものの、さすがにその表情は蒼くなっている。
「分からない奴だ。どの道手放すなら少しでもましな方がいいというのに。お前はこの僕を完全に怒らせたからな!」
そう言うと、彼は勝手に肩を怒らせて去っていった。
残された私たちは顔を見合わせる。
ブランドの言葉はただの暴論だが、彼の家が力を持っているのは事実だし、父上も私のことは駒のようにしか見ていないだろう。
だから今後レイノルズ侯爵家に圧力がかかる可能性はある。
「どうしよう、こんなことになってしまって。本当に大丈夫?」
「わ、分からない……でもあんな奴の言いなりになるなんて僕は嫌だ」
「それはそうだけど」
正直、これ以上迷惑をかけるぐらいなら要求を呑んだ方が、と言おうと思ったがすんでのところで飲み込んだ。もちろん私が嫌だというのもあるが、それを言えばせっかく私を守ろうとしてきたロルスに対して失礼な気がしたからだ。
もちろん、だからといってどうしたらいいかは分からないが。
「とりあえずこのことはレイノルズ侯爵に言った方が」
「分かった」
こうして私たちはさっきまでの浮かれた気分はどこへやら、顔を青くして侯爵の元へ戻るのだった。
「すみません、侯爵」
「大変なことになりました、父上」
「一体どうしたのだ」
蒼い顔をして私たちが戻ってくると、レイノルズ侯爵は上機嫌で周囲の貴族と歓談しているところだった。
が、私たちのただならぬ様子を見て表情を変える。
「それが、先ほどブランド殿がレイラを返せと言ってきて、それを拒否したところ、オールストン公爵家とともに圧力をかけてくるという脅しをかけてきまして」
ロルスが声を震わせながら報告する。
それを聞いて先ほどまで笑顔だったレイノルズ侯爵の表情はどんどん青ざめていく。
「何だと!? それはただのブランドの戯言ではないのか!? そんな横暴がまかり通る訳がない」
「ですが父上、レイラが嫁がされた時のことを考えると……」
「確かに」
何かを思い出したのか、レイノルズ侯爵は嫌な表情を浮かべる。
どうせ嫌な気分になるからと思って詳しくは聞いてないが、雰囲気から察するに私が魔法を使えないことを隠して結婚をとりつけ、それが決まってから私が魔法を使えないことを知らされたのだろう。
そんなことがまかり通るならブランドの言うようなこともまかり通る、と危惧しているのだろう。
「オールストン公爵も宮廷魔術師だというのにこんなふざけた話に同意するだろうか?」
レイノルズ侯爵は私に尋ねる。
それに対して私は固い表情で頷く。
「はい、父上は先日も私に実家に戻るように言ってきました。今回ここまでの魔法の力を見せてしまった以上戻れと言ってくるのは確実でしょう。すみません、私が魔法の力を披露したいと言ったばかりに」
私は魔法が使えるようになった喜びと、周囲を見返したいという気持ちから堂々と大舞台で魔法を披露してしまったが、まさかこのような結果を招くとは。
予想出来なくはなかったことなので、自分の判断が悔やまれてしまう。
が、そんな私にレイノルズ侯爵は優しく声をかけてくれる。
「気にすることはない。魔法を披露するのはわしも賛成していたことだ。おかげで今日はたくさんの家と交流を持つことも出来た」
「ですが……」
「大丈夫だ、まだ相手がブランドの言う通りになると決まった訳ではない。それにレイラの話をしたら我らに同情的な者も多くいた。もしかしたら何とかなるかもしれない」
侯爵は私を励ますようにそう言ってくれる。
続いてロルスも口を開いた。
「ああ、それともしかしたらこの件で迷惑をかけたと思っているかもしれないが、そんなことをレイラが思う必要はない。そもそも騙されたとはいえ、結婚の話を受けたのは僕らだし、ここで自分たちの家を守るために金をもらってレイラを帰したとなればそれこそ今後百年は蔑まされて生きることになるだろうからな」
「……ありがとう」
その言葉に私は少し安堵する。
ロルスは私の内心など察していたようだ。
そんな彼らを守るために何とかしたいと思うものの、ただ、今の私には魔力以外何もない。せめてもう少し人脈などがあれば、と思うもののこれまではほとんど表舞台に出ていなかったためほとんどの貴族は今日が初対面だ。
「まあ何にせよ今日は楽しもう。ここで我らが落ち込んでいれば、皆に頼りないと思われてしまう」
「分かりました」
こうして私たちは、そのことはいったん忘れて残りのパーティーを楽しむのだった。
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