実家からの使者

 それから数日、私は今までの暮らしが嘘のようにレイノルズ家の皆様と打ち解けていった。それまでは今回の婚姻でうちの実家に対して向いていた敵意が私に対しても向いていたが、あの日初めて私は「オールストン家からきた令嬢」ではなく「レイノルズ家の嫁」になったと思う。

 食事を家族一緒にとるようになったり、家の仕事を手伝うようになったり、魔法の練習を堂々と出来るようになったりと私の生活は目まぐるしく変化を遂げた。


 そんなある日のことである。

 私がいつものように魔法の練習をしていると、レイノルズ家の使用人の一人が私の元へやってくる。


「レイラ様にご実家からの使者という方が来ています」

「え、実家から?」


 それを聞いて私は困惑する。正直あの輿入れで実家との縁はきれたものと思っていたが、まだ私に対して接触するとは。


 とはいえ、私はマロード公爵に対して派手に魔法を使ってしまったからその話が流れ流れて我が家にも伝わってしまったのかもしれない。

 あまり気は進まないが、来てしまった以上は会わずに追い返すことも出来ない。


「分かったわ」


 仕方なく私は使者が待っているという応接間に向かった。

 そこにいたのは父上の側に仕えていた家臣であった。実家では私に対してはそこにいないかのように振る舞っていたが、今は私を見てニコニコと愛想笑いを浮かべている。その表情を見ただけで何となく用件が想像出来て嫌な気持ちになる。


「これはこれはレイラ様、お久しぶりですが、お元気でしたか?」

「ええ、おかげさまで」


 あの窮屈な家から出られたおかげでね、という意味をこめた皮肉だったが彼は意味がよく分かっていないのか、分からない振りをしているだけなのか、依然として笑顔を顔に張り付けている。


「いえ、ご主人様も送り出したはいいものの、その後レイラ様が無事かどうか気になって夜も眠れないとのことで」

「それは大変ね」


 よくもまあそんな嘘がすらすらと口から出るものだ、と思うものの口先だけは合わせておく。


「はい、屋敷の者は皆心配しているとのことでご無事だったということを報告すれば喜ぶでしょう」

「……ふふっ」


 ここまで露骨な追従を見るのは初めてだったのでついおかしくなってしまう。

 が、それを喜んでいるとでも思ったのか、家臣は話を進めていく。


「はい、それで先日マロード公爵を素晴らしい魔法で追い返したとの話が耳に入りましたが、それは本当でしょうか?」


 ついに本題が来たか、と私は内心身構える。

 面倒だからシラを切りたい気持ちもあるけど、さすがに嘘をつきとおせることでもない。


「本当だけど、それが何か?」

「おお、それは良かった! しかし一体なぜ急に魔法が使えるようになったのでしょうか?」

「窮屈な屋敷から出たからじゃない?」

「え」


 私が敵意を隠さずに伝えると、それまでの愛想笑いを浮かべていた家臣の表情が急に凍り付く。

 どうやら今まで本当に私が恨んでいることに気づいていなかったらしい。きっと偉大な宮廷魔術師である父上を私なんかが恨んでいるとは思いもしなかったのだろう。


「あの、それは一体どういう……」


 とはいえ、これからも変に期待されても鬱陶しいからこの場できちんと本心を伝えておこう。

 私はそう決意した。


「はっきり言わせてもらうけど、私が実家にいた時はみんなあれほど私のことを怠惰とか努力が足りないとか無能とか言ってきた癖に、私が魔法が使えるようになった瞬間見え透いたおべっかを使うなんて恥ずかしくないの?」

「そ、それはみなレイラ様が魔法が使えるようになってほしいのであえて厳しい言葉を言っていただけで……」


 彼は突然の私の態度の変化にしどろもどろになりながら答える。

 他人に対して悪意ある言葉や態度をとった人のテンプレのような台詞だ。


「まあ魔法が使えるようになってほしいと思ってはいただろうね。だって宮廷魔術師の娘が魔法が使えなかったら恰好がつかないし」

「いや、そういう話ではなく……」

「あの時皆が私に敵意を向けたり無視したりしていたのは全部気のせいだったと?」

「そ、そんなことはなかったと思います……」


 そう言いながらも彼は目をそらす。

 それはそうだ、彼もそのうちの一人だったのだから。


「それで、魔法が使えるようになった件だけど、はっきり言って父上の教育方針が悪かったから。だから屋敷を出てすぐに魔法が使えるようになった」


 原因についてはあえてぼかして伝えることにした。例の魔力増進剤とストレスが一番の原因のような気がするけど、それを直接言うよりもあえてぼかして伝える方が父上はショックを受けられるような気がした。それに原因が分からない方が焦りも大きくなるだろう。

 そんな私の狙い通りに、彼はすっかり青ざめる。


「そ、そんな、我が国の魔法の大家である公爵閣下が魔術の教育について間違えがある訳が……」

「そうだね。じゃあ魔術に詳しいっていうのもマグレか、もしくは単に名門の血筋でそう見えただけだったかもね」

「そ、そんな……」


 否定しようとするが、実際に私が実家にいる時は全く魔法が使えず、今は使えるのだから反論はするだけ無駄だろう。


 とはいえ、一応フォローしておくと私の魔力が高いのはあの家にいたおかげはあるし、魔法の知識も普通の人では手に入れられないようなものをたくさん手に入れることが出来た。

 例えて言うなら高級な材料と詳細なレシピはもらったけど、調理器具だけが与えられず、「何でちゃんと料理出来ないんだ」と怒られるようなものだ。


「と言う訳で父上には、そういう見え透いた手の平返しの態度は露骨過ぎるし、娘の教育に失敗した癖に宮廷魔術師の座に居座るのはどうなのかと伝えてくれない?」

「……」


 家臣は何も言えなくなり、なすすべもなく口をパクパクさせていたが、私はもう言うべきことは言ったとばかりに部屋を出る。


 部屋を出ると、私は全身を解放感に包まれた。

 今まで一方的に言われるがままだった父上やその手下たちについに言い返すことが出来るようになったのだ。そう思うと言いようのない爽快感を覚える。


 これまで十年以上に渡る酷い仕打ちの仕返しとしてはまだまだだけど、鬱憤だけは晴らすことが出来た気がする。

 あの家臣は屋敷に帰ったらどう報告するのだろうか。とはいえ父上に忖度して言葉を濁してしまったら私の怒りは父上には伝わらないと思うと多少残念ではあるけど。


 そんなことを思いつつ、私は珍しく鼻歌を歌いつつ廊下を歩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る