来客Ⅱ

「ところでおぬしは最近結婚したそうだな?」


 マロード侯爵の接待は続き、ロルスに話題を振る。それまで愛想よく振る舞おうとしていたロルスも私に話題が及ぶと、一瞬だけ口をつぐむ。


「どうした? わしはただ結婚を祝おうとしただけだが」

「あ、ありがとうございます」


 ロルスは震える声で答える。


「そうかそうか、正直オールストン家からの厄介払いのような結婚と聞いていたから正直なところうまくいっているのか不安だったのだが、礼を言うということはうまくいっているということか」

「……」

「魔術の名門に生まれて英才教育を受けたというのに魔法一つ使えない無能と聞いていたが、やはりこのような家にはお似合いかもしれぬな」


 そう言ってマロード侯爵はわざとらしく高笑いする。

 その場にいない私にまでレイノルズ侯爵とロルスのぴりついた空気が伝わって来そうだった。


 とはいえ、私は意外なことにそこまで腹は立たなかった。

 確かにマロード侯爵の言い方はかなり嫌なものだし、少し前までの私であればかなり嫌な気持ちになったであろうことは想像に難くないが、今の私は人並み以上に魔法を使うことは出来る。もう少し練習すればオールストン家の人々にも肩を並べるぐらいになるかもしれない。


 そう思うとここまで言われても嫌な気持ちにはなっても、怒りに染まることはなかった。


 私は冷静な気持ちのまま、そろそろ頃合いだと思ってノックをすると返事を待たずに部屋に入る。

 突然入って来た私にレイノルズ侯爵とロルスは驚き、マロード侯爵は新しいカモが来たとでも思ったのか鼻で笑う。


「おい、引っ込んでいろと言っただろう!」


 侯爵が私を叱責する。言われた記憶はないが、空気を読めということだろうか。


「いえ、私の話をしているようでしたので、来た方がいいのかと」

「おい、まさか立ち聞きしていたのか!?」


 それを聞いてロルスまで怒りだす。まあ確かに立ち聞きしてしまったのは申し訳ないと思う。


「それはすみません。確かに私は魔法もろくに使えずに追い出された無能かもしれませんが、」

「おい、黙らないか!」


 レイノルズ侯爵が口を挟むがあえて無視して続ける。


「おそらくそうおっしゃるマロード侯爵はさぞ腕があるのだと思いまして、出来ればご教示賜りたいと」

「ほう、よく分かっているではないか。おい、やれ」

「はい」


 マロード侯爵が言うと、傍らに控えていた魔術師風の男が前に出る。


「サモン・サラマンダー」


 そして目の前に炎の妖精が召喚される。

 サラマンダーは他の妖精に比べて難度が高いと言われている。それを見てレイノルズ侯爵が驚く。確かに並みの魔術師に召喚出来る妖精ではない。


 が、ロルスの方は私が何をしようとしているのか意図を悟ったのだろう、固唾を飲んでこちらを窺っている。


「なるほど、さすがマロード侯爵お抱えの魔術師、お見事です。それでは及ばずながら私の魔法もご覧ください……」


 そう言って私は魔法を発動した。


「サモン・イフリート」


 私はマロード侯爵やお抱えの魔術師に見えるように目の前で魔法を使う。

 ちなみにイフリートというのはサラマンダーよりもさらに上位の炎の精霊だ。私が呪文を唱えた瞬間一瞬彼らは驚くが、すぐに、


「落ちこぼれ魔術師の癖にイフリートを召喚しようだと? 戯けたことを」

「侯爵閣下、この私でもイフリートは無理でございます。恐らく適当に別の精霊を召喚して我らを騙そうとしているのでしょう」


 などと疑いの眼差しに変わる。


 とはいえ、いくら言われようが、本物を召喚すれば済むことだ。

 すぐに私の前に炎の魔力が集まり、やがてその中からイフリートが顕現する。


 室内ということもあって大きさをセーブしておりサラマンダーと見た目はそこまで変わらないが、サラマンダーは小人なのに対しイフリートは巨人のような貫禄がある。そして何より、身に纏う炎の魔力の濃さは段違いだ。

 偽者でごまかすとか言っていた魔術師もその姿を見て一目で表情を変える。恐らく魔術にそこまで詳しくなさそうなマロード侯爵もイフリートの姿を見ただけでまずいと思ったのだろう、


「お、おい、これは本当に偽者なのか!?」


 動揺した表情で傍らの魔術師に尋ねるが、彼は蒼い顔で首を横に振る。


「い、いえ、これは紛れもなく本物に見えますが……」

「何だと!? お前はまさか落ちこぼれに負けたというのか!?」

「も、申し訳ございません……」


 魔術師は頭を下げる。

 それを見てようやくマロード侯爵も私がただならぬ実力を持っているということを理解したのか、額からは汗がだらだらと流れてくる。


「く、くそ……これは一体どういうことなんだ!?」


 そう叫ぶが、その場に答える者は誰もいない。

 ここでロルスあたりが「無能はあなたの方だったのです」みたいな格好いい台詞を言ってくれれば良かったのだろうが、ロルスもレイノルズ侯爵も私のイフリートを見てぽかんとしていた。


 彼らも私の正確な実力は知らなかっただろうし、仮に知っていたとしてもこんなところでマロード侯爵にわざわざ喧嘩を売るとは思っていなかったのだろう。


 仕方がないので私がマロード侯爵に止めを刺すことにする。


「ところで落ちこぼれとか無能とか言われた私はこれぐらいの魔法を使えるのですが、あなたはきっとこれよりもすごい魔法を使えるのですよね?」

「おい!」


 マロード侯爵はそう言ってすがるような目で隣の魔術師を見るが、彼は蒼い顔で首を横に振るばかりだった。

 それを見て彼はしばらく困っていたが、やがて諦めたように立ち上がる。


「くそ! 用を思い出した、わしはもう帰る!」


 そう言って彼は供の者を連れて逃げるように屋敷を出ていくのであった。



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