我儘
催し物がダンスと定まってからしばし、ある男子の発想で男女で種目分けして別々にダンスを踊ることになるのだった。
女子は最近の流行りの曲に合わせて軽めのダンスを踊るというものだったのだが、男子の方はと言えば、先ほど語ったこだわり派男子が発端で中々激しいダンスをすることになったのだった。ストンプ、チェストポップ、アームスイングとかその辺の用語は今日まで聞いたことすらなくわからなかったが、曰くこのダンスはクランプダンスというらしい。
まあさすがに、学園祭の一環ということもあり、そこまで厳しい指導や細かい指摘が入ることはなかったし、仲間内でワイワイやっているだけなのだが、正直辛い。しんどい。
日頃、運動を忌避してきた影響が、こんなところで俺の足を引っ張っていた。
「ほら、立てる? 古田君」
そんな俺を一番見かねていたのは、他でもない七瀬さんだった。彼女はといえば、中々どうして運動神経が良く、さっさと女子のダンスを覚えたのか、一人俺の様子を見て楽しそうにしていた。
その件に関して、他クラスメイトから余計な茶化しや野次をもらうことも少なくないのだが、どうにも彼女はそういうのが効いていないようで、中身二六歳の俺は一人気恥ずかしさを覚えていた。
「無理。しんどい。帰りたい」
大の字になって仰向けで床に寝そべりながら、俺は息を荒らして言った。いつにもなく弱音を吐いていた。
「駄目よ。総合優勝するんでしょう?」
「する。だからこそ、俺は一人で端っこにいよう」
そうすれば、互いにwin-winだろう。
しんどいよぅ。
「駄目よ」
「なんで」
「思い出にならないから」
「うぅむ」
七瀬さんの言動に、俺はこの総合優勝という目標が楽しむため、思い出を残すためだということを思い出させられた。
でも、しんどいしなあ。
「わかった。夜練しましょう」
「よ、夜練?」
異性との夜練習とは、中々に怪しい響きだ。
「それはさすがにまずくない?」
異性との夜練習とは以下略。
「大丈夫よ」
「どうして」
「あっちでも、そんな話で今盛り上がっているから」
七瀬さんが指さした方にいたのは、ダンス特訓に励むクラスメイト達だった。確かにワイワイしながら、彼らは今日はあそこで集まって夜練しようだの、色々と画策をしているらしかった。
「古田君は帰るの?」
「……帰らない。それは結構、楽しそう」
クラスメイトで夜どこかで集まって練習に励むだなんて、それは結構面白そうじゃないか。なんだか自分の気持ちが曖昧な気もするが、楽しそうなことに食いつかない俺ではない。
「ふふふ」
「どうしたの、突然笑い出して」
「あなたって、結構単純よね」
七瀬さんは言った。
「結構じゃなくて、かなりだよ。自分で言うのもなんだけどね」
「そうかもね」
そんな取り留めもない会話をして、俺達はクラスメイトに呼ばれて今日の夜練への参加意思を伝えた。
そうして、夜。
周りをブドウ畑に囲まれた学校傍の空き地で、俺達クラスは遊び半分、練習半分という緩い空気で文化祭へ向けての準備を進めていった。
ある時、誰かの呼びかけで催し物の全体通しを行った。
ラジカセから流れる誰かが編集してくれた音楽に乗せて、男子が躍り、捌けて、女子が躍り、最終的にクラス全体でダンスをした。
一連を通してみた感想は、
「意外といい」
陽の中の陽の者、高梨さん含む、こだわり派男子も学園祭の催し物として納得する出来栄えだったらしい。
「大丈夫?」
踊り終わった後、俺の傍に七瀬さんが近寄ってきた。
膝に手を突きながら荒れた呼吸をする俺は、何度も頷いて無事であることをアピールした。
「古田君の懸念は、その体力不足だけね」
「そうですか」
「うん。振付もキチンと覚えているし、結構様になっていたわよ」
「あ、ありがとうございます」
まあ、それも体力が続かないのではしょうがないのだが。
「あたし、センターの真隣で踊ることになったよ」
自慢げに、七瀬さんは言った。
「そりゃあ凄い。俺は後ろの方でいいや」
「もう。様になっているんだから、いつもみたいに前に出てくればいいのに」
「無理無理」
「本当、いつにもなく弱気だよねえ」
七瀬さんに加勢したのは、綾部さんだった。
「いつもならそう言われたら二つ返事だったと思うんだけど」
「そりゃあ、自分のペースで進められることなら前に出るさ。出来ないことでは後ろに下がる。だって、出来ないんだから」
「出来なくないよ。七瀬さんも言ってたけど、結構様になってたよ」
「様になってても体力的に無理だ」
「……むー。七瀬さん、強情な彼氏を持ったね」
七瀬さんは、苦笑していた。
そんなしょうもない話をしばらくして、もう一度全体練習を通して今日は解散となった。
皆がワイワイする中、荷物をまとめながら、俺はこれから帰路することへの億劫さを感じ始めていた。
「古田君。電車、あと一時間くらいあるわよ」
「え、そうなの?」
何故だか時刻表を記憶していた七瀬さんが教えてくれた。
「うん。丁度さっき出たはず。この時間のあの路線、結構本数少ないから」
「うわちゃー。そっかー」
「うん。……あ、そうだ」
七瀬さんは妙案でも思い付いたのか、手を叩いた。
「古田君。今日も家まで、送ってくれるの?」
「それは勿論」
可愛い彼女のためだし。
何より、一時間も時間があることだしな。
「じゃあ、早速行きましょうか」
他のクラスメイトに帰ることを伝えて、俺達は帰路に着いた。
帰路に着きながら、そういえば俺は、七瀬さんが思い付いた妙案を聞いていないことに気が付いた。
「七瀬さん、何を思いついたの?」
「家に着いたら教えてあげる」
少しだけ、俺の肝が冷えた。いつだかの弾丸軽井沢廃線巡りが脳裏を過った。
「大丈夫。これ以上体を動かす無理強いはしないから」
七瀬さんは笑っていた。
「じゃあ、何をする気?」
「……まあまあ」
どうやら、七瀬さんはこれ以上を語る気はないらしい。こうなると強情だし、聞いても無駄だろうなあ。
しばらく俺達は、畑の間の小さめの道を隣り合って歩き合った。
「古田君」
「何か」
「古田君は、怒ったりしないの?」
もうまもなく七瀬さんの家が見えてくる頃、七瀬さんはいつにもまして弱弱しい声で尋ねてきた。
しかし、一体何に対する問いかわからず、俺は唸った。
「あたし、最近我儘になった気がするの」
「……ああ」
ようやく七瀬さんの言わんとしていることを察して、俺は呟いた。
まあ確かに、最近の七瀬さんは、何がきっかけかは知らないが、突拍子もない決断が増えた気がする。
軽井沢への廃線巡りだったり。
文化祭優勝したいだったり。
あとは、読書感想文コンクールの件もそうか。
「……いいんじゃない?」
「どうして?」
「我儘が言えるのは、子供の内だから」
大人になれば、理不尽に怒られても黙って怒られなきゃいけないこともあるしな。
今の内に、我儘をたくさんしておくのも手だろう。
「大人みたいなこと言うわね」
「アハハハハー!」
誤魔化せているかは知らないが、俺は笑って誤魔化した。
「……古田君は、嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
可愛い彼女が多少我儘で、果たしてそれは嫌なことなのだろうか。
むしろ、役得だろう。
「そう。じゃあ、我儘言っていい?」
……口車に乗せられて嫌じゃないと言わされた手前、凄い断りづらいな、これ。
「……ま、また横川駅から軽井沢駅間を歩こうとかじゃないよね?」
「うん。違う」
「じゃあ、ダンスで前出て踊れとかでもないよね?」
「違う。全然、ね」
……ほ、本当だろうか?
「じゃあ、いいよ」
まあ、そういうのであれば、断る理由はないよな、うん。
「じゃあ……」
前方に七瀬さんの家が望めたことを二人して確認して、七瀬さんは続けた。
「今日、ウチに泊まって行って?」
「……え」
そ、そうきたかー。
「嫌じゃ……ないんでしょう?」
「まあ」
「今日、親がいないの。だから、絶対にバレないから。……いいでしょう?」
ますますモラル的にまずいと思うのですが。
上手く嵌められてしまった。
俺は不用心な自分を呪った。
しかし、上目遣いで目尻に涙を蓄えている七瀬さんを見ていたら、どうにも断る言葉は思い付かなかった。
「……わ、わかった」
そうだ。
何もしなければ、問題ないのだ。むしろ、何かしたら大問題だ。
俯いて少し嬉しそうにはにかむ七瀬さんに言い返す言葉も見つからず、俺は苦笑しながら真っ暗な彼女の家に足を踏み入れた。
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