百聞は一見に如かずと言うけれど
「え、なんで? 交友関係より部活の話なの?」
綾部さんは少しだけ驚きながら聞いてきた。
「まあ、正直に言って俺、先生から綾部さんのフォローをしてくれって話を聞いた時点で、部活の話をした方がいいだろうって思っていたんだよ」
「そうなの?」
「うん。だって君、ハンドボール部のエースなんだろ?」
「う……。エースとまでは……。ちょっと恥ずかしい」
「謙遜はしない方がいいよ。そういうのも、将来仕事をした時に邪魔になる。自分の功績は誇示した方がいい」
まあ、空虚な実績を誇示していると端から見えたら滑稽にも見えることもあるが。
「は、はい……」
綾部さんは何とも言えない面持ちの後、続けた。
「で、今の話だと、あたしがハンドボール部のエースだから部活の話を書いた方が良いってこと?」
「そう。君は部活に対して結構実績があるみたいだからね。それなら多分、話も十分膨らませられるし、例えば受験生の気持ちになって考えてみると良いかもしれない」
「と言うと?」
「この学校のことを上辺しかまだ知らない受験生からすれば、学校案内のパンフレットの内容は全て鵜呑みにする可能性があるってことさ。
まあ、交友関係については向こうさんも知りたい内容だろうけどさ、それって不特定多数が取り巻く学校生活において、仮にパンフに書いて情報発信したとして、常に正しい情報になるかはわからないだろ?
あの人はあっちのグループ。この人はこっちのグループ。あっちのグループは綾部さんとも関わりがあって、パンフ通りの交友関係に近くなるかもしれない。
だけど、こっちのグループは綾部さんと関わりがなくて、全然パンフ通りの交友関係ではないかもしれない。
つまりは一概に正確な情報であると言えなくなるから、俺は部活の話の方が良いと思った」
「でもそれ、部活でも同じじゃないの? 誰がどの部活に入るかなんて、わからない」
「だけど部活の話なら、ハンドボール部、と明記出来るだろう?」
「あっ、そうか」
「そっ。これから書く作文には、キチンとハンドボール部の名前は明記しよう。そうすれば、あくまでこれはハンドボール部の話だよって示せる。
それに実際、ハンドボール部に入れさえすれば大体似たような経験、体験は出来るだろうしね」
「そうだね。それは多分、その通りだと思う」
「と言うわけで、早速部活動の話をどんな風に書くかを考えてみよう」
「うん」
綾部さんは頷いた。
「まず作文を書くにあたって一番大事なことは、作文を通じて読む人に何を伝えたいかだよ」
「何を伝えたいか、か……。なんだか難しそう」
「そうでもないよ。それにテーマを持って作文を書いた方が、話に一貫性が出来るし、それに向けてこんなエピソードを書き足せば話に信憑性が増すなとか、色々見えてくるからさ」
「と言ってもなあ……」
「わかった。じゃあエピソードありきで考えよう」
「どういうこと?」
「綾部さん。君が部活動を通じて、一番嬉しかったこととか、悔しかったこととか。とにかく喜怒哀楽、全部ひっくるめて、一番印象に残ってる思い出は何だい?」
「……そうだなあ」
綾部さんはしばし天を仰いで唸った。
「……去年、インターハイで全国大会行ったの。ウチのハンドボール部」
えっ、そんな凄い実績あったの?
そういえば、当時の記憶で微かに、校舎にハンドボール部がどうたらの横断幕が掲げられていたような……。
そんでこの人、そのハンドボール部のエースなのか。そりゃあ、学校案内のパンフのモデルに選ばれるわ。
整然としながら、俺は黙って頷いた。
「インターハイを決める前の大会でさ。あたし、すっごい緊張していて、ミスばかりしていたの」
「うん」
「半べそ掻きながら試合に出てね。そんなんだから、またミスしたりして。だけど、先輩達はずっと慰めてくれて……先輩達のために必死にやろうって思ったら、決勝戦で試合を決める決勝点を取れてね?
……その時は、色々な感情がこみあげてきた。
辛かったこと。泣きそうだったこと。泣いたこと。だけど、ここまで頑張ってきたこと。頑張れたこと。
それで、ハンドボール、やってきて良かったと思ったの」
「そっか」
「……な、なんか語っちゃった。こんなんでどう?」
「綾部さん」
「ひ、ひゃい!」
「そんな大切なことを経験したなら、それは必ず皆に知ってもらうべきだよ」
綾部さんは俺の発言をかみ砕くと、照れくさそうに頭を掻いていた。
「わかった。そのエピソードありきで話を構築しよう。だとしたら、この作文を通して受験生に伝えたいことは……『ハンドボールをやってきて良かった』。
ひいては、『何かに熱中することの大切さ』。
ってところかな」
「熱中することの大切さ、か」
「そう。テーマはこれでいい?」
「うん。なんだか、今までなんとも言えなかった内心が腑に落ちた気がする」
「そう」
俺は微笑んだ。
「であれば……書くエピソードは決まっているし、エピソードから得た体験もさっき語ってくれた通り。
残りは、受験生に向けてのメッセージかな」
「メッセージ?」
「うん。この体験を通じて、君は人として一歩成長出来た。大切なことを再確認出来た。実績ある人ってのは、いつまでも自分が実績を出し続けることで成果を得るわけじゃない。
君は、遠い遠い未来の話かもしれないけど、いつかハンドボールを辞めるし、この学校も卒業する。
だけど、君がハンドボールを辞めても、この学校を卒業しても。
ハンドボールが無くなるわけでもないし、学校も無くなるわけではない。
いつかの町おこしのプレートの件もそうだけど、確かに君が刻んできた成果は一生どこかに残るんだよ。
だから君は、これからハンドボールをする人に。これからこの学校に入ってくる受験生。いいや、二年後、十年後も入学してくる後輩に、メッセージを残すんだ。
その人達の気持ちを揺れ動かして、その人達の道しるべとなるようなことをすることが、将来の君の成果なんだよ。将来君がするべきことは、自分が通じて体験したこと、思ったことを後世に残すことなんだ。
戦争とかもそうだろう?
今や戦争を体験した人は少なくなってしまった。だけど、戦争の悲惨さ、凄惨さはキチンと俺達の認識としてある。
それは戦争を体験した世代の人が、後世に同じ過ちを繰り返さないでほしいっていうメッセージを伝えるべく、色々と写真や言葉で俺達に自身の体験を伝えたからだ。
百聞は一見に如かずというけれど、時に人は百を聞いて自己を確立していく。伝聞していくことも、とても大切なことなんだよ。
だからまあ、この作文は、君の将来の成果のための練習だ」
長々と語ると、綾部さんは何やら思うことでもあったのか、俯いてしまっていた。
しばらくして、
「古田、変わったね」
綾部さんは呟いた。
「そうかい?」
「うん。驚くくらい、変わった」
そう言って、綾部さんは微笑んだ。
「ちょっと同い年には見えないや」
「そそそそうかい?」
目に見えて俺は狼狽えた。
「そっか。後世に伝えていく、かー」
「う、うん。……君は、全国大会出場という貴重な体験をしたわけだ。それに出場するための苦労も味わった。それは、誰もが体験出来ることじゃない。
君は凄い人だよ。凄い人っていうのは、すべからく後世に向けてメッセージを残すべきだと俺は思う」
「うん。……うん。そっか。そっかあ」
アハハと綾部さんは笑った。
……何が面白かったのだろう?
最近の女子高生はちっともわからん。
……まあ、何がそんなに面白かったのかはわからないが、とりあえず。
「だから、そんな凄い君に頼られて嫌がる奴なんて、絶対にいないんだからね」
さっきの話を俺は被せた。
「君は多分、知らず知らずの内にたくさん、色んな人を助けている。ハンドボールに限った話じゃない。君は悪く言えば風見鶏で引っ込み思案な性格だけど、良く言えば空気が読める性格だからね。
ふと、君が空気を読んでくれることで助かっている人は絶対にいる。
そんな他人に優しい人が困っていたら、助けてあげたいと誰かが思うのは当然だよ」
「うん。わかった。……今後は気を付けるよ」
満足げに微笑み、綾部さんは俯いていた。
「ねえ、古田?」
「何さ」
「えぇと……上手く伝えられるか不安なんだけどさ」
俺は黙って頷いた。
「多分……多分ね。誰かがあたしのことを凄い人、と言ってくれるとして。頼られるのは嫌ではないと言ってくれる人がいるとして。
……多分、それは古田も一緒だからね?」
「ん?」
「だ、だからねっ。……困ったことがあったら、あたしを頼って。あたし、古田に頼られるの、多分全然嫌じゃないから」
頬を染める綾部さんに、俺は納得げに手を叩いた。
なるほどつまり、彼女は今俺への認識を改めて、お礼を言いたいわけか。
「わかった」
「うんっ」
綾部さんに同意の意を伝えると、太陽のような眩しい笑みを浮かべて力強く頷いた。
「とりあえず、さっさと作文書こうか。今日中に内容まとめて、明日俺が校正する。それで明後日には先生に渡そう」
「……うん」
おかしい。
頼ってと言われたから、早速俺の仕事への促進を頼んだのに、嫌がらないと言った綾部さんは今、とても嫌な顔をしていた。
……一体、何故だろう?
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