私の人生、終わっている

龍鳥

私の人生、終わっている。

 煙草を吸っている私。ライターに火が灯り、自分の顔が少し熱くなる。この味と余韻は、まさしく絵画になっているだろうカッコよさ。なにせ…。


 ついさっき、私は自分の父を包丁で刺したのだ。


 きっかけは些細な事だ。本当に簡単な事だ。私は学校で虐めれていたのだ。別に容姿が不細工だとかの問題ではない。匂いが臭いわけでもない。自分でもよく分からないが、クラスのカースト上位にあるトップクラスのグループに私が自然と目を付けられたのが原因だ。


 それからの日々はもう、最悪よ。


 昼食を買ってこい。ただの昼食ではない。近くのコンビニまで走って行かされるのだ。それも往復したら昼休みがギリギリの時間で、私が食べる時間は全くないのだ。勿論、自腹である。


 宿題を写させてくれ。それも虐めてるグループの全員分の書き写しをしないといけない。だから寝る間を惜しんで書いているのだ。


 だったら断ればいい話なのだが、無理なのだ。


 最初は断った、ええ思いっきり。何故、私がターゲットにされるのか疑問だった。そしたら、グループのリーダー格であるはこう答えた。



 「お前の親父、うちのパパが受け持つ会社の下っ端だろ。毎日パパがデキナイ人間だと愚痴を零しているわよ。だから、お前もそうなんだろ」




 この様である。父が務めている会社の社長令嬢が、私と同じ学校だったのだ。さらには、家にいる父は仕事の不満を言わない善良な人間だと思っていたのに、まさかの真実にガッカリした。同時に私も父の為に、令嬢様にご不満を抱かせないように必死に接待した。父の為に、父の為に、父の評判を落とさないように必死で耐えた。しかし。



 「昨日のお前の父親、また同じ失敗をして部長に怒られたらしいぞ」


 「昨日のお前の父親、また行動が遅すぎて会社に迷惑かけてるぞ」


 「お前の父親、お前と同じ遺伝子なんだからお前もダメ人間なのは、当たり前だよなぁ」



 最後の台詞を聞いて、私の心の琴線が切れた。

 そうだ。私が起きている虐めはなにもかも、父のせいなのだ。父が仕事しっかりしないせいで、私がこんな目に遭わされているのだ。私は悪くない。悪いのは、こんな出来損ないの父を持っていることだ。



 「父さん、今日もお仕事お疲れ様」


 「ありがとう。今日も仕事で忙しがったが、何とか乗り切ったよ」



 また平気で嘘をつく父の背中を、私の後ろに隠し持った包丁が狙いを定める。仕事で帰ったばかりの着替えをしている最中、あいつの脇腹がガラ空きになった。その一点を狙いを定めて、包丁の白刃を立てて真っ直ぐに刺した。



 「な、なにをすっ!?」


 「しっー…」



 私は叫びそうな声をする父の口元を抑えた。そこからゆっくりと、父の身体を押し倒して包丁を根元まで刺して、父の胃袋まで切れ込みを入れる。内出血をしてきたのか、父の口内から血が溢れている。



 「しっー…」



 父の瞳が、私の顔に映る。人を殺している時の自分の顔って、なんて顔をするのだろうね。ゆっくり、ゆっくりと包丁を180度回転させて傷口を大きく開けさせる。



 「あんたのせいなんだからね」



 これが数分前の私。父が持っていたメビウスの青い箱から煙草を一本取り出して、ライターに火を点ける。


 まずい。こんなのを父は毎日馬鹿みたいに吸っていたのか。そりゃ、私の悪い遺伝子が引き継ぐわけだ。思わず乾いた笑いが出る。さて、殺した後に次はどうするか。あのクラスメイトを殺すか、それとも…。





 「いや待て、待て待て待て。なに空想に更けているんだ私」



 ヤバいヤバいヤバい。私はなんてことをしてしまったんだ。冷静に考えろ、私はさっき殺人を犯したんだぞ。これをどう言い訳するんだ。とりあえず、携帯を取り出して検索を…



 「尊属殺。祖父母や両親などの親類の血族を殺害する事。通常の殺人罪では、刑期三年以上から無期懲役または死刑とされているが、尊属殺は無期懲役または死刑のみとされており、通常の殺人罪より刑罰が重くなっている。もし、親に性的虐待を受けたら話は別だが…」



 いやいや、違う違う。親殺しがまさか、こんなに重いなんて思いも知らなかったぞ。どうすんだこれ。


 そうだ蘇生しよう。今出ている血を少しでも抑えれば助かるかもしれない。



 「うわぁ!!」



 大声を出すな私。落ち着け私。血は思った以上に吹き出ているが、紙とか詰めれば…ダメだ血が止まらない。



 「どうしよう。私、父さんを殺しちゃった」



 吸っていた煙草の灰が、死体となった父の身体に滴り落ちる。ふざけんな私、何を考えているんだ。母さんは仕事でまだ帰ってこない。帰るとしたら、現在の時刻から約一時間後くらい。どうするどうする。



 「どうにでもなれと思ったのは私じゃない。なのに今更として、後悔して遅いよ」



 既に息を引き取っている父の身体を揺する。もしかしたら、今から心臓マッサージをすれば生き返るかもしれない。いや、そんなことしている暇はない。早く死体処理をして、誰にも見つからない場所に隠さなければ…いや待て!!私は父を殺しているんだぞ!!この真実からは逃れられない!!



 「どうしよう…どうしよう…誰か助けて…」



 真っ赤に血塗られた両手が震えている。父は脇腹と口から血を流しながら、横たわっている。この状況を誰が説明する、誰でもない動かない証拠が全て揃っている。



 「警察に自首して刑期を軽くするか…いや、そんなことしても無駄だ!!私は人を殺したんだ!!」



 にゃ…にゃああ。二にゃニャニャニャ!!



 きっと、私が殺したことを母は悲しむだろうな。私のせいで、未亡人になるのだから。そして、自分で産んだ娘が刑務所に送られて、何もかも人生がめちゃくちゃになるんだろうな。ペタン、と膝から崩れ落ちて天井を仰ぐ。涙が流れない。どうしてなの。血塗られた手を、顔にベッタリと塗り手繰り考える。


 もう、元の生活には戻らない。どうして、こんなことになったんだろう。



 「父が仕事ができる人間だったら?」


 「私が優秀な遺伝子だったら?」


 「あの社長令嬢に会わなければ?」


 「私の家庭が裕福だったら?」


 「私が父を愛していれば?」


と、言いたいことを終えた私はスッキリした感覚になる。ポケットから携帯を取り出し、連絡先の項目から母の着信へと繋ぐ。



 「もしもし、母さん?まだ仕事?…父さんは家にいるよ。いや、ただ声を聞きたかっただけ」


 「母さん…私を産んだことを後悔しないでね。今日まで本当にありがとう。それだけ、じゃあね」



 さよなら世界、さよなら私。包丁の白刃を私の首元に目掛けて、私は思いっきり力を入れた。


 ああ、私の人生って本当にちっぽけなんだな。


 意識が遠くなる。父は何も知らないまま死んだのだから、可哀そうだよね。私が背負わなくちゃ。父さんは悪くない。悪いのは私なんだから。


 ああ、本当に…私の人生…

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