6-4話  勇者と魔王の伝説

 拓海たくみたちは屋台で食べ物を楽しんだり、アクセサリーを買ってみたり、道中で行われているイベントを楽しんだ。その道すがら、大きな広場で演劇が始まろうとしているのを見つけた。


「あれは?」

「随分、人が集まっているね?」

 拓海と莉子りこが言った。


「ゾダールハイムの昔話の一つね。勇者と魔王の物語」

「へえ。この世界にも勇者とか魔王って概念があるんだな」

「昔から人気のある伝説よ。興味ある? ここでニホン語でやることはないけど、あれはこの街の由緒正しい劇団だから、後でニホン語バージョンでやってもらえるかも」

「あ、それは面白そうだな!」

「異世界の演劇だなんて、ワクワクするね」


 クラリスは広間に作られているテントに歩いていった。交渉の結果、夜にでもクラリスの家を訪れてくれることになった。劇団も、異世界人に演劇を見せることには興味があったのだ。



    ◇



 拓海たちは目一杯に収穫祭を楽しみ、クラリスの家に戻った。さんざん屋台で食べ物を口にしたし、それはクラリスの父ピエットも想定していたので、特に夕飯を準備することはしていなかった。


 やがて劇団が訪れ、広間を使って演劇が催されることになった。劇団員の準備をクラリスとシャロンも手伝っている。


「出る人がみんな翻訳術を使えるのか」

「全員がエリートってことよね。凄いね」

 拓海と莉子は準備をする劇団員を見ながら話をしている。


 準備が整うと、劇団長が挨拶をし、急遽実施されることになった日本語版の勇者と魔王の物語の上演となった。




 昔の話。


 人間は魔族と争っていた。


 魔力で勝る魔族と、魔術を応用した武具を生み出し、新しい戦法を作り出す人間との戦いに終わりは見えなかった。


 獣人族や竜族、エルフなどの他の種族も、人間につくもの、魔族につくものに分かれ、世界は争いに疲弊していった。


 魔族側には絶大な魔力を誇る魔王がいた。


 人間側には選ばれし力に目覚めた勇者がいた。


 勇者は仲間を集め、魔王との戦いに挑んでいった。


 勇者は仲間と共に魔王を討ち滅ぼした。


 しかし、劣勢に追い込まれた魔王は敗北の前に、世界を滅ぼす存在、邪神竜を創り出した。


 魔王が残した邪神竜との戦いは熾烈を極めた。


 やがて勇者は竜族と協力し、恋人であった賢者と共に邪神竜と刺し違えた。


 世界を救った勇者と賢者は英雄として称えられ、勇者と共に邪神竜と戦った竜族は竜神族としてその後も世界を見守っている。




 この物語の演劇としての出来は素晴らしく、勇者ゼノシュと賢者クーヤが命を落とすシーンでのセリフのやり取りに、女子陣は全員ボロ泣きしていた。ぎくと人格を共有している拓海も涙を流している。どうやら浩太も感動したようで、劇団員が挨拶をすると拍手をしながら声を上げていた。


「良かったね、演劇!」

「ホントホント」

「泣けた~」

 莉子と日菜菊と柚希ゆずきは思い思いに感想を言い合っている。


「いやー、いつ見ても感動するわぁ」

「だよねぇ」

 クラリスとシャロンは初見ではないため感動の仕方も違っていた。挨拶に来た劇団長によると、劇団によって物語に色々とアレンジがあるそうだ。


「これって事実なのか? 竜神族と呼ばれるようになったとか言ってたけど」

「さてな。長く語り継がれる物語じゃから、真実と虚構の半々ではないかの?」

「なるほどなぁ」

 拓海と浩太はキマロとそんなことを言い合っている。


「ふふふ、鬼気迫る演技ね! さすがは人間、世界は違えど文化に対する熱の入れようは同じね」

「おお、ルビー! どこに行っていたんだい?」

 突然現れたかのようなルビーに剣持けんもちが声をかけた。


「まあ、個人的に色々とね。今の演劇は最初から見ていたわよ」

 どうやらルビーは演劇が始まる直前に合流したようだった。



 拓海たちは劇団員たちやピエットとも並んでスマホやクラリスの魔術道具で写真を撮ってもらったり、劇団員と地球のことを話したりするなど、しばしの交流をした。


 やがて夜もふけ、劇団は帰っていき、拓海たちも部屋に戻って眠りについた。



    ◇



 夜中、拓海はふと目覚めた。すぐにまた寝付けるならそれまでだが、寝付けなくなった場合は日菜菊も起きてしまう。


(なんだか寝付けなくなっちゃったな……)

 男子部屋にいる拓海と女子部屋にいる日菜菊は同時に身体を起こし、夜風にでも当たることにした。


「あれ、ヒナも寝られないの?」

 それは女子部屋で日菜菊の隣のベッドにいる莉子の声だった。莉子も急に起きてしまったということなので、3人ふたりで夜風に当たることにした。


 拓海は先に中庭に行き、莉子と日菜菊が手を繋いで現れる。


「わー、夜の月、綺麗だね……」

「本当だな……」

 上空には地球とは比較にならない大きさの月が浮いている。確かにそれはとても綺麗だった。ふと、拓海は莉子を見た。


(この世界の月光の下の莉子も綺麗だなぁ……)

 そんなことを思いながら、莉子と手を繋いでいる日菜菊の手に思わず力が入る。


 ふと、中庭から別の声がした。


「あら、どうしたの、あなたたち?」

「あ、ルビーさん」

 そこにはルビーがいた。ルビーも中庭で月を眺めていたようだった。


「あらあら、夜の逢引の邪魔をしちゃったかしら?」

「もう、ルビーさん!」

「でも、新生・怪異研究会の始まりとなったあなたたちがこの場に起きてきたのは偶然ではないのかもね」

「え?」

 ルビーは再び月を眺めた。


「あの月といい、本当に地球と違う世界。だけど、似ているところは似ているわね。さっきの演劇、あなたたちはどうだった?」

「感動しましたけど、ずいぶん悲しい話ですよね」

「世界の危機っていうのも、スケールが大きいと思いました」

「そうね。でも、私から言わせてもらえば、危機レベルは中の中ね」

「そうなんですか?」

「地球にだって、怪異が引き起こしそうになった世界の危機はいくつもあったのよ。あなたたちが戦ったヴァンパイアのスカリフルも、時代によっては世界を陥れることができたでしょうし」

「ああ、なるほど」


 拓海はスカリフルのことを思い出す。進歩した怪異の魔具があったからこそグール化した人間を元に戻すことができたが、それができない時代だったとしたら、世界中すべての人間をグールにしてしまうことも出来そうな勢いだった。


「ま、スカリフルは、グール化を解けない時代だったと仮定して下の上かしら。さすがに世界中の人間がグールにされ始めたら他の怪異もスカリフルと戦ったでしょうし」

 ルビーはそんなことを言った。


「それにしても、竜神族とねぇ……。少し、この世界のことが分かってきた気がするわ」

「この世界のこと?」

「莉子ちゃんはどう? 何か勘付いているんじゃないかしら?」

「うーん、どうでしょう。……キマロは、何かを隠しているようでした。竜神族と人間の契約というのも、もしかしたらあの物語と関係が?」

「そうね、私もそう思う、何かあるわね。ま、私は所詮この世界の者じゃないから、深追いはしないつもりよ。後は、キマロ次第じゃないかしら」


 竜神族の話はそこで切り上げ、しばらくゾダールハイムの話をした後、ルビーは去っていった。拓海と莉子と日菜菊も部屋に戻り、今度こそ眠りに落ちた。

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