3-14話 戦いを終えて

「しっかり捕まっていてください」

 ぎく壮亮そうすけを背負い、津麦つむぎをお姫様抱っこの状態で抱えた。もう一仕事、キマロの力を借りて、旅館まで大ジャンプで戻るのだ。


「ほっ!!」

 旅館の2階のテラスまでピンポイントで戻るような正確なジャンプはできなかったが、正面玄関付近に着地した。大勢いたグールは、莉子りこが使った新しい呪いで上書きされており、みんなその場に立ち尽くしていた。


 壮亮と津麦を地面に下ろすと、日菜菊は疲労のピークか、脚をついて崩れ落ちた。


「ヒナ!!」

 莉子が正面玄関から日菜菊の元に走ってきた。そのまま日菜菊を抱きしめる。


「ごめん、無茶させた……」

 莉子がそう言うと、日菜菊も莉子の身体を強く抱きしめた。


「莉子もお疲れ様。無事で良かった、本当によくやったね」

 旅館の亭主とおかみさん、家族連れ、大学生たちも次々と旅館から外に出てきた。


(身体がだるい……)

 日菜菊はそう感じている。異世界ゾダールハイムにいる拓海たくみは、キマロやクラリスからとにかく休めと言われている。


 日菜菊と莉子はしばらく抱き合っていた。


 旅館の亭主が津麦の様子を見ていた。両肩が相当痛むらしく、すぐにでも病院に連れて行きたいと言っている。壮亮も心配そうに津麦の様子を見ていた。


 やがて、剣持けんもちが手配した、怪異専門の特殊部隊が村にやって来た。莉子は、呪いで立ち尽くしている人々とヴァンパイアのことを説明した。


 旅館にいた者以外の村民と旅行客の多くがグールにされ、まだ残っているグールもいる可能性があるということで、特殊部隊が莉子の作戦を引き継いで、村を調査することになった。


 日菜菊たちは、全員病院に搬送された。最初に莉子の作戦のターゲットとなった遊真ゆうまと、他数人の呪いを受けた者も一緒だった。新しい呪いが彼らの体内のヴァンパイアの呪いを食らい尽くしたら、今度は元に戻す試みをしなければならない。


 その2ステップ目を踏まえていたので、莉子が天狗の札で作った呪いは、解呪を妨害するような物にはしていなかった。


 移動する大型車両の中で、怪我のひどかった津麦は寝かされ、他の者は座っていた。皆、無事を喜ぶ声をかけ合っていた。長い夜を終え、日菜菊と莉子は肩越しに体重を預け合い、眠りに落ちた。



    ◇



 ベッドに移動した記憶がほとんどない日菜菊だったが、目覚めると病室だった。一晩で事態は大きく進んでいた。


 まず、莉子の作戦は成功だった。遊真を実験台として、ヴァンパイアの呪いが検知されなくなってからさらに念入りに時間をおいて解呪を試みたところ、遊真が無事に元の姿に戻った。遊真の彼女が大泣きして遊真に抱きついているところを日菜菊も見た。


 また、カップルと一緒に旅行に来ていた大学生の男も、友人たちを元に戻せることが分かると、泣き崩れた。どうやら中に意中の女性がいるらしい。日菜菊と莉子は微笑みながらその光景を見送った。


 村の制圧と安否確認も完了した。犠牲者は出なかったとのことだ。莉子ばかりでなく、旅館の亭主とおかみさんも喜んでいた。


 特殊部隊に紛れて、ルビーが日菜菊と莉子の見舞いに来た。


「二人ともよく頑張ったわね。こんな大事件に手を貸せずにごめんなさいね」

「私の方は、キマロとクラリスのおかげです。やっぱり莉子の作戦が一番大きかった」

「そうね、本当によくやったわ、莉子ちゃん。あなたに天狗の札を託して良かった」

「ルビーさん……」

 莉子がルビーの胸に頭を預けた。ルビーはそれを優しく抱きしめる。成功する確証がない策を立て、みんなで実行した。発案者の莉子のプレッシャーは自分たちの比ではなかっただろうと日菜菊は思った。



「ヴァンパイアもヴァンパイア・ハンターも、他の怪異と関わることは少なかったのよね。者を他の怪異が粛清することはあったけれど、その実態はよく分かっていなかった」

「そうだったんですね……」

「だけど、今後は向こうから接触してくるんじゃないかしら。特に、天狗とかに」

 グールを元に戻す作戦を思いついたのは莉子だが、根本的には天狗の札があったからできたことだ。きっとヴァンパイアやヴァンパイア・ハンターの興味を引くだろうとルビーは言った。




 日菜菊と莉子は、壮亮と津麦の元を訪れた。壮亮はまだ身体が治りきっていない様子で、津麦は左肩の骨にヒビが入っているということで、左腕に固定具が付いている。


「莉子さん、日菜菊さん、ありがとう。今回の事件、あなたたちがいたから解決できた」

 津麦が言う。さらに、壮亮が続けた。


「あ、あの。もし良ければ教えてほしいんだけど、君たちは何者なんだ?」

「高校で怪異研究会という部活に入っていまして」

「え、部活……?」

「そう、部活です。ヴァンパイアのことも話題になったこと、ありますよ。本物に会ったのは初めてですけど」

 日菜菊と莉子は全てを語ることまではしなかったが、自分たちが活動している内容を説明した。


 壮亮はヴァンパイアであることの特徴を教えてくれた。別に生き血を吸わなければ生きていけないわけではないし、血を吸いたい衝動に襲われる時もあるが、現代では薬で抑えることができるということだった。


「壮亮と普通に接してくれて嬉しいわ」

「壮亮さんが必死に戦ったことを皆見てますから」

 ある意味、怪異に慣れている日菜菊と莉子だけでなく、旅館で一緒だった皆が事件後も壮亮と普通に接しているのだった。


「ちなみに、私のあの身体能力や回復能力は、私の力じゃないです。他のの力。もう一度やれと言われても無理ですよ」

 日菜菊が言った。キマロとクラリスを怪異と説明してしまったのはどうかと思ったが、異世界の者たちなので、まあいいだろうとも思った。



「あのスカリフルというヴァンパイアは、やっぱりあの神社に封印されていたんですか?」

「そう。あの時は熊とか言って誤魔化してしまったわね」

「じゃあ、神社で会った時には調査をしていたんですね」

「ええ。封印はもう解けていたの。だから焦ってしまって」

「増援を呼ぶ暇もなかった。だから、君たちがあそこにいてくれて本当に良かった」


 スカリフルは何百年も前に西洋からやって来たヴァンパイアで、その時にヴァンパイア・ハンターが日本に来たが、倒すことは叶わず封印という処置が取られた。そしてそのヴァンパイア・ハンターが津麦の一族のルーツになっていると、津麦が教えてくれた。


 その後、スカリフル以外のヴァンパイアも日本に来て、歴史の裏でヴァンパイア・ハンターと戦いを繰り広げ、その中でスカリフルの封印の地も忘れ去られた。スカリフルの封印に向き合うことができたのはヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターの和解後で、最近になって調査が本格化していたとのことだった。



「ところで、津麦さんと壮亮さんはどういう関係なんですか?」

 壮亮が飲み物を買いに病室を出たところで、日菜菊が津麦に切り込んだ。莉子も興味津々なようだった。


「お互いの家に引き合わされてからコンビを組んでてね。あれは3年前かな。中学の時だった」

「へぇぇ、そういう出会い方したんですね」

「あれ、3年前で中学って、津麦さん、高校生ですか?」

「高2よ」

「え、1個上なだけ! 大人びて見えるからもっと上だと思ってました」

「ちなみに、壮亮とはコンビを組んでるだけで、特別な関係ではないよ」

 意外な返答が来て、日菜菊は首をかしげた。


「壮亮は、日菜菊さんみたいながタイプかもね」

 津麦が笑いながら言う。


「何の話をしてるんだ?」

 飲み物を手に病室に戻って来た壮亮が言った。



 日菜菊と莉子は顔を見合わせた。

「これは、壮亮さんの……?」

「片想い……?」


 二人は再び壮亮と津麦を見た。戻ってきた壮亮は津麦と談笑している。


(頑張れ、壮亮さん……)

 そう思わずにはいられない日菜菊だった。

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