3-9話  ヴァンパイアの脅威

「ヒナ、誰に連絡した?」

 莉子りこぎくに状況確認をした。


剣持けんもち先生と、浩太こうた、キマロ、クラリス。ルビーさんには繋がらなかった」

「そう……」

 ルビーと連絡できるのが一番心強いのだが、本人が気まぐれ怪異だと言っていたし、ここは他の者の力で何とかするしかないと莉子は思った。


「剣持先生が、行政の怪異専門組織の特殊部隊が来るって言ってた」


 そうなると、一つ目の問題は時間だ。その部隊が来るまで宿の扉がもつか。二つ目の問題は、その部隊が到着したら、グールに変えられた人たちがされてしまうのではないかということ。


 莉子は、そんなことになる前に解呪を試したかった。だが、試す対象を捕らえるのが困難だ。今扉を開ければ、数に押されて全員やられてしまうだろう。


「ね、ねえ、ユウくん? 大丈夫……?」

「ゆ、遊真ゆうま、お前、どうしたんだ?」

 ふとカップルの女と大学生の男がカップルの男の方に話しかけた。遊真と呼ばれたその男は、青い顔をして震えていた。


 莉子はとっさに呪視の環で遊真を見た。外にいるグールたちと同じように呪いが渦巻いている。


「噛まれたんですね!!?」

 津麦つむぎが懐から短剣を取り出し、構えた。部屋から声が上がる。


「ちょ、ちょっと待ってよ!! どうしようって言うの!?」

「無念ですが、こうするしか方法はありません!」

「そんな、止めてよ!!」

 カップルの女と津麦が言い争う。


「縛り付けてください!!」

 遮るように莉子が叫んだ。部屋の視線が莉子に集まる。


「元に戻す方法を試しましょう!」

 日菜菊は莉子の方を向いて頷くと、遊真を逆手にして地面に押さえつけた。


「ユ、ユウくん!?」

「あなたも手伝って! 彼氏さんを殺させたくないでしょう!」

 莉子はそう言うと、鞄の中から魔具をあさりだした。旅館のおばあさんがロープを持ってきてくれ、男たちと日菜菊とで縛り上げた。ちょうどそのタイミングで呪いが効果を発揮してきたのか、遊真はゾンビのような表情で唸って暴れ出した。


「莉子、どうするの?」

「解呪を試そう。中にグールがいたのはむしろ好都合」

 莉子は、クラリスにも効果を発揮した天狗の札で解呪を試した。緑色の光は生じたが、効果を発揮しなかった。莉子はその過程を呪視の環で見ていた。


 呪いが解呪を受け付けないようにできている。そういう呪いもあるとルビーに教わったことを莉子は思い出した。だが、そのような小細工を含む呪いは、本来の目的の方への効力が弱まっているはずなのだ。


(つまり、弱まってこの威力ってことね……)

 それだけヴァンパイアの呪いが強力だということだった。


「ど、どう……?」

 カップルの女が莉子に聞いてきた。大学生の男も心配そうにしている。


「直接呪いを解くというのは難しいです。けど、別の方法があります」

 莉子の頭の中に対策は浮かんだ。後は実行するタイミングだった。


「そ、そんなことができるのか……?」

 壮亮そうすけが莉子に話しかける。莉子は壮亮を見て、別の懸念を口にした。


「後の問題は壮亮さんをそんな風にしたヴァンパイアですね」

「ええ、そうね。仮にあなたが本当にグールを元に戻せるとしても、あのヴァンパイアに襲われたら私たちは全滅よ」

 津麦が言う。


「倒せないんですか?」

 家族連れの母が尋ねた。


「これを当てることができれば」

 壮亮は右手を出し、力をこめると右手が青く発光した。


「ヴァンパイアも不死身じゃない。なのにあのヴァンパイアは何百年も生きている。とっくに寿命は尽きているはずなんです。あれは生き血を吸った人の魂の一部を奪う秘術で生き続けている。だからそれを壮亮のその技で解除してやれば、倒せる!」

 津麦が解説した。


「本来、人の魂を奪うのは、ヴァンパイアの間でも許されていない秘術なんです。だから、俺がやらないといけない……」

「さっきはそれを使う暇もなかった。あのヴァンパイアは強い。壮亮は何もできず、あっという間にズタズタにされたんです。逃げるのが精一杯だった」

 壮亮と津麦が続けて言った。


(弱らせれば、勝てるってことか……)

 莉子はそう思い、日菜菊を見た。これをお願いするのは心苦しい。しかし、日菜菊は頷いた。


「あ、当たらないと意味がないということか。それじゃ襲われたらどうしようもないじゃないか!」

 家族連れの父が言う。


「ダメだ、もう……見つかった」

 津麦が言った。宿から見える山の崖のところに、一人の男が立っている。腕を組み、ニタニタ笑いながら宿の方を見ていた。


 家族連れの姉弟は泣き出し、大学生たちもパニックになっているようだった。


「……私が、やれるだけやってみます」

「お、おい、津麦!?」

「壮亮は、奴を滅ぼすことだけを考えて。……何とかチャンスを作れたら、絶対に当ててね」

「ま、待てよ!」

「他に、方法はないでしょ?」

 津麦と壮亮が言い合い、部屋は静まる。


 津麦は覚悟を決めたようで、窓を開け、窓枠に足を掛けた。ふと、振り返って莉子に言った。


「莉子さん……。ヴァンパイア・ハンターはもう長い間、ヴァンパイアと戦い続けてきた。だから、ヴァンパイアのことは私たちが一番よく知っている。もし、私たちが負けたら、逃げて。逃げるとき、グールを殺すことを躊躇しないで。それをしていたら、あなたたちがやられる」


 悲しそうな表情だと莉子は思った。だから、そんな津麦を勇気付けるように、莉子は言葉を返した。


「ヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターの戦いの歴史のことは私は知りません。けれど、がその戦いに介入したことはなかったでしょう?」

「え……?」

「津麦さん、私たちを信じて。できるだけ時間を稼いで」

「莉子さん……あなたは一体…………??」

 一瞬、思案する素振りを見せたが、津麦はヴァンパイアの方を向き、靴を履いた。


「わかった」

 それだけ莉子に伝え、津麦は靴に手を置いた。靴が発光し、次の瞬間、津麦は大ジャンプをして、ヴァンパイアのいる崖まで飛んだ。

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