24.破滅を招く逸材

その日の夜――バスタイムを終え、お屋敷のリビングで涼ませてもらう。

グリーン・エデンにはバスルームがないので、いつもお屋敷のを借りていた。


「ふう……なんだか、まだドキドキしてるみたい」


首筋の……グラウス様の唇が触れた部分をそっとなぞる。


「はあぁ……グラウス様、なんであんなこと……」


まさか、本当にヤキモチ……?

いやいや! グラウス様が私に対してそんな感情持つはずが……。


「でも……そうだったら、ちょっと嬉しい……けど」


涼むつもりが、どんどん身体が熱くなってるみたい。

私は頭を冷やそうと空を見上げる。夜空には、まん丸なお月様が見事に輝いていた。


「わあ、綺麗……今日って満月……?」


そういえば……王宮へ行った日――初めてグラウス様に会った日も、満月だったな。

満月の光で、ずっと憧れていたお城がくっきりと浮かび上がって……余計にワクワクしたっけ。


……まさかあのあと、あんな大騒動に巻き込まれるとは思わなかったけど。


「……満月は、昨日だよ」


「え? あ、シヴァく……」


と思ったら、ペロリンに何か液体を浴びせられた。


「ギョッ! グギョエーーーッ!?」


「わっ!? 何これっ……!」


「久しぶり、ティアラ。僕のこと、待ちびてたみたいだね」


現れたのは、し、シヴァ君じゃないっ……シリウス様だ!


「クゥン……キュウゥン……」


「ぺ、ペロリン!? 大丈夫!?」


「大丈夫だよ。少しの間。大人しくしてもらうだけだ」


私はしぼんでしまったペロリンを気にしつつも、身仕舞いを正した。

すっかり油断していて、よりにもよってバスローブ一枚というあられもない姿だ。

……グラウス様に隙を見せるなって言われたばっかりなのに!


「さあ、この間の続きをしようか」


シリウス様がゆっくりと距離を詰めてくる……でも、ここは怖がってる場合じゃない!


「シリウス様……やっと、会えましたね」


大丈夫……このひと月、シリウス様の話はシヴァ君からたくさん聞いて知ってる。

それに、一番の安心材料は――シリウス様がグラウス様の弟だってこと。


「へえ……怖くないの? 僕のこと」


私は信じる……グラウス様を。

……そして、そのグラウス様がずっと大切に思っているシリウス様のことも。


「……シリウス様は、グラウス様の弟ですから」


「何、その意味不明な理由」


「だって……グラウス様の大切な家族が、悪い人なわけありません」


「兄さんの……僕の、何を知ってるっていうんだよ……気に入らないな」


「……っ!」


私のすぐそばにあった花瓶が、パキンと割れた。


「たったひと月、兄さんと一緒にいたくらいで」


ここでひるんだら、前と同じになっちゃう……私はバスタオルを握り締めて踏ん張った。


「シリウス様は、グラウス様とすごく仲良しだったって聞きました。苦しめたいなんて……ホントは思ってない、ですよね?」


「シヴァから聞いたんなら知ってるでしょ。兄さんがした、許しがたいあやまち……最大の禁忌タブー


「それはシリウス様を救おうとして……!」


「救う? 人間でも魔物でもない……こんな中途半端な、バケモノにしておいて?」


「そ、それは、なんとか二人とも……助けようとしたから。敢えて危険な方法に頼るしか……」


「それが余計な真似だって言うんだ……僕は一度だって、助けてくれなんて頼んでない!」


壁に拳を叩きつけるシリウス様……瞳が燃えるように紅い。


「僕はね……生まれたときから病弱で、それこそいつ死んでも不思議じゃなかった。だから、死ぬ覚悟なんて……とっくにできてたんだ!」


シリウス様は血を吐くようなはげしさで語る。

同じように孤独だったシヴァ君、そして……世界中で唯一、自分を家族だと認めてくれたグラウス様――

そんな二人と過ごす時間は、たとえ束の間の幸せだとしても……シリウス様には十分だった。


「二人といるときは、闘病の辛さも忘れられた。でも……病魔はしつこかったからね。このまま長生きしたいなんて……全然、思わなかった」


「シリウス様……」


「大好きな二人に見送られ、この世から静かに旅立てれば……それで……それだけで、よかったのに!」


「でも二人とも……どうしても、シリウス様に生きていて欲しくてっ……だからグラウス様は一生懸命、みんなのために……」


「違う! 僕たちのためじゃない、全部……自分のためだ! あいつはいつの間にか魔法に取りかれて……自分は万能だと勘違いしたんだ! 不相応なことに手を出し、僕たちを破滅させた!!」


シリウス様の紅い瞳から一筋の涙が流れた。


「いっそ、このまま死ねたらって思ったけど……それだけはできない。だって……この身体は、シヴァのものでもあるんだからね」


「そうですよ、シリウス様! 死ぬなんて絶対ダメですっ」


「……は……」


「死ぬなんてダメ、絶対! 命を粗末にしちゃいけません!!」


「……ふ、何をそんな必死になってるの」


さっと涙をぬぐうシリウス様。


「だってシリウス様やシヴァ君が消えちゃったら、グラウス様……すっごく悲しみます!」


「悲しまないよ、あいつはそんな感情……持ち合わせてない」


「いいえっ、絶対悲しみます! 現に……っ」


「いいかいティアラ、警告しておいてあげる……兄さんを信用するな。あいつはね……自分のことしか考えてない、他人なんて使えなくなったらゴミのように捨てる」


「そんな……グラウス様はそんな人じゃありません!」


「はあ……兄さんのどこに、そんなほだされたんだか……あんなに塩対応されてたのに」


呆れたように溜め息をつくと、シリウス様は私の目の前へ一瞬で移動した。


「わあっ!?」


「まあ、試してみればわかる。君を壊したら……兄さんがどういう反応をするか」


「こ、壊すって……人を物みたいに!」


「だって、オモチャだもの。それを僕のモノにしたら……君が大事だというなら悲しむはずだろう? いや、怒るのかな? どっちにしろ、兄さんの反応を試せる」


私の手を掴んで引き寄せようとするシリウス様――


「んんっ……イヤっ!」


しかし、私が抵抗した瞬間……閃光せんこうが走ってシリウス様の手がバチンと弾かれる。


「なっ!?」


「えっ!? 何っ、今の光?」


「今のは……光魔法!? 君、いつの間に魔力を?」


「ま、魔力って……えええっ!? 私、魔法なんて使えませんっ……ペロリンじゃないですか?」


「ペロリンはまだ麻痺してるよ、僕の作った薬で……じゃあ、どういうことだ?」


シリウス様が部屋の中をウロウロ歩き回る。


「こないだ触れたときは、君から魔力なんて一切感じなかった……」


「え……そんなこと、触れただけでわかるんですか?」


「魔力がある者は、身体に触れればわかるんだよ。さすがに見ただけじゃわからないけど」


「で、でも私に魔力なんてあるわけが……」


「……生まれつきじゃないとしたら、遺伝でもない。とすると……君、もしかして……聖樹に触れた?」


「ええっ……な、なんでわかったんですか!?」


いきなり図星をつかれて慌てる私。


「他に可能性がないからだよ。聖樹には魔力が宿ってる……けど、それをただの人間が扱えるはずは……」


ってことは、グラウス様にもバレちゃうかもしれない……ってこと?

勝手に聖樹に触れて、魔力なんてゲットして……ああ、もう私ってばどんだけやらかせば気が済むの!

うう、グラウス様に『またおまえか』って呆れられるのはヤダなぁ……。

触らなければ大丈夫だよね? ……あんまり近づかないようにしとこ。


「それともペロリンが……なら、有り得る? そうか……なるほど、だから兄さんはペロリンに執着するのか」


一人で納得して、ふんふんうなずくシリウス様。


「あはは! これはいいっ……最高だ、面白いことを思いついたよ!」


「え……。シリウス様が思いつく面白いことって、なんか悪い予感しかしないんですけど……」


「大丈夫、もうすぐだから。兄さんが破滅するところ、一緒に見届けよう……楽しみにしてて、ティアラ」


シリウス様はゆがんだ微笑を残して、闇夜に消えていった。

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