領地簒奪編.29.貴族令嬢


【は? 頭でも打ったか?】


「違います。私が何と言って聖王国送りを免れたか忘れましたか?」


【この地に召喚された理由がどうたら……?】


「そうです、咄嗟に出た言い訳ではありましたが丁度いいので利用します」


 アークと同じ時期にいずれ対立する事が確定している女神とやらが勇者召喚というものを行っていたのは知っていましたが、まさかまさか集団で喚んだ中の一人が行方不明になっているなど予想できる訳がありません。

 あそこで上手く言い逃れが出来なければろくに暗躍する事も出来ず、貧弱で空腹状態のまま敵の本拠地に送り出されて詰むところでした。

 スラム全域を呑み込み、遅かれ早かれ領主にダンジョンの存在がバレるであろう段階でマスターである私が引き離されるなど、各個撃破してくれと言っている様なものです。


「ダンジョンの構造を弄るには私が領域内に居ないと出来ませんし、定期的に訪れる事の出来る利点は大きいです」


【それだけか?】


「まさか、一緒に危険地域に赴く事で信頼を得る為ですよ」


【ほう?】


 どうせ私一人でスラム街を調査すると言ってもなんだかんだと理由を付けて監視やら護衛やらを押し付けられるでしょう。


「それならいっその事その彼らと一緒に原因の調査をしているフリをし、然るべきタイミングでダンジョンを発見させます」


【いいのか?】


「どうせ後で幾らでも構造を変えられますし、彼らと攻略するのはダミーですから」


【可哀想だなぁ】


「兎にも角にも私とダンジョンの関係性が疑われなくなればそれで良く、信頼を稼いだところで勇者という重要人物に付けるだけの精鋭を丸ごと削る事も出来ますから」


 何ならダンジョン内で上手く誘導する事で、領主からの信頼も厚いその方々を経由して偽りの情報を流す事もできます。

 逆に仲良くなれれば、それだけ彼らから領主達の情報も得られるかも知れません。


「まぁ、本当に監視が付くかも、そもそも許可が下りるかも分かりませんが……その時は私の睡眠時間が削れるだけです」


 夜中にこっそりダンジョンを往復する非常に煩わしい日常の幕開けです。溜め息が出ますね。


【やっぱお前って面白ぇわ】


「……それはどうも」


 こんなところで面白がられても嬉しくないんですけれどね。


「とりあえず今後どうなるかは分かりませんが、基本方針はこんなところです」


【了解だ、マスター】


 ――聖王国に送り出されないように言い訳を真実だと誤認させる。

 ――言い訳を利用して定期的にダンジョンへと帰宅する算段を付ける。

 ――領主側の戦力や周辺諸国との関係性を探りつつ、横槍が入る前に都市を陥落させる準備をする。

 ――自らも力を蓄えつつ、領主嫡男や騎士団長の弱点を見付ける。


 基本的にこの四つになるでしょう。やる事が多くて何だか楽しくなって来ましたね。


「さて、では早速――」


『――ここ?! ここに居るのよね!?』


『いけませんお嬢様!』


「……誰か来たみたいですね」


【ブハッ!】


 笑ってる場合じゃないんですよ、この悪魔は。






「バッーン! 貴女ね?! 我が家に来た勇者様というのは!!」


「……」


 入室の是非を問われた際にどの様に断るのかを考えていたのですが、そんな暇もなく早々に勢いよく部屋の扉が開けられてしまいました。

 その様に堂々と入室して来たのはくせっ毛の目立つ、まるで羊のような長い金髪で碧眼の少女で……扉の前から漏れ聞こえていたやり取りや、何よりも領主嫡男と何処か似た風貌からこの家の令嬢なのでしょう。

 そんなお転婆とも言えるような彼女の後ろで見覚えのある顔が申し訳なさそうに声を掛けてくる。


「申し訳ありません、勇者様」


「貴方は……」


「私の事を覚えておいでですか?」


「えぇ、まぁまだ今日の事ですし」


「恐縮です。名乗りが遅れましたが、私の名前はアルフレッド・マーティンと申します。気軽にアルフレッドとお呼び下さい」


 えぇ、そうです。この男性は急に私の事を勇者と勘違いし、スラム街から進出したばかりの私の出鼻を挫いてくれた方でしたね。

 いずれ然るべきお礼はするとして、今は上辺だけでも仲良くして信頼を稼がなければなりません。

 その為その彼の後ろに並ぶ同じ制服の方々の名前も覚えなければならないのは少し面倒ではありますが。


「コチラはベアトリーチェお嬢様です。後ろに並ぶのは私の同僚の……右からリサ、カイン、ゴードンです」


「よろしくね、勇者様」


「よろしくお願いします」


「俺もゴードンと呼び捨てで構わない。よろしく頼む勇者殿」


 お嬢様の護衛……ともまた違うみたいですね、早速私に付けられた監視が彼らなのでしょうか。

 後ろの方で慌てている様子のメイドと違ってお嬢様を窘める事が出来ている様子から、もしかするとかなりの地位を持っているのでしょうか。


「自己紹介は終わったかしら? 私は勇者様とお話したいのだけれど?」


「なりませんお嬢様、勇者様は今朝方保護されたばかりでお疲れです」


「少しくらい良いじゃない! 今日は私がお兄様と遊ぶ日だったのに、勇者様が来てそれどころじゃなくなったって言うんだもの!」


「お、お嬢様!」


「……だから代わりに私が勇者様の相手をしてあげるの!」


 私は今なにを見せられているのでしょうか……このよく分からないやり取りをどの様な感情で眺めていれば良いのか、さっぱり分かりません。


【コイツら何してんだ?】


(さぁ? どうやら私の相手をするしないで揉めている様ですが……どうなんでしょうね?)


 私はともかく、人間ではなく悪魔であるアークにも分かる筈がありませんよね。


「ふん! これだからアルフレッドはダメなのよ! 勇者様は過酷な路上生活をしていたのでしょ?」


「お嬢様! それを本人の前で言っては……」


【そうなのか?】


(どうやらそういう事になっている様ですね)


 ふむ、いったい何を見せられているのかと煩わしく思い始めていましたが、こういう会話の節々から彼らが私に対してどの様に考えているのか知れるのであれば見聞きする価値がありますね。


「だからこそ、先ずは当家の浴場で疲れと汚れを落として貰うべきよ! 女性を何時までも泥まみれで置いておくつもり?」


「そ、それは……」


 なぜ路上生活をしていた事になっているのかは分かりませんが……スラム街から出て来たからでしょうか? 目撃証言から直ぐにバレるだろうと嘘を吐くのを諦めましたが、それがこの様に作用するとは。

 もしや勇者召喚が行われてからある程度の日が経っている? だからこその推測でしょうか?


「今回はお嬢様の勝ちの様ね」


「リサ……」


「安心してちょうだい、浴場での護衛は私がしっかりとするから。……貴女達はお嬢様と勇者様に着替えを用意しなさい」


「畏まりました」


 と、そんな事を長々と考えていたらいつの間にか私がお嬢様と入浴する事が決まってしまいましたね。

 これも信頼関係の構築と考えれば良いのか、仮想敵に無防備な姿を晒してしまう事態に警戒すれば良いのか……いえ、ちょっと警戒心の薄そうなこのお嬢様を利用して情報を引き出す努力をしてみましょうか。

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