第18話Memory 瑞貴【おもちゃ箱】

◇◇◇◇◇


俺にとってヒロは2番目に好きになった女。

いちばん最初に好きになった女は、俺がどんなに頑張ってもこちらを向いてくれることはなかった。

初恋が報われない恋だったということもあり

恋愛なんてもう2度としたくない。

俺はそう思っていた。

ヒロと出逢うまでは……。


◇◇◇◇◇


ヒロと付き合い始めて2か月が過ぎた頃。

付き合い始めたと言ってもこれまでと大して違いはない。

学校で毎日会っていて、一緒に過ごす時間もこれまでと変わりはない。

友達から恋人になったからって、急になにかが変わることもない日々が続いている。

それもあって

たまには恋人らしいことをしてみたい。

そう考えた俺はヒロに提案してみることにした。


「ヒロ」

「なに?」

「明日、一緒に出掛けようぜ」

俺の提案に

「……」

ヒロは黙り込んでしまった。

その反応に思わず

「嫌なのか?」

そう尋ねると

「……別に」

ヒロはそう答える。


ヒロは口数が極端に少ない時がある。

全く喋らないという訳ではない。

必要な時にはちゃんと話すし、自分の意見もはっきりと主張する。

でもたまにこんな感じで、よく分からない時があるのだ。


「それっていいのか? それとも嫌なのか?」

分からないから尋ねてみると

「……いいけど」

そんな言葉が返ってくる。


明らかに快くという感じではないので

「けど、なんだ?」

俺はあまりいい返事は期待していなかった。


でも

「明日休みなんだけど」

ヒロの口から飛び出した言葉は俺の予想から大きく逸れたものだった。

……確かにヒロが今日は金曜で、明日は土曜なので学校は休みだ。

だからこそデートに誘ったのだが。


「学校だろ?」

「うん」

「だから遊ぼうって言ってるんだけど」

俺がそこまで言うと

「……あぁ、そっか」

ヒロはようやく納得したように頷く。


「……?」

一体、なんなのか。

俺には全く分からない。

首を傾げているよ

「ごめん。ちょっと勘違いしてた」

ヒロが言う。


「はっ? 勘違い?」

「うん」

「それってなにを勘違いしてたんだ?」

「……」

「ヒロ?」

「……いや、瑞貴が休みの日にわざわざ誘ってくれるとは思わなかったから」

「はっ? そうなのか?」

「うん。だから明日学校が休みってことを忘れてるのかと思った」

「そんなはずないだろ」

「……そうだよね」

どこか気まずそうなヒロは本当にそう思っていたらしい。


付き合う前もヒロと出掛けたことは何度もある。

元々友達だから、当然と言えば当然なのだけど、もしかしたらそれがあるからヒロは混乱してしまっているのかもしれない。

そう気付いた俺は――

「ヒロ」

「なに?」

「俺達って付き合ってるんだよな?」

「……うん」

「だからデートに誘ったんだけど行きませんか?」

ちゃんと言葉にして伝えてみた。

「……行きます」

するとヒロは頬を桃色に染め、照れたようにそう答えてくれた。


◇◇◇◇◇


ヒロをデートに誘った翌日。

俺とヒロは繁華街にあるショッピングモールに来ていた。

2人でブラブラと店を見て回る。

何気なく入った雑貨店。

そこで俺はヒロがなにかを手に取ってみていることに気が付いた。

「どうした?」

「えっ?」

「そのストラップが気に入ったのか?」

「……うん……まぁ」

「貸してみな」

「はっ?」

「買ってやるよ」


女になにかを買ってやる。

それは俺にとって特別なことでもなんでもなかった。

もしこれが彼女じゃなかったとしても、男が女になにかを買ってやるというのは当然だというのが俺の価値観だ。


これまで俺の周りにいた女は大抵何か買ってやると喜ぶ。

経験上それを知っている俺は、こんなことでヒロの笑顔が見られるなら安いものだとさえ思っていた。

でもヒロは

「い……いいよ」

困惑したように遠慮する。

その反応は俺が知っているものとは大きく違っていた。

「なんで? 気に入ったんだろ」

「それはそうだけど……」

「ならいいじゃん」

でも俺は今更自分の意志を変えることができず、ヒロの手からストラップを奪うように取る。

「……あっ……」

困惑したようにその場に立ち尽くすヒロに気付かないフリをして俺はストラップの会計を済ませた。


「ほら」

買ったストラップをヒロに手渡すと

「……ありがとう」

一応、礼は言ったもののヒロは複雑そうな表情をしている。


……ん? あんまり嬉しくなかったのか?

それが引っ掛かったがわざわざ聞いて嬉しくないと言われるのが怖くて

「俺、ちょっと飲み物買ってくるからそこに座ってて待っててくれ」

俺は気付かないフリをする。


「あっ、一緒に行こうか?」

ヒロの申し出を

「いや、いい。炭酸でいいか?」

断り、確認する。


「うん」

「了解」

俺は近くのファストフード店に向かった。


ヒロはその辺の女と全く違う。

その辺の女は、なにかを買ってやると大喜びする。

それにこっちがうんざりするくらいにものを強請ってくる。

そりゃあ、こっちが好意を持っている女ならいくらでも買ってやりたいと思うけど、なんとも思っていない女に強請られるのはうざくて仕方がない。

……まぁ、男の義務として買いはするけど……。

でもヒロはそんなことをしたことがない。

あんなストラップでも買ってもらうことを躊躇う。

だからなんだかやりにくい。

俺の中にある女という固定観念に全く当てはまらないのだから。


……本当はそこまで欲しくはなかったのかもしれない。

そんなことを考えながら飲み物を買ってヒロが待つ場所に戻る。


俺が言った通りヒロはベンチに座って待っていた。

ヒロは手元をじっと見つめている。

……なにをやってるんだ?

ヒロのその行動に興味を持った俺は、その場で足を止めて観察することにした。

幸いにもヒロはまだ俺がここにいるということに気付いていないらしい。


ヒロがじっと見つめているのはついさっき俺が買ってやったストラップだった。

そのストラップをいろいろな方向から見つめるヒロ。

上下左右、四方八方からそのストラップを観察するように眺めている。


一歩間違えば明らかに挙動不審者に見えるような仕草でヒロはストラップを見つめていた。

そして、ヒロはふわりと笑った。

これはそのストラップを買ってやった俺の願望かもしれないけど。

俺にはヒロが嬉しそうに笑っているように見えた。


俺は足音を潜めてヒロの元に戻る。

彼女の背後に回り込んだ俺は

「もしかして嬉しいのか?」

ヒロの耳元で囁くように尋ねた。


するとヒロは

「……わっ」

ビックリしたらしく椅子から転げ落ちそうになった。

飲み物を持っていた俺はなんとか左手でヒロの身体を支えることができてホッと胸を撫で下ろす。

「驚きすぎじゃね?」

「……いや、普通に驚くでしょ?」

「そうだな」

「マジでびっくりした」

「悪い」

なんとか体勢を立て直したヒロに買ってきた飲み物を手渡しながら俺は尋ねる。

「てか、それって嬉しいのか?」

「うん、嬉しい」

「そうか」

「なんでそんなこと聞くの?」

「なんかあんまり喜んでるようには見えなかったから」

「そうなの?」

「あぁ」

「……ごめん。こういうのを人から買ってもらったことってないからどういう反応をすればいいのか分からなかった」

「そっか」

「でも……」

「ん?」

「本当にものすごく嬉しい」

必死に伝えてくるヒロに

「それならよかった」

俺は無性に嬉しさを感じた。


でも俺が笑ってしまったことでヒロは気恥しさを感じたらしく

「私、ちょっとトイレに行ってくる」

そう言って立ち上がった。

「ここで待ってる」

「うん」

足早にトイレに向かうヒロの背中を眺めながら、顔が緩むのが自分でも分かった。


◇◇◇◇◇


その後も、俺とヒロはショッピングモールをブラつき、外が薄暗くなってきたことに気が付いた俺は

「そろそろ飯でも食いに行くか?」

そう切り出す。

「うん」

「なんか食べたいものあるか?」

「う~ん、気分的にこってりした肉系は遠慮したいかな」

「じゃあ、魚か」

「あと野菜も食べたい」

「それならあそこに行くか」

「うん、あそこがいい」

“あそこ”というのは俺とヒロがよく行く居酒屋だった。

繁華街にあるその店がヒロはたいそうお気に入りで、俺も気に入っている店。


行きつけと言ってもいい居酒屋に入るすぐに

「あれ? 瑞貴じゃね?」

声を掛けられた。

「おう、久しぶりだな」

そいつは中学生の時の同級生だった。

いつも一緒につるんで遊んでいたヤツ。

高校に進学してからは学校が違うので、たまに連絡を取り合うくらいの関係を保っている。


「デートか?」

そいつに聞かれて

「まぁな。お前は?」

俺は答える。

「友達と来てる」

「ふ~ん」

「シンとかマナミも一緒だぞ」

「そっか」

シンもマナミも中3の時同じクラスでよくつるんでいた。


「もし良かったら瑞貴達も一緒にどうだ?」

そんな提案に

「どうする?」

俺はヒロに視線を向ける。

「別にどっちでっもいい」

ヒロの言葉に

「ほら彼女もこう言ってくれてるんだし、来いよ」

そいつは俺の肩をたたいてくる。

「そうだな」

ヒロもこう言ってくれているんだし、正直久しぶりに友達と話したいという気持ちもあって俺はその誘いを受けることにした。


案内されて向かった席には

「えっ?瑞貴じゃね?」

「わ~、久しぶり」

懐かしい顔が揃っていた。

「本当に久しぶりだな」

言いながら空いた席にヒロを座らせ、その隣に俺も腰を降ろす。


「瑞貴の彼女?」

ヒロに興味深々の友人達を

「あぁ」

ちょっと面倒に感じながら俺は答える。

そんな俺の心境を察したのか友達は

「なにちゃん?」

直接ヒロに話しかける。

「……ヒロです」

人見知りなところがあるヒロ。

初対面の人間があまり得意ではないのに、俺の友達だから精一杯対応している。

「ヒロちゃんか。よろしくね」

「どうも……です」


久し振りに会った友人達との食事。

俺は普通に楽しかった。

話題は尽きることがなく、過去の想い出話やこの場にいない友達の近況で盛り上がる。

ヒロは俺の隣で、みんなの話を聞いたり、飯を食ったり、たまに笑ったりして過ごしていた。


◇◇◇◇◇


帰り道。

「ヒロ、悪かったな」

俺はヒロに切り出す。

「なにが?」

「今日は2人で過ごす予定だったのに、大人数での食事になって」

「別に……てか、楽しかった?」

「ん?」

「友達に会えて楽しかった?」

「あぁ、久しぶりに会ったからな」

「それなら良かったじゃん」

「だな」


ヒロは本心しか言わない。

建前や社交辞令やお世辞など、人と付き合っていくうえで言った方が関係が円滑になる場合がある。

でもヒロはそんなことを言わない。

そんなことを言うくらいなら関係が円滑にならなくていい。

そう考えるような女だ。

だからこそヒロの言葉は信頼できる。


「……私も……」

「うん?」

「中学生の時の瑞貴に会ってみたかったな」

「あ?」

「なんとなくそう思ったの」

「そうか」

「うん」

「今の俺だけじゃ物足りないか?」

「えっ? ……いや、そういうことじゃないけど」

「うん?」

「てか、無理だとは思うんだけど……できるならば過去も今も未来も、瑞貴のことは全部知りたいって思ったんだよね」

「全部?」

「うん」

「ヒロって……」

「なに?」

「結構、欲張りなんだな」

ヒロの意外な独占欲を知り、俺は驚きつつも嬉しかった。

独占欲を出されるってことは少なからず俺はヒロにとって特別な存在らしい。

そう考えると無性に心が弾んだ。


「はっ?知らなかったの? 私は欲張りだしものすごく独占欲が強いんだよ」

「そうなのか? 全然知らなかった」

「瑞貴もまだまだだね」

「そうだな。俺も……」

「もっとヒロのことを知りたい」

「うん、頑張って」

軽く言われて、俺は苦笑してしまった。


「あっ、そうだ」

「どうした?」

「忘れてた」

「なにを?」

「はい、これ」

「なんだ?」

「開けてみて」

手渡されたのは小さな紙袋。

……なんだ?

不思議に思いながらそれを開けると見覚えのあるストラップが出てきた。

「このストラップって……」

「うん、お揃い」

ヒロはにっこりと微笑む。


「いつ買ったんだ?」

「トイレに行った時」

「全然気付かなかった」

「言ったでしょ? 私って欲張りだし独占欲が強いんだって」

「お揃いのストラップで俺を独占するのか?」

「そうだよ。そのストラップは私の独占欲の表れであり、女除けでもあるの」

「それならストラップよりリングとかの方が良くないか?」

「……」

「ヒロ?」

「……それはまだハードルが高すぎる」

ヒロはまた頬を桃色に染めて、ブンブンと手を振った。


俺にとってヒロは“おもちゃ箱”みたいな存在。

デートに誘われたことに驚いたかと思えば、欲張りで独占欲が強いと公言したりする。

俺の過去や今や未来すべてを知りたいと言いつつ、リングはハードルが高いからと遠慮する。

ヒロは明らかにその辺にいる女と違う。

いい意味で俺はヒロのことがよく分からない。

俺の予想を上回るヒロの言動は俺をワクワクさせる。




Memory 瑞貴【おもちゃ箱】完結

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