第3話 葵×ケン【約束】後編Pure Heart番外編

◇◇◇◇◇


「因みに今日のケンカの原因はなんだったの?」

「それは……」

「私が聞いた話によると駅の改札を出たところでしつこく若い女の子が絡まれていてって聞いたんだけど、そこは合ってる?」

「……はい、合っています」

……なんで葵がこんなことまで知っているんだろう?

ケンは徐々に焦りだしていた。

なにかあってその噂が広まり、その噂が葵の耳に入ることは別に珍しいことじゃない。

でもそれはあくまでもなにかあってからそれなりに時間が経ってからのことだ。

葵の耳に入った時には、事はすべて解決していて、それなりに時間もあるのでフォローに手を回す時間は十分にある。


でも今日の件に関しては、まだそんなに時間が経っていない。

いつもに比べて葵の耳に入るのが早すぎる。

こんなに早く葵の耳に入るとは思っていなかったのでフォローの根回しは十分ではない。

……というか、まだなにもしていない。


「それを最初に発見したのは見回り中のメンバーの子達だったんだよね?」

「……はい」

「で、そのメンバーの子たちがしつこい男を追い払おうとした。だけど、そのしつこい男は聞く耳を全く持たないどころか、仲裁に入ったメンバーの子に食って掛かった。ここまでは合ってる?」

「はい」

「んで、そこにたまたま偶然、ケンが通りかかった」

「……」

「事情をメンバーから聞いていたケンにそのしつこい男が暴言を吐いた」

「……」

「それでブチ切れたケンとその男が掴み合いになって」

「……」

「しかも運が悪いことに、そのしつこい男にはツレが何人かいて、そのツレも合流し、付近で見回りをしていた他のB-BRANDのメンバーも合流し、大乱闘になってしまった」

「……その通りです」

「だよね。てかさ、これだけ聞けばケンがケンカしたのも仕方がないかなって思うんだけど」

「……」

「話はこれだけじゃなんだよね?」

「そ……それは……」

「うん? なに?」

「その前に……ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

「それは今聞かないといけないこと?」

「できれば今聞けると助かります」

「そう。なに?」

「まさかとは思うんですけど……葵さん、今日駅にいたりしました?」

「えっ?」

「いや、状況の把握がやけに詳しいなと思いまして」

「そう?」

「はい。本当に聞いた話ですか? それとも駅にいて見ていたとか……」

「それは……」

「それは?」

ケンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

なぜならばケンにとって葵の言葉こそが重要な局面なのだから。

もし葵が本当に噂で聞いただけならまだ誤魔化せる可能性がある。

だけど駅にいて事の顛末を実際に見ていたとしたら誤魔化しようがないし、下手に誤魔化そうとすれば墓穴を掘ってしまう可能性もある。

ケンは無意識のうちに拳を握り締め、葵の答えを待っていた。

そして口を開いた葵は

「ご想像にお任せします」

にっこりと笑みを向けた。

その答えに納得できないケンは

「はっ?」

思わずそう言ってしまったが

「なに?」

低い声で返され

「な……なんでもないです」

納得できないなんて口が裂けても言えないような雰囲気だった。

「そっか。じゃあ、話を戻してもいい?」

「ど……どうぞ」

「で、どうする?」

「どうするとは……」

「私の口から話してもいいんだけど、自分で言いたいかなって思って」

「……」

葵はそう言ったけど

……絶対に自分の口からなんて言いたくない。

ケンはそう思ってしまった。

もちろん葵に暴かれたくはない。

だけどだからと言って自分の口から全てを暴露したいとも思わない。

できればこの話はもう終わりにしてほしい。

それがケンのいちばんの望みだった。


「どっちがいい?」

しかし葵はそれを許してくれる気配はない。

「……あの……」

「うん?」

「それって自分で言った方がいいとかありますか?」

「自分で言うことにメリットがあるかどうかってこと?」

「まぁ、簡単に言ってしまえばそういうことですね」

「もちろんそれは自分から全てを白状した方が、私の信用を失う度合いは軽減されるんじゃない?」

「……そうですよね」

「あっ、先に一つだけ言っておきたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」

「今日のことに関してはほとんどバレてるから。今更隠そうだなんて思わない方がいいわよ」

「……」

「分かった?」

「……はい……」

「それでどうするの?」

「全てを白状させていただきます」

「うん、それが賢い選択だと思う。はい、どうぞ」

「今日のケンカは……」

「ケンカじゃなくて乱闘ね」

「はい。今日の乱闘は、正直に言うと避けようと思えば避けることができました」

「うん。そうだよね」

「はい」

「避けられるのにどうして乱闘になったの?」

「それは……」

「それは?」

「ここ最近ちょっと運動不足で……」

「運動不足?」

「はい」

「運動不足でなに?」

「身体が鈍っていたのでちょっと動かしておこうかと思って……」

「思って?」

「……」

「必要以上に相手を挑発したんだよね?」

「はい。そうです」

「……」

「あ……葵さん?」

「いい加減にして!!」

葵が落とした雷に

「……ひぃっ!!」

ケンは恐れ戦いた。

「カラーギャングのトップが運動不足の解消のために乱闘をおこしてどうするの!?」

「はい、す……すみませんっ」

「ケン、私との約束は覚えてるよね」

「はい、覚えてます」

「じゃあ、どうしてこういうことをするの?」

「それは……」

分かっている。

ケンはちゃんと私との約束を覚えている。

ただ頭に血が上ると私との約束なんて吹っ飛んじゃうってことも……。

B-BRANDのトップなんて張ってる男なのだから、ケンカをするなとか控えろなんて言ってもそれを守れる訳がないのだ。

でもだからって野放しになんてする訳にはいかない。

ケンのバッグには響さんや蓮くんの組が付いているんだから、万が一ケンがケンカや乱闘で警察に引っ張られたとしてもきっと手を貸してくれるし、尻拭いだって協力してくれる。

でもそれに頼ってばかりじゃいけない。

私は私のやり方でケンを守りたいと思っているから人に頼ってばかりではいられない。

でも私は無力だから……。

響さんや蓮くんみたいにツテもなければ力もない。

私にできることと言えば限られている。


「……ケン」

「はい」

「私はいつまでこんな心配をしないといけないの?」

「……葵?」

「ケンがいつ大けがをして病院に担ぎ込まれるかもしれない」

「……」

「ケンカや乱闘で警察に捕まるかもしれない」

「……」

「そんな心配を私はいつまでしないといけないの?」

「……」

「ねぇ、いつまで我慢しないといけないの?」

「それは……」

「……分かってる」

「葵?」

「ケンがトップを引退するまでだよね?」

「……悪い」

ケンは申し訳なさそう謝罪の言葉を口にした。

葵は知っていた。

この言葉がケンにいちばんのダメージを与えることを……。

それが分かっているから葵は普段絶対にこんなことを言わない。

でも今日は違った。

これ以上こんなくだらない理由でケンカなんてさせられない。

その為に、この言葉はかなり有効なのだ。


これだけでも十分にケンに反省を促すことは可能だ。

だけど、葵は決して容赦しなかった。

「……私それまで耐えられるかな」

葵が俯き呟くと

「葵!!」

ケンはこれまで見せたことがないくらい困惑と動揺が入り混じった表情を浮かべた。


「これからは控えるから」

「……」

「必要最小限のケンカしかしない」

「本当に?」

「あぁ」

「約束してくれる?」

「約束する」

「分かった。ケンのその言葉を信じる」


こんな言葉を口にすることがずるいことだと葵は認識していた。

なぜならばケンは葵から別れを切り出されることを心底恐れているのだから。

でも今回ばかりは葵も覚悟を決めていた。


これ以上のケンカは間違いなくケンを窮地に追い込んでしまうことになるから……。


◇◇◇◇◇


すっかり反省したケンが帰宅した後、葵は再びスマホを耳に当てていた。

「もしもし、小柳葵ですけど安藤さんですか?」

『えぇ、ご連絡をお待ちしていました』

「すみません。遅くなってしまって」

『いいえ。あの溝下絢に言い聞かせるのは大変でしょう?』

「えぇ、まぁ。ですが、今後は乱闘騒動も減ると思いますので今回の件は多めに見てもらえないでしょうか?」

『あなたがそう言うのなら、今後に期待してみるとしますか』

「ありがとうございます」

『溝下はあなたの言うことしか聞かないですからね。こうしてあなたに反省を促してもらえるのは本当にありがたいことだと思っています』

「これからもなにかあったらご連絡をいただければご協力させていただきます」

『あなたにそう言ってもらえると我々も心強いですね。実際のところ溝下を捕らえる事は簡単なのですが溝下の存在がほかのチームに対しての抑制になっているのも事実なんですよね』

「ケンを逮捕するとバランスが崩れ、新たな犯罪が横行してしまうということですよね」

『その通りです。ですから、今のところ我々は溝下の逮捕に積極的になれないんです』

「そうでしょうね。それにケンが捕まったとなればB-BRANDのメンバーだって黙っていないでしょうし」

『えぇ、それにバッグについているのが神宮組となればもう我々の部署だけでは対応も難しくなってきますし。あなたの彼氏は我々にとって本当に頭の痛い存在です』

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

『いいえ、あなた個人が悪いわけではないので。ただ、あなたのような女性が溝下と交際しているということも我々は黙認したくないことなんですけどね』

「それはどういう意味ですか?」

『そのままの意味です。あなたならカラーギャングのトップなんかと付き合わなくても他にふさわしい男はいるでしょう?』

「ご心配いただいてありがとうございます。ですが今のところ私には別れるつもりはありませんので。それに私が別れを切り出せば、ケンは荒れ狂うと思いますよ。そうなれば一層、そちらの手を煩わせてしまうことになってしまうと思いますけど」

『そうなんですよね。こちらとしましては、あなたに溝下と別れるように説得したいのは山々なのですが、それをしてしまうと今度は溝下を暴走させてしまう恐れがあるんです。難しいですよね』

「ご苦労様です。まぁ、しばらくはこれまで通り静観していただくことをお願いします」

『確かにそれがいちばんいいかもしれませんね』

「それではまたなにかありましたらご連絡ください」

『えぇ、そうさせていただきます』


葵は通話を終えると

「……ふぅ……」

脱力したようにその場に座り込んだ。


私は非力だ。

非力でもケンだけは絶対に守りたい。

こんなことを私がしているということをケンは知らない。

きっとこれから先もケンが気付くことはないだろう。

これが非力な私なりのケンを守る方法なのだから。


葵×ケン【約束】後編 完


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