深愛 a Short Story 2021  New Year Edition 

桜蓮

第1話 美桜×蓮 【家族】深愛番外編

◆◆◆◆◆


夕食後のまったりタイム。

美桜と蓮は自宅のリビングでのんびりと時を過ごしていた。

美桜は毎週楽しみにしているドラマを観て、その隣で蓮は読書をしている。

美桜を肩に抱き、時折蓮の指先は美桜の長い髪の毛先を弄ぶ。


ドラマが終わったタイミングで美桜が思い出したように口を開いた。

「ねぇ、蓮さん」

「ん?」

本に落としていた視線を蓮は上げると美桜に向けた。

ついさっきまでドラマに夢中だった美桜が興味津々といった瞳で蓮を見つめている。

ドラマが終わって数分。

……この短時間に一体なにがあったんだ?

蓮は疑問を抱いた。

そんな蓮に向かって

「蓮さんって一人っ子だよね?」

美桜は尋ねる。

「あぁ」

蓮は

疑問を抱いたまま頷く。

すると

「兄弟が欲しいと思ったことってない?」

美桜はおもむろにそんな質問をぶつけた。


「兄弟?」

聞き返しながら蓮は、どうして美桜がそんな質問をしてくるのかと考える。

……もしかして、今まで観ていたドラマのせいか?

テレビドラマにあまり興味のない蓮はドラマを観ておらず、本を読んでいた。

だからドラマの内容をしっかりと把握はしていない。

だけど聞こえてくるセリフ等でなんとなくはドラマの内容を理解はしていた。

……確か美桜が今観ていたドラマは学園もので、友情を題材にしていたが家族や兄弟には触れていなかったはずだ。

……ということは、ドラマの影響での質問ではないということになる。


だったらどうして美桜はこんな質問をするんだ?

謎は深まるばかりだった。

そんな蓮の疑問に全く気付いていない美桜は

「うん、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、あと妹とか弟とか」

無邪気な笑顔で聞いてくる。

謎の答えを見つけることができない蓮は仕方なく、美桜との会話から答えを探ることにした。

「……まぁ一度もないっていえば嘘になるけど」

「じゃあ、あるの?」

「そうだな」

「そっか」

納得した様子の美桜。

その表情はなぜか嬉しそうだった。

美桜は満足げだが全く意味が分からない蓮は

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

思い切って尋ねてみた。

「深い意味はないんだけど」

「けど?」

「もし兄弟がいたらどんな感じなのかなと思って」

美桜は気恥ずかしそうにそう答えた。


美桜には父親が違う弟がいる。

蓮も弟の顔を見たことはある。

色素の薄い髪と瞳の色が美桜と同じで、弟の幼い顔にはほんのりと美桜の面影が垣間見えた。

……とは言え、事実上は弟でも、一度も一緒に生活したこともなければ、つい最近まで顔も知らなかった相手だ。

そんな“弟”を美桜が兄弟と認識する方が難しい。


それを理解している蓮は敢えて、美桜の弟のことには触れなかった。

その代わりに

「もしかして兄弟が欲しいとか思ってるのか?」

ふと頭に浮かんだ疑問を投げかけてみた。

確証はないが、確信が少なからずあった蓮はてっきり美桜が『うん』と答えると思っていた。

しかし――

「う~ん」

美桜の反応は蓮が予想していたものとは違った。


「違うのか?」

「なんていうか……欲しいっていうか兄弟がいたらどんな感じなのかと思って」

「そうか」

「うん」

今まで美桜は家族の愛情とは無縁の生活を送ってきた。

実の母からの虐待とネグレクトにより、施設で育ってきた。

蓮と逢ったことで初めて他人から受ける無償の愛というものを知り、蓮の周囲の人間から優しさや親愛を受けてきた。

蓮の父、響や綾の存在が親代わりとなったことで、美桜が兄弟という存在に興味を持ち始めることは当然と言えば当然のことなのかもしれない。

蓮はそう考えた。

今まで兄弟の話題に、蓮は積極的に触れようとはしなかった。

美桜の心の傷の原因が親であるため、家族の話題には慎重になる必要があったからだ。

しかし、美桜が自分から兄弟の話題を口にしたということは、心の傷を癒し、過去を乗り越えるチャンスでありタイミングかもしれない。

蓮はそう判断した。


だからこそこの話題を終わらせることはしなかった.

「そういえば、葵には姉ちゃんと弟がいるな」

「うん、海斗にも聞いてみたら面倒くさいって言ってた」

「面倒くさい?」

「うん、女に挟まれていろいろ面倒くさいって言ってた」

「そうなのか?」

「なんか私にはよく分からないけど、異性の姉妹がいるといろいろと気を遣わないといけないんだって」

「あ~、それはなんか分かるかも」

「……はっ? 分かるの⁉」

「……まぁ、なんとなく」

「なんで? 蓮さんにはお姉ちゃんも妹ちゃんもいないじゃん」

美桜は怪訝そうに言う。

彼女の言う通り蓮は一人っ子なのだ。


「確かに姉貴も妹もいないけど、姉貴っぽい存在の女はいる」

まるで苦虫をかみつぶしたような表情で告げた蓮を見て

「……姉貴っぽい存在?」

「あぁ」

「……あ、もしかしてそれって綾さんのこと?」

美桜はすぐに気が付くことができた。

「正解」

「確かに綾さんは“お母さん”っていうよりも“お姉ちゃん”的存在だよね」

「だろ?」

「うん」

蓮の実の母は、彼が小学生の時に病気で亡くなった。

その後、父の響は綾という女性と再婚をした。

蓮からすれば義理の母にあたる。

しかし綾と響は年齢の差が大きい夫婦で、綾は響とよりも蓮との方が年齢が近かったりする。

だから綾は蓮にとって母というよりも姉のような存在なのだ。


「兄弟が欲しいのか?」

蓮はさりげなく尋ねる。

「う~ん。よく分からない」

美桜は首を傾げる。


「分からないのか?」

「うん。欲しいのかどうかは分からないんだけど……」

「うん?」

「もし兄弟がいたらって考えたら結構楽しいかもしれないとは思う」

「そうなのか?」

「うん」

……欲しいかどうかは分からないけど、もしもいたらという想定で考えたら楽しい……。

蓮は美桜の言葉を頭の中で繰り返す。

美桜は言葉足らずな部分がある。

それを知っている蓮は美桜と話す時、彼女の言いたいことをできるだけ正確に受け止めるために慎重に考える癖がいつの間にかついていた。

今回も蓮は美桜が紡ぐ言葉の表面だけを受け取るのではなく、そこにある美桜の本音を見逃さないように慎重さを忘れなかった。


「兄貴、姉貴、妹、弟。もしできるとしたらどれがいい?」

「そうだな。お兄ちゃんとかお姉ちゃん的な存在はもういるから弟とか妹がいたら楽しいかも」

「兄貴とか姉貴みたいな存在って……」

「お兄ちゃん的な存在はケンさんやマサトさんやヒカルかな」

「えらくガラの悪い兄ちゃんたちだな」

蓮は思わず苦笑いを零した。

「ガラは悪いけどみんなとても優しいよ」

美桜の言葉に蓮は小さく頷くと

「そうか。じゃあ、姉貴は?」

質問を続ける。


「アユちゃんや葵さんかな」

「なるほど。確かに美桜からしたらそんな感じだな」

「でしょ?」

「あぁ」

嬉しそうに話す美桜を蓮は愛おしそうに見つめる。

「私ね、蓮さんと知り合ってから家族ができたみたいってよく思うんだ」

「ん?」

「もちろん血が繋がってるわけじゃないから本当の家族じゃないんだけど、でも蓮さんの周りにいる人たちがみんな家族みたいに思えるっていうか。なんかうまく言えないんだけど」

「あぁ」

「みんなすごくあたたかいから家族みたいだなって……」

「そうか」

「でも、私は本当の家族がどんなものなのか分からないんだけどね」

美桜は軽い口調で言う。

しかしその言葉の内容は決して冗談まじりで言えるようなものではなかった。

美桜は家族というものを知らない。

それは美桜にとって大きなコンプレックスでありトラウマでもある。

決して、笑って言えるようなことではない。

しかし、美桜がこうして自分からそんなことを言えるようになったことは大きな進歩である。

ひたすら心を閉ざしていたころに比べれば、徐々にではあるがその傷は癒されつつあるのかもしれない。

なにも知らなければ、軽く聞き流してしまいそうな言い方であったがもちろん蓮は聞き流したりはしなかった。


「家族に本物も偽物もないと思うけどな」

美桜の頭をゆっくりと撫でながら、蓮は美桜の瞳をまっすぐに見つめて言葉を紡ぐ。

「そうなの?」

その言葉を聞いた美桜はキョトンとした瞳で蓮を見つめ返す。

「あぁ。でもこれはあくまでも俺の主観になってしまうけど……」

「うん」

「いくら血が繋がっていても、わだかまりや確執があって関係がうまくいっていない家族だって少なからずいるだろうし」

「うん」

「逆に血の繋がりがなくても強い信頼関係を築いてる家族だっている」

「うん」

「それらを踏まえて考えれば、自分が家族だって思っていればそれでいいってことにならないか?」

「そういわれてみれば……確かにそうかも」

「そうだろ?」

「うん」

「美桜が家族みたいと思えるならそれでいいんだよ」

「そっか」

美桜は納得したように頷く。

その表情はさっきまでよりも明らかに晴れやかなものになっていた。


「てか、俺は一人っ子だけど寂しいと思ったことはあんまりないんだよな」

「そうなの?」

「あぁ、多分ケンがずっと一緒にいたし、組の人間も誰かしら家にいたからな」

「なるほど。住み込みの組員さんがいるもんね」

「あぁ、血の繋がった家族は親父だけだけど、他にも親父みたいな存在の人間はたくさんいたし、お袋は亡くなったけど、綾さんもいる」

「うん」

「兄貴みたいな存在もいれば弟みたいな存在の奴もいる」

「そうだね。寂しいなんて思う暇なんてないよね」

「そうだな」

「じゃあ、蓮さんには“ないものねだり”もないんだね」

「ないものねだり?」

「うん。海斗が言ってたんだけど」

「なんて?」

「海斗にはお姉さんが2人いるでしょ?」

「あぁ」

「でもね、海斗は男兄弟がずっとほしかったんだって」

「そうなのか?」

「うん、でも今はケンさんと颯太さんがいるからお兄ちゃんはもういいらしい」

「なるほどな」

「でも、弟は欲しいらしい」

「弟?」

「うん。で、その話を聞いていたアユムが『それってないものねだりだろ』って笑ってたの」

「あぁ、そういう意味か」

「うん。なんかね、アユム曰く人間ってキリがないんだって」

「ん?」

「例えば海斗みたいにすでにお姉ちゃんがいるにもかかわらず男兄弟を欲しがるでしょ?」

「あぁ」

「それでお兄ちゃん的存在な人ができると今度は弟を欲しがる」

「そうだな」

「もし弟ができたら次は一人っ子がいいと思ったりするんだって」

「確かにその可能性はあるかもな」

「でしょ? だから人間のないものねだりはキリがないんだって」

「……すげぇな」

「人間の欲深さが?」

「いや、違う」

「違う?」

「あぁ、アユムって……」

「うん?」

「なんか達観してるな。悟りでも開いてそうな感じがする」

「達観?……悟り?」

聞きなれない言葉に美桜は不可解そうに眉を寄せる。

それに気付いた蓮は、手を伸ばすと皺の寄っている眉間を指先で撫でた。

「とにかくすごいってことだ」

「うん。アユムってすごいんだよ」

美桜はまるで自分のことを褒められたかのように嬉しそうだった。


「で?その話を聞いてお前はどう思ったんだ?」

「私は……今のままでいいかなって思った」

「今のままで?」

「うん。一人ぼっちだった頃を考えたら、今はたくさんの人に囲まれて暮らせてるでしょ?」

「あぁ」

「それだけでも十分幸せなことだから、私は今のままでいいかなって思ってる」

「なるほどな。だからもしも兄弟がいたらって想像するだけで楽しいってことなんだな」

「うん。そういうこと」

蓮はようやく美桜の言いたいことを理解することができた。


それに満足していると

「蓮さんは?」


「ん?」

「もし、一人だけ兄弟ができるとしたらお兄ちゃんとお姉ちゃんと弟と妹。どれを選ぶ?」

不意に美桜からそんな質問を投げかけられた。


蓮はさっきも言ったように一人っ子だから寂しいと感じたことはほとんどない。

だが、兄弟が欲しいと思ったことがないかといえば、決してそんなことはない。

蓮がいつも欲しいと思っていたのは――

「そうだな……妹がいいな」

――そう妹をずっと欲しいと思っていた。


「妹?」

「あぁ、年の離れた妹ってなんかかわいい気がするんだよな」

「妹ちゃんか……」

「そうだな」

「でも、蓮さんに妹ができたら激甘のお兄ちゃんになりそうだね」

「そうか?」

「うん。てかさ、これから先も妹ちゃんだったらできる可能性はあるよね?」

「そうか?」

「だって綾さんとお父さんに子どもができる可能性って十分にあるでしょ?」

「それはそうだけど……」

不自然に言葉を止めた蓮だったが

「なに?」

美桜に尋ねられ

「それもなんか複雑だな」

正直な本音を吐露した。


「複雑?」

「うん。手放しに喜んでいいものかどうか……」

「なに言ってるの? 赤ちゃんが生まれるのって奇跡みたいなものなんだよ。もし、綾さんとお父さんの間に赤ちゃんが生まれるってなったら私はものすごく嬉しいけどな」

「そうか?」

「そうだよ」

力強く頷く美桜に

「……そうか……」

蓮は完全に気圧されながら頷くのだった。


この時、蓮と美桜はまだ知らない。

数年後、蓮がずっと欲しいと密かに思っていた妹ができるということを……。

2人がそれを知るのはもう少し先のお話。


【家族】完結


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