第16話 ルナ


 「皆さまお待たせしました! これより最後の品物、目玉商品のお見せしたいと思います! トレヴァー家によって出品された、見目麗しき少女。 歳も成人したばかりであり、容姿端麗品行方正。 何処に出しても自慢できるような、そんな少女でございます!」


 司会者の説明と共に、私は背中を押され会場へと足を踏みだした。

 一番光の当たる場所、一番注目を浴びるステージ。

 私の短い生涯の中で、多分一番人々から興味を持たれた瞬間であろう。

 いつもだったら面倒に思ったし、すぐさま隠れていただろうが。

 しかしそれは、首に巻き着いた首輪が許してくれない。

 私は、今日から“奴隷”になるのだ。

 誰かに買われ、道具の様に使われて生きていくのだ。


 「この儚げな表情。 そして今の立場であっても震える事も無く、泣き叫ぶ事も無く悠然と立っている落ち着いた態度。 最初の金額は金貨1枚! これがトレヴァー家によって提示された最低金額になります! さぁ皆さま――」


 司会者がうるさいくらいに声を上げる中、会場からは更に大きな声が上がって来る。

 どいつもこいつも、仮面で顔を隠しながら眼をギラギラさせている。

 あぁ、嫌だな。

 覚悟はしていた、理解もしているつもりだった。

 コレが普通で、私はソレに従うしかないと。

 それでも、やはり嫌悪感が湧いた。

 こんな奴等に買われたら、私はどうなるのだろうか?

 想像するだけでも身の毛のよだつ思いだ。

 でも、仕方ない。

 私は兄弟姉妹の様に“上手くできなかった”のだから。


 「金貨2枚!」


 「3枚だ!」


 「金貨4枚!」


 「こっちは4枚と銀貨五枚出す!」


 もはやどいつもコイツも同じ顔に見える。

 私は、基本的に人に興味がない。

 でも、ここ最近は楽しかった。

 昔に少しだけ会った、私と同じく本が好きな“墓守”との再会。

 凄い称号を持ちながらもオドオドしてちょっと情けない、でも色々と話をしてくれた“ユーゴ”。

 そして。


 「お友達になりましょう! お見合いの相手同士は競い合う何て言うけど、別にいいでしょ? 貴女凄く面白いわ!」


 そう言ってくれた初めての友達、“レベッカ”。

 充実していたのだ。

 最後の最後で。

 だから、余計に苦しいのだ。

 どうせなら、そんな希望見たくなかった。

 十数年生きて来て、ここ数日が一番輝いていたのだ。

 “楽しかった”。

 興味がない筈の他者と、自然と触れ合えた。

 いつの間にか、私も笑っていた。

 だからこそ、願ってしまったのだ。

 叶う事はないと分かっていても。

 この人達とこれからも一緒に過ごせたら、と。


 「白金貨だ!」


 一人の男が手を上げれば、周りからはどよめきが広がりはじめる。

 数多く売られている奴隷の一人に、白金貨。

 それは普通ならあり得ない金額だ。

 いくら貴族の娘だとはいえ、普段ならココまで値段は付かない。

 長期間売れなかった奴隷が、食事代などを加味して少し高くなることはあるが。

 私の場合は、それすら無い。

 だというのに、コレだ。

 そもそも白金貨が飛び交う争いになる事だって予想外だったのだ。

 競り合うにしても、もっと大人しい金額になると思っていた。


 「他にはいないか!? いないな!? ならアレは儂のモノだ!」


 興奮した様子で腹の出た老人が席を立ち上がった。

 仮面の下で獣の様な眼光を放ち、口から涎を垂らしながら。

 あぁ、コレは最悪の結末だ。

 全てを諦めて、ため息を一つ溢した。

 そんな時だった。


 「それでは、白金貨1枚という事でよろしいですか!? 他に名乗り出る方は……どうやらいらっしゃらない様ですね。 では、こちらの少女は――」


 「白金貨1枚と金貨五枚だ」


 扉を蹴破って、“それら”は会場に入って来た。

 本当に、“それら”。

 それくらいの、大群。


 「なんだ貴様ら!?」


 「ウォーカーだ」


 「ウォーカー如きがこのオークション会場に踏み入れるなど!」


 「入場制限は受けなかった。 この国の王からも許可を貰っている」


 警備の人間に短い言葉を返しながら、彼らは会場を突き進んで来た。

 多くのウォーカー達。

 会場に居るお上品な格好の連中とは雲泥の差がありそうな、全員が全員汚れた戦闘服。

 それこそ、今さっき帰って来たと言わんばかりに。

 その先頭に立っているのは、真っ黒いローブを羽織った“墓守”と、笑みを浮かべているユーゴ。

 そして彼等に続くのは、数多くのウォーカー達。

 これは、一体どういう状況なのだろうか?


 「ルナ!」


 「レベッカ?」


 ウォーカー集団の中から、私の友人が飛び出して来て抱きしめてくれた。

 彼女もまた皆と同様に汚れていて、普段なら想像もできない程の泣き顔で私の事を抱きしめてくる。

 本当に、これは……何?

 夢でも見ているのだろうか?

 こんなどんでん返し、物語でもない限りあり得ないだろうに。

 なんて事を思いながら呆けていると。


 「ふ、ふざけるなよ!? ウォーカー程度にそんな金が用意出来る訳が――」


 「ここにある」


 レベッカに続いて会場に上がって来た墓守が、言葉通りの金額を司会者の前のテーブルに叩きつけた。

 どれほど価値があるか分かっているだろうに、まるで小銭の様に扱っている墓守。


 「文句はあるまい? それとも、それ以上の金額を提示するのか?」


 先程の貴族に、墓守がチョイチョイッと指で手招きしてみれば。


 「白金貨一枚と金貨八枚だ……」


 苦い顔をした貴族が、蚊の鳴く様な声で呟いたその瞬間。

 ズダンッ! と音を立ててウォーカー達が踵で床を叩いた。

 そして、険しい視線。

 脅しているというよりかは、「情けねぇな」と言わんばかりの呆れた視線を向けていたが。


 「墓守、あんまりまどろっこしいのは止めだ。 一気に決めろ」


 「そうだな。 ダリルの言う通り、コレ以上チマチマと引き伸ばして相手に希望を与えても面倒だ。 全部使って良いぞ」


 まさにリーダーと言わんばかりの二人が声を上げた瞬間、ユーゴも会場に上がり。


 「白金貨三枚。 日本円にすると三百万……うわぁすご。 ってことで、こちらは三枚を提示しますが、どうしますか?」


 会場の雰囲気とは似合わない緩やかな笑みを浮かべる彼は、更に白金貨を追加した。

 その姿に、会場は静まり返る訳だが。


 「で、どうなんだ? そこの太いの」


 「コレ以上で買いますか? 早くして貰って良いですか? 正直、もう帰って寝たいんで」


 二人は、対照的な笑みを浮かべていた。

 一人は悪魔の様に吊り上がった口元を隠しもせず、犬歯をむき出しに楽しそうに笑っている。

 そしてもう一人は、神父かと言わんばかりの優しい笑みを浮かべながら、もう一方よりもイライラとした“敵意”を放っていた。


 「白金貨……三枚と銅貨……」


 「「あぁ?」」


 「……無理だ、奴隷にコレ以上は払えない」


 そう言って貴族の男が項垂れた瞬間、二人は満面の笑みで掌をパァンと合わせた。

 この瞬間、私の運命は決定した。

 私は、この二人に買われる。

 全てを諦めた、だというのに。

 “友人”達に、私の人生を買って貰ったのだ。


 「これからも、よろしく頼む。 ルー」


 「頑張りましょうね、ルナさん!」


 物語で言えば、こんな状況からの救いというともっと攻撃的だったり、慌ただしいお話だった。

 相手を救い出すために戦ったり、攫ったり。

 普通ならあり得ない、それをやっただけで犯罪者だ。

 だからこそ、諦めていた。

 だというのに、この二人は。

 合法的に、私を“救って”くれた。

 何という事だろうか。

 私を物語の主人公の様に救ってくれた英雄は、剣ではなく金を振りかざしたのだ。

 全く、こんな金額を稼ぐためにどれ程の無茶をしたのか。

 今からでも聞くのが怖いくらいだ。


 「ホント、馬鹿コンビ。 私なんか買って、どうするの?」


 思わず、微笑ながら涙が浮かんだ。

 泣くな。

 私はヒロインじゃない。

 彼らにとって“友人”であり、“奴隷”であるべきだ。

 だから、泣くな。

 いくら嬉しくても、いくら安心しても。

 私は、そういう登場人物じゃないはずだ。


 「ルー」


 「なに?」


 「泣きたければ、泣け。 俺だけなら困るが、ユーゴなら多分、上手くやってくれる」


 「またそんな無茶振りを……でもまぁ、良いと思いますよ? ここには、たくさんの“友達”が居ますから。 お疲れさまでした、ルナさん。 もう、“大丈夫”ですよ」


 コレが“安心”というものだろう。

 さっきまで氷の様に沈み込んでいた心が溶かされた様に。

 隠しながらもビクビクとしていた私が嘘の様に、今では全身から力が抜けている。

 私は今、仲間達に守られている。


 「もう大丈夫ですからね! 来年も一緒に花が見られますから!」


 フンスッ! とばかりに涙目で胸を張るレベッカ。

 呆れた様な瞳を向けながら、口元を上げる墓守。

 そして優しく私に手を貸し、立たせてくれるユーゴ。

 更には、ニッと笑いながら私に笑みを向けてくる数多くのウォーカー。

 あぁ、なるほど。

 コレが、“家族”というモノなのか。

 肩肘を張る必要もない。

 ただただ、そのままであれと。

 私は私のままで良いのだと、そう言ってくれるような環境。

 こんなの、経験したことが無いからどうすれば良いのか分からない。


 「ありがとう、皆……」


 それだけ紡ぐのが精一杯だった。

 そこからは涙が零れ、嗚咽が漏れ。

 今まで我慢していた恐怖が溢れ出した。

 膝は震え、その場に立っている事さえも出来ない程に。


 「もう、大丈夫ですから」


 そう言って、その場に蹲りそうになる私をユーゴが支えてくれた。

 外見から、墓守と話すその姿から。

 “少し頼りない少年”くらいに思っていた。

 特別な称号を持っている、だからこそ“ソレ”で補っているのだろうと。

 そう思っていた少年。

 でも、触れた彼の体は。


 「力強い。 それから、暖かい」


 「はい?」


 「何でもない」


 それは、戦う漢の体だった。

 そこらの貴族とは違う。

 私を買おうとしていた貴族達も違う。

 ただただ、戦う為に鍛えた漢の体だった。

 私には、まだまだ知らない事がいっぱいある。

 分かったつもりになって、知らない事がいっぱいあるんだ。

 なんて事を思えば、世界に興味が湧いた。

 様々な場所、人を見たくなってしまった。

 これまでは、本当に狭い世界で生きて来たのだから。

 だからこそ、私は。

 “冒険”がしたい。


 「私は、これからどうすれば良い?」


 その言葉にユーゴは笑い、墓守はニッと口元を釣り上げた。


 「「俺達と一緒に、好きに生きれば良い」」


 欲しかった言葉を、二人は声を揃えて言ってくれた。

 私は、自由だ。

 これからは貴族でも何でもない、この二人の奴隷になる。

 縛られるルールも無く、この自由な二人についていく。

 二人と一緒に、冒険が出来る。

 こんなの、私が待ち望んだ人生じゃないか。


 「私を、連れて行ってくれますか?」


 「何を言っている? ついてこい、お前の足で」


 「ですね、心の準備は良いですか?」


 どこかの小説で呼んだ台詞を口にしてみれば、二人は鼻で笑い飛ばした。

 そして。


 「覚悟しろ、ルー。 俺達は結構忙しいぞ?」


 「でも、楽しいですよ。 一緒に行きましょう?」


 本当に、飴と鞭みたいな二人だ。

 全く、何でこの二人がパーティを組んでいるのだか。

 思わず、笑ってしまった。


 「お願いします、私を仲間に入れて下さい」


 「「もちろんだ(です)」」


 その宣言と共に、オークションは終了した。

 貴族たちは静まり返り、ウォーカー達は叫び。

 司会や警備は唖然とするという、非常に波乱万丈な会場になった訳だが。

 それでも、私はこの二人に買われた。

 奴隷になる、この現実に変わりはない。

 しかし、それでも。


 「私は、生きて来て良かったと思えた」


 「なら、今後はもっとそう思うだろう。 ユーゴの飯は旨い」


 「ハードル上げないで下さいよ……」


 そんな間抜けな会話をする二人によって、私は救われた。

 今日から私は貴族ではなく奴隷に変わる。

 そして、この二人のパーティメンバーに変わる。

 それだけでも、私にとっては心が躍る様な“物語”なのであった。

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