第15話 称号


 「もう時間がねぇから通り掛けに狩っていく! 全員落ちるんじゃねぇぞ!? いけぇぇ!」


 ダリルの声と同時に、俺達は暗い海へと飛び出した。

 腰にロープを巻いて、各々銛を手に持って。


 「確保ぉぉ! 引き上げろぉ!」


 そんな声がそこら中で響く中、俺とユーゴもまた銛を海面に向かって投げつける。


 「獲った」


 「こっちもです! 引き上げ御願いしまーす!」


 俺達が声を上げれば、銛に繋がれたロープが引き上げられ、獲物が船の上へと回収されていく。

 レベッカの依頼を受けてからもう3日。

 非常に順調だ。

 とはいえ、まだ“本命”が狩れていないのだが。

 そして今日、もしくは明日で狩れなければもう帰り旅になる。

 だからこそ、一番金になるソイツを待っている訳だが……。


 「今日までで狩った分でも、結構な金額になるでしょうが……どうでしょうね」


 「わからん。 ただ、本当にこの金を全て俺達の独断で使う訳にもいかん」


 「ですよね。 基本的に“取り分”がない仕事なんて、普通あり得ないですから」


 二人して苦い顔を浮かべながら、船に戻ろうとした瞬間。

 ゾクッと背筋に冷たいモノが走った。


 「っ! 船から降りている奴は全員戻れ! 来るぞ!」


 「墓守さん、それって!」


 「いいから戻れ!」


 慌ててロープを伝って甲板に戻ってみれば、そこにはすでに“森”の連中が陣形を組んでいた。

 皆それぞれ武器を持ちながら、静かに暗い海を睨んでいる。


 「くるぞ! 本命が!」


 イズリーが声を上げた瞬間、“ソイツ”は海から飛び出して来た。

 まるで空中を滑空するかのように。

 それこそ鳥の様に、綺麗な飛行を見せながらこちらに突っ込んでくる。


 「今回の一番の目玉だぁ! 全部叩き落せぇ!」


 マンタの魔獣。

 人を一飲みにしてしまいそうなソイツの口には、鋭い牙が生えているのが見える。

 アレが最近この辺りの海を荒らしているらしく、漁師達にも被害が出ている。

 一匹でも厄介そうな見た目をしているというのに。

 群れを成しているのだ、コイツ等は。


 「うらぁぁ! チッ、どんどん来るぞ!」


 イズリーが巨大な斧を振り下ろして最初の一匹を片付ければ、その後に続く幾つもの影。

 この人数で足りるだろうか……なんて感想が出てしまいそうな程、多くの影が見える。

 コイツ等を減らす事が、今一番の稼ぎになる。

 しかし、流石に多すぎる。

 まるで鳥の群れかという程に、こちらに向かって“飛んで”来るのだ。


 「チッ!」


 そこら中で始まる戦闘と共に、俺達も武器を振るった。

 デカい、それこそ俺やユーゴよりも大きなサイズだ。

 そんなのが滑空してくるのだ。


 「全部焼いてやります! 皆さんの上空で魔法を使いますね!」



 「待てレベッカ! 視界を塞ぐのは悪手だ!」


 「でも!」


 「ユーゴ! お前も無理をするな! 一度下がって――」


 「前に出ます!」


 「止めろユーゴ!」


 飛び掛かって来たマンタにシャベルを突き刺して、甲板に投げる。

 そんな事をしていた俺は、走り出したユーゴを止める事が出来なかった。

 無謀だ。

 今までの戦闘から見て、ユーゴはまだ未熟としか言いようがない。

 だというのに、こんな乱戦の中前に出ては……なんて事を考えたその瞬間。

 視界に映る彼の背中から感じる“気配”が変わった。


 「ユーゴ?」


 ゾワッと背筋が震える様な感覚。

 全身に鳥肌が立ち、“アレの近くに行くな”と感覚が警告してくる。

 それくらいに、ヤバイ空気がユーゴから漂っていた。


 「“称号魔法”を使います! 皆さん少し離れて下さい!」


 その声と同時に、彼はマジックバッグから“二本の槍”を取り出した。

 それらを両手に持ちながら、誰よりも先頭へと立って構える。

 何処までも彼の戦闘スタイルとは違った、異形の構え。

 そもそも槍は二本も持つ物じゃない。

 だというのにそれが“正しい姿だ”と言わんばかりに、彼は静かに先頭に立っていた。

 そして。


 「しゃぁぁぁっ!」


 ユーゴがその声を上げた瞬間、ビクリと体を震わせたマンタが一斉にユーゴに向かって飛び掛かって来た。

 雨の様に降って来るマンタの魔獣。

 それに対して両手の槍を振り回し、端から叩き落してくユーゴ。

 コレが、新人?

 あり得ないだろう。

 間違いなく、今この場に居る誰よりも活躍している。


 「ユーゴ……?」


 眩しいくらいに、力強く見える背中。

 でもそれと同時に。


 「止めろ、もう止めろ」


 どう見ても、無理をしている。

 体の限界を超えて動いている様に見える。

 本人の意思とは別に、体が壊れる事も度外視して戦っている様に見える。


 「ユーゴ!」


 だからこそ、俺も飛び込んだ。

 今のアイツは何処までも強く、そして脆く見えた。

 訳の分からない感想を胸に抱きながらも、俺はシャベルを片手に彼の隣に並んだ。

 本気の殲滅戦。

 真正面からのぶつかり合い。

 こんな戦闘、普段の俺だったら絶対にしない。

 それでも、彼の隣に並んでシャベルを振り続けた。


 「あぁぁぁ!」


 「しゃぁぁぁ!」


 正直、もう二度と経験したくない。

 そう思える戦闘だった。

 次から次へと迫る魔獣に、ひたすら武器を振るう。

 しかし、いつまで経っても終わらないのだ。

 俺はいつまでこんな事を続ければ良い?

 いつになったら武器を下ろせる?

 最初はそんな事ばかり考えていた俺の思考は……途中から消えてなくなった。

 振れ、とにかく武器を振り回せ。

 仲間を殺さない為に、俺達が殺されない為に。


 「クハハハッ!」


 いつしか叫びは笑いに変わり、俺はシャベルを振り回し続けた。

 多分、傍から見ればほんの数分間の出来事だったのだろう。

 それでも、俺にとっては非常に長い時間に感じた。

 それくらいに、俺は今“戦っていた”。


 「ラストォォ!」


 「終わりだ!」


 二人して最後の一匹に武器を叩き込んでから、俺達は甲板に倒れた。

 大の字に転がり、ヒューヒューと情けない息を溢しながら。


 「ありがとうございます、墓守さん。 俺だけじゃとても――」


 「まだまだだ」


 「え?」


 何か喋り始めたユーゴの言葉を、途中でぶった切った。

 どうせ、情けない台詞や礼なんぞを告げるつもりなのだろう。

 でも、今だけは聞きたくなかった。

 俺はさっきまで、“彼に追いつくために”戦っていたのだから。


 「もっと強くなれ。 あんな戦い方では、長く続かない。 “英雄”にもなれなければ、“ただのウォーカー”にもなれないぞ」


 とんでもなく情けない姿を晒しているというのに、俺は虚勢を張った。

 だからこそ、ニッと口元を釣り上げながら笑ってやるのだ。


 「お前は強い、だがまだまだだ。 この程度の戦闘で寝転がっている様では」


 「墓守さんだって同じじゃないですか」


 「だな。 俺も、まだまだだ」


 笑い出したユーゴにつられて、俺も笑い声をあげた。

 本当、情けない。

 今この場で次の相手が来たらどうするというのか。

 でも、もう動けそうにない。

 だから俺達は、未熟者だ。

 これから強くなっていけば良い。

 誰よりも前に立ち、一人で全てを守ろうとしたユーゴの様に。

 技術や知識も、もっともっと増やして。

 “俺達”で、どんな相手が来ても一歩も通さない“ライン”を作れるくらい、強くなってやれば良い。

 今まで何も無かった俺に、そんな“目標”が出来た瞬間であった。


 「俺は、もっと強くなる」


 グッと拳を握ってくらい空へと掲げてみれば。


 「俺だって、負けませんから」


 横からもう一つ握り拳が上がり、俺の拳にぶつけて来た。

 コレが、パーティというモノか。

 俺だけが強くなる必要はない。

 “俺達”で強くなれば良いんだ。

 助け、助けられ。

 補い、補われ。

 足りない所は仲間を頼れば良い。

 その分、頼ってもらえる所を伸ばしていこう。

 それが、仲間というものなのだろう。


 「これからも、よろしく頼む。 ユーゴ」


 「こちらこそ、です。 墓守さん」


 なんて言葉を交わしながら、ギシギシと痛む全身を再び甲板に投げだした。

 あぁ、今日はこのまま眠ってしまおうか。

 そんな事を考えていた所に。


 「墓守さん! ユーゴ様! 大丈夫ですか!?」


 今回の戦闘に全く参戦出来なかった貴族のお嬢様が、俺達の元へと駆けつけてくる。

 今にも泣きそうな顔で、俺たちを覗き込んで来たレベッカ嬢。


 「大丈夫ですよ、ちょっと疲れただけです」


 「問題ない」


 「本当に、本当ですよね!? 治療はいりますか!? ほんの少しですが、治癒魔法は使えます! あ、でも爺やの方が治癒魔法は上手いので爺やに任せましょう!」


 「おい、待て」


 「爺や! 二人に治癒魔法を!」


 「畏まりました」


 ニコニコ笑顔の燕尾服の老人が、静かにコチラへと近づいて来る。

 何か、嫌な予感がするんだが。


 「おい、おかしな事をするなよ? ふざけるなよ?」


 「なぁに、ただの治癒です。 少しの間の我慢して下さい」


 「何故頭を膝の上に乗せる」


 「あぁ失礼、お嬢様にやっていた時の癖ですね」


 「下ろせ」


 「爺に膝枕された記憶を脳裏に焼きつけて、今後を生きて下さいませ」


 「お前本当に性格が悪いな」


 という訳で、俺はジジィに膝枕されながら傷を癒された。

 傷と言っても外傷はほとんど無かったため、肉体の回復や精神の回復がメインだろうが。

 それでも。


 「く、クソが……」


 「ゆっくりとお休みくださいませ」


 「うる、さい……」


 ジジイの膝の上で、ジジイの言葉を聞きながら意識を手放すのは、何となく負けた気がするのだ。

 だとしても、意識は遠のいていく。

 疲れた体が、心が癒えていく様な感覚。

 それを与えているのがこのジジィだと思うとイラッと来るが。


 「次に起きたら、もう一度勝負だ……」


 「えぇ、お待ちしております。 ですので、今はお休みくださいませ」


 「くっそ、が……」


 満面の笑みを浮かべる老人執事の顔を見ながら、意識が闇に落ちた。

 それはもう、深い深い闇に。

 こんなにも深く眠ったのはいつ以来だろうと思えるくらいに。

 だからこそ余計に腹立たしい。

 あのジジィ、今度は容赦しないからな。

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