第4話 山と飯


 いつもの森の中に入った。

 もう日も傾き、非常に薄暗い。

 しかしまだ日が出ている内に、なるべく進んでおきたい。

 なんて事を考えながら歩を進めていれば。


 「おい」


 「す、すみません。 結構な道を突き進むんですね……でも、大丈夫です!」


 背後からは荒い息が聞こえてくる。

 もう疲れてしまったのか? だとするともう街に返した方が身の為かもしれない。

 とかなんとか考えながら、フラフラと歩く彼の足元に目を向けてみれば。


 「靴が悪い」


 「靴、ですか?」


 街の兵士が着ている様な鎧姿の彼は、当然足元も鎧に包まれている。

 相当山に慣れている者でもない限り、アレでは歩くだけで疲れてしまうだろう。

 どんな装備だろうと、自身を合わせる事が出来ればそれなりに動ける。

 しかし、彼はまだ初心者なのだ。

 身を守る為の装備と言えば正解だが、険しい山道を歩くには向かない装備。


 「脚だけでも装備を脱いでコッチに変えろ。 多分もっと歩きやすくなるはずだ」


 俺の予備だが、嫌じゃなければ。

 言葉にはしないが、彼が嫌がる様なら無理強いしないでよそう。


 「えっと、コレは?」


 「ブーツだ」


 スパイク付きの皮ブーツ。

 内側は非常に柔らかい皮が使われており、動きを阻害する事もない。

 そして靴底に付いた棘により、険しい山道でも足を取られる心配もない。

 足に掛かる負担は少なくなる上に、山道でも滑らなくなる。

 非常に良い品だ。

 コレもあの商人の店で買ったので、品質は言うまでも無い。

 更にこの棘は、武器にも変わる。

 いざという時、蹴りを入れただけでも相手を負傷させてくれるのだ。

 なんて、長々と説明できる訳も無く。


 「嫌だったら、そのままで構わない」


 「い、いえ! お借りします!」


 引っ込めようとした俺に対し、彼は物凄い勢いで差し出したブーツを掻っ攫って行った。

 そして、すぐさま履き替えると。


 「すげぇ! 全然滑らないし、動きやすい! コレだったら散歩感覚で山を歩けそうです!」


 「散歩感覚は、駄目だ」


 「すみません、ちゃんと警戒しながら歩きます」


 短い会話をしてから、俺たちはまた歩き始めた。

 その間も、ブーツが気になるのか。

 グッと踏み込んでみたり、飛び跳ねてみたりと色々と試している気配が背後から伝わってくる。

 まぁ、なんというか。

 気に入ってくれた様で何よりだ。


 「少し急ぐ。 一つ山を越えるが、平気か?」


 「はい! このブーツなら全然問題ありません!」


 イズリーが言っていた様に、確かにガッツはある様だ。

 もう日が暮れそうだというのに、山越えを即答で了承してきた。

 無謀なのか、それとも体力だけはあるのか。

 どちらにしても、頼もしい新人も居たものだと感心してしまう。


 「……ブーツ、平気そうか?」


 「はい! サイズもピッタリです!」


 なら、よかった。

 一つ頷いてから、俺たちは暗くなる前に山を越える為、どんどんと突き進んでいくのであった。


 ――――


 パチパチッと薪の弾ける音が聞こえる。

 そして、目の前で炙られているのは……魚。

 これは海の魔獣の“棘魚”だろうか?

 鼻先に鋭い棘を持っている、飛び魚。

 魔獣の肉は穢れている、口にしてはならない。

 この世界の常識、“だった”ソレ。

 今ではウォーカーを始めとし、徐々に“魔獣肉”は食べられる物なのだという認識が広まり始めている。

 それでもやはり嫌悪感というのはすぐには消えず、白い目を向けられている“魔獣肉”な訳だが。


 「お前は、食べるんだな。 魔獣を」


 「あ、墓守さんは“魔獣肉”反対派でしたか? なら、普通の食材を出しますけど」


 「いや、食べた事が無いだけだ」


 「それじゃ、食べます?」


 「あぁ」


 再び短い会話をしてから、目の前に差し出された魚の塩焼き。

 俺は料理というモノがてんで出来ない。

 野営の際に少しでも安く済めばと作ってみた事はあったが、とてもじゃないが食えた物じゃなかった。

 血なまぐさかったり、青臭かったり、泥水の様に酷い味だったり。

 スープを啜った瞬間、鼻から逆流するくらいに酷かった。

 だからこそ、普段の野営は携帯食料で済ませていたのだが……。


 「良い匂いだ」


 「ありがとうございます!」


 嬉しそうに胸を張るルーキーに、少しだけ頬を緩めながらガブッと塩焼きに齧り付いてみれば。


 「……」


 「どう、ですかね?」


 もう一口、齧った。

 パリッとした皮の触感と、魚の香り。

 生臭さといえる様な臭いではなく、良く火の通った香ばしいと言える魚料理の匂い。

 調理中を見ていれば、塩を振り過ぎでは無いだろうか? なんて思っていたのに、この塩加減が何とも言えない。

 その塩味と合わさって、中から現れる魚の白身はホクホクと口の中に解れていき、更にはジワリジワリと旨味を口内に広げていった。

 なるほど、コレが魔獣肉というモノか。


 「もう一匹、貰っても良いか?」


 「はい! もちろんです!」


 旨かった。

 野外で食べている食事だと思えない程、非常に美味な上に腹を満たしてくれた。

 いつもなら味のしないような携帯食料を齧り、水で喉の奥に流しこんで。

 獲物を狩った後に街でまともな食事を取る。

 それの繰り返しだったというのに。


 「……」


 「もう一本、いきますか? あと、スープも出来ました」


 「もらおう」


 こんな食事を味わってしまったら、携帯食料など齧れないかもしれない。

 いや、次回からはまた同じ物を食べるのだろうが。

 しかし、その度にこの飯を思い出すのだろう。

 あぁ、俺も料理を習うべきだろうか……。

 なんて事を思いながら、ひたすらに魚の塩焼きとスープを啜っていれば。


 「あの、お口に合いましたか?」


 やけに心配そうな顔のルーキーが、正座しながら俺の事を見上げて来ていた。

 コイツは、何を言っているのだろう。

 こんなの、美味しくない訳が無いじゃないか。


 「名前を、聞いていなかった」


 「え、あ、はい。 千葉 勇吾チバ ユウゴって言います。 勇吾が名前です」


 「旨い」


 「はい?」


 「ユーゴの飯は、旨い」


 「……はいっ! ありがとうございます!」


 感想を述べてみれば、何かのスイッチが入ったのか。

 彼はガンガン新しい料理を作っていく。


 「これ、今日の朝ダリルさんから貰ったんですよ! こっちはイズリーさんから! 滅茶苦茶旨いんで、食べて見て下さい!」


 「あぁ、旨い」


 なんか色々と説明しながら料理を拵えてくれたが、ほとんど耳に入っていなかった。

 とにかく、旨い。

 全部旨い。

 だから、ひたすらに彼の……ユーゴの作る料理を口に運んでいた。


 「これは俺が憧れた人が作ってくれた料理で――」


 「旨い」


 「墓守さん? 絶対聞いてませんよね?」


 そんな会話をしながら、野営という名の食事会は進んでいくのであった。

 旨い、非常に旨い。

 貴族料理の様な「こちらは〇〇産地の~〇〇で~」とか無駄な説明も無く、熱々の内に口に放り込めば、感じた事も無いような旨味が広がっていく。

 こんなに旨いモノを食ったのは随分と久しぶりだ。

 街に居る間も、俺の恰好も相まって飲食店に入れてもらえない事だってあったのだ。

 だから俺の食事は基本的に露店か、ギルドの食堂。

 不味いという訳じゃない、アレも旨い。

 だが、コレは別格だった。


 「ユーゴは料理人になった方が良いな」


 「嫌です。 俺はウォーカーになるんです」


 褒めるつもりで呟いたのだが、彼からは強い眼差しを向けられてしまった。

 不味いな、また言葉選びを間違っただろうか?

 なんて、不安になっていたのだが。


 「俺は、ウォーカーになりたいんです。 “ただのウォーカー”に」


 「……そうか」


 良く分からないが、彼なりの拘りがある事だけは分かった。

 しかし、“ただのウォーカー”というのは……どういう事だろう?

 普通なら英雄になりたい、勇者の様になりたいと夢見る奴の方が多い職場だ。

 もしくは一攫千金を夢見たり、成り上がりを夢見る奴の方が多そうなのだが……。

 だというのに、ユーゴは“ウォーカー”に成りたいと言う。

 きっと彼にしか分からない、“ただのウォーカー”があるのだろう。

 だからこそ、コレ以上の言葉は無粋に思えた。


 「なれると良いな」


 「はいっ!」


 その後はただひたすらに食事が続き、二人してバクバクと食い続けた。

 こんなに食べた事があっただろうかと思える程、食べた。

 これは、食費として報酬を丸々ユーゴに渡した方が良いかもしれない。

 そんな風に思える程に、俺たちは夜遅くまでひたすらに様々な物を食べ続けるのであった。


 ――――


 「おう、イズリー。 “墓守”にルーキーを任せたってのはマジか?」


 軽い調子の男が、肩を叩いて来た。

 見るからに海賊、むしろそれ以外には見えない様な出で立ち。

 こんな彼でも“海”の専門家クラン、そのリーダーなのだ。


 「ダリルか。 あぁ、任せた。 アイツなら、多分色々と吸収して帰って来るだろう」


 フッと笑みを溢しながらグラスを傾ければ、彼も対面席に座り酒を注文し始める。


 「なんだよ、明日からは“海”の方も教えるって約束だったのに。 墓守に取られちまった」


 ぶつくさと文句を言いながらも楽しそうに笑う“ダリル”。

 俺達とは敵対関係……とまではいかないが、競い合う仲なのは確かだ。

 だからこそ、新人が入れば取り合いになったりもする。


 「なぁに、墓守は森というより“陸地”を専門としているだけだ。 “今”はな。 だから、墓守も一緒に海を教えてやれば良いじゃないか」


 「ハッハー、言ってくれるねぇイズリー。 墓守に海を教えて、海上に墓でも立てさせるってのか?」


 「まさか。 俺達から見ればアレもまだまだ若い。 だから、色々な世界を見ておいた方が良いのではないかと思ってな。 海の葬送は、陸とは違う。 それさえも、アイツの糧になるだろうよ」


 「まぁったく、随分とお優しいふにゃふにゃスキンヘッドになったもんだ」


 「ハゲは関係ない」


 「ハゲとは言ってねぇ」


 いつも通りの会話を交わしながら、俺たちはグラスをぶつけ合った。

 そして、今日もまた酒を呷る。

 悪くないもんだ。

 何だかんだ言って、どいつもコイツも仲が良いってのは。

 数年前までは、ギスギスしたり躍起になったりと色々あったが。

 “とある事”をきっかけに、今では海と山でメンツを入れ替えたりして様々な経験を積ませる程。

 それくらいに、この街のウォーカーは“出来る事”の幅を広げていった。

 今では“森”の専門家などと言われながら、俺でも船を動かせる程だ。


 「ま、ちょっとガキ共の様子を見ようかね」


 「あぁ、ユーゴはもちろん。 “墓守”もな」


 二人して、残りの酒をグッと喉の奥に押し込んだ瞬間。


 「こんばんは、お二人さん。 今週の報告書、まだ貰ってないんだけど? 呑気にお酒なんて飲んでいて良いのかしら? 来週からギルドからの援助はいらない? なら別に構わないのよぉ?」


 俺達の間に、ジロッと睨みを利かせた美人さんが割り込んで来た。

 彼女はウォーカーギルドの支部長様。

 ギルドの食堂で飲んでいるのが不味かったのだろう。

 すぐさま見つかってしまった。


 「「あ、明日中には」」


 「はぁ?」


 「「今日中に提出します!」」


 「よろしい」


 そんな訳で、俺たちはギルドの食堂で報告書を書き始めるのであった。

 なんだかんだ、クランのリーダーとはやることが多い。

 だからこそ、こうして男飲みが出来る時間も貴重な訳だが……。


 「はやく~、私コレ飲んだら帰るわよ~?」


 間の席に座ったギルド支部長様まで、酒を呷り始めてしまった。

 どうせだったら一緒に飲んで騒ぎたかった。

 それなら楽しい席になっただろうに、俺たちはひたすらにペンを動かした。


 「あ、あれ? この時の依頼って、何人動かしたっけな……」


 「ユーゴに付いていた時の、クラン全体の動き……まだ報告を受けていない」


 「言っておくけど、虚偽報告なんてしたら許さないからね?」


 「「……了解」」


 夜遅く。

 両クランリーダーがひたすらにペンを動かし、ギルド支部長が野次を飛ばす現場が数名に目撃されたらしい。

 ハッキリ言おう、コレは酷い。

 威厳も何もあったモノじゃない。

 だがしかし、俺たちはこういうのも仕事の内なのだ。

 だから、やるしかない訳なのだが。


 「イズリー、“墓守”と少しだけ行動を共にしたのよね? その報告書も頂戴」


 「あ、はい……了解です」


 「これも若いウォーカーを殺さない為よ、分かるわね?」


 そう言われてしまえば、やるしかない。

 ということで、また仕事が増えてしまった様だ。


 「墓守……ちゃんとユーゴを守れよ……」


 「アンタは報告書の提出期限を守りなさい」


 「うっす」


 結局報告書が提出出来たのは、薄っすらと日が登る時間帯であった。

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