第3話 パーティ


 “墓守”と呼ばれるようになったのは、いつからだろうか?

 ウォーカーとして働き始めて、いつの間にやらそんな風に呼ばれる様になっていた。

 俺は別に長年ウォーカーをやっているベテランという訳ではない。

 今だって、どうにかこうにか毎日を食いつないでいる様な生活だ。

 だというのに、二つ名が与えられた。

 蔑称なのか、それとも俺の見た目や行動から来たのかは知らないが。

 “墓守”。

 なんとなく、自分に合っている様な気がしてソレを受け入れた。

 墓を守ったつもりは無いが、いつもの”日課”からすれば否定はできないだろう。

 魔獣の墓をも作る、異常なウォーカー。

 それを面白がったのか、ある日とある商会の偉い人が声を掛けて来たのだ。


 「ウチで装備を揃えてみませんか?」


 最初は冗談だと思った。

 大して稼いでもいない俺に、何故貴族相手の大商人達が声を掛けて来るのか。

 どこまでも疑いの眼差しを向けている俺を、微笑ましいとでも言わん笑顔を浮かべて、彼等は俺の装備を拵えた。

 取り揃えたのではない。

 職人に依頼し、一から作ったのだ。

 何故こんな事をする? 俺に何を求めている?

 その問いに、商人は微笑みを浮かべながら答えた。


 「貴方が、非常に“面白そう”だったからですよ。 私達は、そういう“方々”を求めている。 例え周りから何を言われようと、何と思われようと。 自身を変えない貴方の様な方は、非常に眩しく映るのですよ。 私達の様な、“冒険”が出来ない商人にとっては」


 そんなセリフと共に装備作りは続き、更に月日が経った頃。


 「きっとご満足いただけると思いますよ?」


 そういって差し出されたのは、とても大きなシャベル。

 これなら墓を掘るのも簡単でしょう? なんて軽口を叩きながら渡されたソレは、“普通”ではなかった。


 「おい……」


 「おっ、やはり気づかれましたか?」


 「……ミスリル」


 「その通り! 曲がらず、こぼれず、硬く軽い。 これなら武器としても道具としても使えるでしょう?」


 興奮した様子で、男はシャベルの説明を始めた。

 何でも、この国最高の職人に作って貰った傑作だとかなんとか。

 本当に意味が分からない。

 職人に何て物を作らせているんだコイツは。


 「無理だ、払えない」


 「出世払いで構いませんので、一度使って頂く事は出来ませんか? もちろん気に入らなければ、返品していただいて構いませんから」


 「気に入ったら、少しずつでもいいから買えという事か」


 「その通りでございます」


 やけに良い笑みを浮かべる商人に、思わず舌打ちを溢した。

 まるで、俺がコレを買う事を疑っていない様な眼差し。

 これだから、目利きがきく商人は苦手だ。

 そう思ってしまうくらいに、このシャベルは俺の手に“馴染んでいた”のだ。

 非常にしっくりくる、と言えば良いのか。

 これまで様々な武器を使って来たが、ココまで“コレだ”と思った事は無かった。

 まるで槍か長剣かというくらいに長く、鋭い。

 ソレでいて、道具としても俺の体のサイズに合っている一品。


 「一度、使ってみる」


 「良いお返事をお待ちしております」


 一旦の借り物という事で預かった、銀色のシャベル。

 ソイツを振り回して、穴を掘って。

 その日の内に「買う」と宣言してしまったのは言うまでも無かった。


 ――――


 「おい、終った」


 「だぁからぁ、いい加減気配を……って、今日は普通でしたね?」


 不思議そうな顔を浮かべる受付嬢が首を傾げながら、俺の背後へと視線を向け。


 「あぁ~なるほど。 よかったですね、“お友達”が出来て」


 「そんなんじゃない」


 「でも、いつもより嬉しそうですよ?」


 「そうか?」


 「そうですよ」


 「なら、そういう事なんだと思う」


 フッと口元を緩めてみれば、受付嬢はカウンターを乗り出しながらこちらを覗き込んで来た。

 何をやっているのだろうか、彼女は。


 「もっかい、もう一回ニコッってしてみません? ね?」


 「うるさい、早く納品を済ませてくれ」


 カウンターにドサッと革袋を置けば、やれやれとため息を溢しながらも確認作業を始める受付嬢。

 全く、こっちの方がやれやれと言いたい所だというのに――。


 「墓守さん?」


 「なんだ?」


 不思議そうに首を傾ける受付嬢が、手袋をはめたその手で俺が出した証拠物品を弄り回していく。

 何か足りないモノでもあっただろうか?

 なんて、些か不安になって来た頃。


 「多数の魔獣を討伐した証拠は入っていますが……その、依頼の魔獣の証拠部位がありません」


 「……」


 「今回の依頼、“森鹿”の角の納品だったはずなのですが……」


 森鹿。

 それは巨大な角に葉を生やしている鹿。

 その葉は良質な香りを放ち、更には立派な角も観賞用として非常に価値がある。

 貴族の間ではそんな風に扱われ、なかなかの報酬が提示された依頼だった訳だが……。

 おかしい、討伐した記憶がない。


 「あ、あの! 多分それ俺達を助けてくれたから忘れちゃったんだと思います! 墓守さんは悪くないです!」


 なんて台詞を叫びながら、ルーキーがカウンターに身を乗り出して来た。

 いや、うん。

 そういう問題じゃないんだ。

 コレは仕事で、事情がどうとか経緯がどうとかじゃないんだ。

 依頼された物を持ち帰る事が出来なければ失敗、収める事が出来れば成功。

 要は、結果が全てなのだ。


 「あらあら、墓守さん。 今日は人助けをしてたんですか? なら仕方ないですね、ではこの依頼は――」


 「いつまでだった?」


 「はい?」


 「依頼の期間は、いつまでだ?」


 「明日の夜まで、ですね?」


 ソレを聞いた瞬間に、踵を返した。

 まだ間に合う。

 野営しながら獲物を探せば、なんとかなる。

 そのままギルドの両開きの扉を押し開いた所で、後ろから肩を掴まれてしまった。


 「夜の森に潜るつもりですか?」


 意外な事に、止めて来たのはあのルーキーだった。

 その眼はこれまで見た彼とは比べ物にならない程真剣で、心配してくれている様子が伝わってくる。

 だが、これも仕事なのだ。


 「仕事だ」


 「でも、夜の森は危険です! それくらい貴方にも分かっているでしょう!? だから――」


 「止めろとでも言うのか?」


 「俺も行きます!」


 「……は?」


 コイツは、何を言っているのだろうか?

 彼の言う通り、魔獣の居る森で野営するというのは非常に危険な行為。

 下手すれば一晩中見張りをしていないと、寝ている間に齧られる可能性だってある。

 だからこそ、今から寝ない事を覚悟していたというのに。


 「足手まといだ」


 「俺、戦闘はダメダメかもしれませんけど、野営には自信あります!」


 「意味が分からない」


 「飯も作れますし、ジッとしている時なら警戒するのは得意です! 何か近づいて来たら、墓守さんを起こす事は出来ます! それに今回の失敗は俺のせいです、だから償わせてください!」


 ますます意味が分からない。

 自分が狩るべき目標を忘れていたのは俺自身だ。

 彼が責任を感じる必要はない。

 俺が勝手にやって、勝手にミスを犯したのだから。

 だというのに。


 「連れて行ってください! 少しでも役に立ちます! それでも足手まといだと感じるなら、置いて行ってくれて構いません!」


 何故彼はここまでするのだろうか?

 理解出来ずにイズリーと受付嬢に視線を投げてみれば。


 「連れて行ってやれよ、“墓守”。 そいつはまだまだルーキーだが、ガッツはあるぞ? お前の所でも勉強させてやったらどうだ? 手が足りないってんなら、俺やクランの連中も付いていこうか?」


 「“森鹿”は、騒がしいと逃げる……」


 「ですねぇ。 だからこそ、単独行動が得意で戦果を挙げている貴方に指名依頼が入った訳ですし。 でも、新人教育も兼ねて連れて行ってくれるのなら、ギルドからも少しばかり報酬に色を付けますよ? どうします? “墓守”さん」


 なんというか、断れない雰囲気になって来た気がする。

 こういうの、苦手なんだ。

 誰かに何かを教えるとか、誰かと上手く会話を繋ぐとか。

 昔から、そういう事が苦手だったのだ。

 だというのに。


 「お願いします!」


 目の前に立っている黒目黒髪のルーキーは、とてつもない勢いで頭を下げ始める始末。

 これは、もう……断る理由を考える方が時間をくってしまいそうだ。


 「すぐに出る」


 「っはい!」


 準備は良いのか? と聞きたい所だったが、彼はキラキラした眼差しで俺の事を見ていた。

 なんだろうコイツは? 今まで、こんな奴見た事が無い。

 他の奴はこう、距離を置いた態度を取るというか。

 一歩引いた様な対応をする様な奴ばかりだったのに。

 それこそ普通に喋りかけてくるのなんて、受付嬢と森と海のクランリーダー両名くらいだ。

 だというのに。


 「……本当に来るのか?」


 「本当について行きます!」


 「そうか……」


 何か言おうかと口を開いたが、あまり気の利いた台詞は出てこなかった。

 だから、仕方ない。

 一人で行こうとしても、更に時間が取られるかもしれないし。

 だから、仕方ないのだ。


 「行くぞ」


 「はいっ!」


 今日この日、俺がウォーカーになってから。

 初めて、“パーティ”というものを組んだのであった。

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