百花繚乱

ヤギサンダヨ

百花繚乱

 医学博士野間欅(けやき)氏は、右手の試験管を軽く振りながら、嬉しそうにつぶやいた。

「完成じゃ。」

 博士が長年取り組んできたのは、「新しい人類の製作」であった。彼はiPS細胞の遺伝子をさまざまな薬品を加えて変形させ、試行錯誤を繰り返した結果、ついに、長年の夢であったその理想とする新人類の製作に成功したのだった。同時に培養した複数の卵子の核から遺伝子を取り出してゲノム配列を確認する作業が、この実験の最後の仕上げだった。そして今、コンピュータが解析した最終データは、彼の理想を完璧に再現できていることを示している。

「人類が生まれ変わる時が来た。より完成された姿に・・・」

 野間博士がそもそも医学を志したのは、ある一つの疑念からである。彼が小学校の6年生の時のこと、悪友の一人が夏休みに父親とともにアメリカを旅して、そのおみやげと称して彼にあちらの雑誌を手渡した。それは成人向けのものらしく、表紙にはウサギの耳をつけた水着の女の人がこちら振り向いて立っていた。興味本位でパラパラめくってみると、表記は英語ばかりで当然何が書いてあるのかさっぱり分からない。ただ、彼がショックを受けたのは、ヌード写真がすべて露骨だったということだ。それまでも日本の成人雑誌を覗(のぞ)き見る機会は何度かあった。悪友が学校に持ち込んだものを回し読みしたり、兄の部屋に忍び込んだときにベッドの下にそういった類のものを見つけてこっそり開いてみたり。でも、それらはちゃんと「見てはいけないところ」を見えないように気を配ってあった。なのにアメリカの成人雑誌のなんと露骨なこと。男も女もヌード写真に何の配慮もないのだ。欅(けやき)少年にとって、女性のその見てはいけない部分を見たのは、この時が初めてだった。

 この時期の少年たちと感受性が少し違ったのかもしれないが、欅少年にとっての感想は「醜い、醜すぎる」という一点だった。

「人間はなぜこんなにも醜い生殖器を持っているのか。例えば動物たちは裸で歩いていても生殖器が丸見えになったり嫌らしく見えたりはしない。植物にいたっては、あの花こそが生殖器である。色とりどりの美しい花々は、人間の生殖器と違って、芳(かぐわ)しい香りさえ放つではないか。どうして人間の生殖器だけが、このように醜いのだろう。これは神が犯したミステイクだ」

 この疑念こそが、野間博士の研究のスタートとなったのだった。

 欅少年はやがて医学を志し、本気でこの課題に取り組むようになる。そして、遺伝子研究を重ねること数十年、ようやく完成したのが、生殖器に花が咲くという画期的な新人類の卵子である。そして、これは人類最後の動物性の卵子となる。なぜならば、今後は我々は「受粉」という形(かたち)で植物同様種子を作って子孫を増やし続けることができるからだ。すなわち、この新人類は醜い生殖器を持たない代わりに、大人になるころ下半身に花を咲かせるのである。さらに、博士の製作したこの遺伝子には、世界中のあらゆる花の情報が組み込まれていて、成長する環境によってさまざま種類の花が咲くようプログラムされていた。

 それから十数年後・・・・。人類の新たな歴史は、数多くの文学作品を生みだすことになる。


「ねぇ、アダム。あなたのお花、とても素敵ね。」

「ありがとうイブ。君の花も真っ白でとても美しい。匂いをかいでもいいかな。」

「ええ、どうぞ。でもちょっと恥ずかしいわ。」

「いい香り。なんて花?」

「知恵の実がなる花よ。あなたのは何の花かしら。」

「どうやらイチジクらしい。」


「イザナギ様、綺麗なお花をお持ちですこと。」

「いけないよ、イザナミ。君から声をかけては。」

「あら、どうして?」

「わからない。でも、嫌な予感がするんだ。だから僕から。」

「じゃ、そうして。」

「君の身体はなりなりてなり咲けるところ一つ箇所有り」

「汝の身体もなりなりてなりほころぶ蕾一つ箇所有り」


「おお、ロミオ、どうして私たちは受粉できないの。」

「ジュリエット、僕はもう除草剤を飲んでしまおう!」


「貫一様!」

「来年の今月今夜のこの種(たね)を、俺の涙で発芽させてみせる・・・」

「あれーっ」


バスは御坂峠にさしかかった。

「あら、月見草・・・」

「でも私は『植物失格』なんだ・・・」


「ストレイ・シープ・・・・」

三四郎のヒツジグサにも、蓮(はす)の花のような小さな蕾が膨らみかけていた。


ジムは妻のために立派なバナナを売りました。

デラは夫のために、その美しいマンゴーを売りました。

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