EP1 超存在の恋 2 超存在の恋
「それは、恋の病だろうね」
唐突にそう言われ、メリッサの思考は一瞬停止した。
「怖い顔をしないでよ。きみ、最近シリウスとは?」
相手はこちらの威嚇を気にせず、そのままの調子で話す。ふざけているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
「……あまり」
「だろうね」
シリウスとは最近、別行動が多かった。仕事の都合や、帰国したヘイズのケアなどが理由である。
だからといって、シリウスが最近感じるという「落ち着かなさ」と関係があるとは思えない。賢く長生きなシリウスは、見た目通りの小さな子供ではないのだから。
「それは違うよ、メリッサ。きみはシリウスのことを信用しすぎて、一人でも大丈夫だと思ってしまってるんだ」
そう考えていたメリッサに、目の前の医者は呆れた声で言った。
医者の言葉に、メリッサはつい黙ってしまう。そんなことはないと思いながらも、強く否定できないからだ。
シリウスは立派に自立していると思うし、超存在としての根幹である
「いいや。少し厳しいことを言うようだけど、そんなことは誰にもわからないよ。表面上は安定しているように見えても、いつ弾けてしまうかわからない」
医者はそう語る。彼女が言うなら、きっとそれは本当なのだろう。
「シリウスが秘めている力は、計り知れない膨大なものだよ。ブロッサムアースの上でも例外じゃない」
それは、そう語るこの医者もまた超存在だからである。
目の前にいるのはシリウスとは別のクラスターコアを根源に持つ超存在。メテオライト、綺柩。この地球上に、彼女以上にシリウスを正確に診断できる者はいまい。
知人に別のLD医はいるが、彼女は里帰りをすると言って急に去ってしまった。今、他にシリウスの診察で頼れる者はいない。
「万が一があったら、私でも責任は持てないからね。その場合、局の仲間とその家族を守ることを優先させてもらう」
柩は、やけに人間らしい発言でメリッサを牽制した。
「変わったな、お前」
「そう?」
以前のメテオライトは、超越した思考に徹していた。表面上は人間らしくても、何を考えているのか少しも読めなかったのだ。
人類を救うためならシリウスと心中する、くらいは言いかねない気配があった。今の柩はそんなことは言わない。ある意味で、前よりもずっと平和的になったのだと思う。
ブロッサムで何があったか知らないし興味もないが、肩の荷がおりたような気配だ。この変化は、そう悪いものではないと思う。
「私はどうすればいい?」
メリッサは素直に教えを請う。超存在の不調など、どうすればいいかわからない。
「言っただろう、恋の病だって。解決法は単純だ」
「それは何だ?」
「できるだけ一緒にいてあげることだね。そうすれば落ち着くと思うよ?」
柩は、冗談かそうでないか判然としない態度で言った。
「カウンターもいろいろだけど、シリウスの場合は特に君が必要だ。四六時中そばにいろとは言わないけど、このさい休暇でもとってしばらく一緒にいたらどうだろう」
メリッサの微妙な顔を見て、柩はちゃんとした説明を付け加えてくれた。
超存在といっても、シリウスにも感情の起伏はある。そして、人間とは比べ物にならないほど敏感な知覚と破壊的な力が共存している。
超存在は様々なことを感じているということだ。ある意味ではとてもデリケートである。いざという時に自分をカバーしたり抑え込んでくれるカウンターが近くにいないと、ストレスになる。
「孤高はともかく、孤独は人をおかしくする。単純な話だよ」
同じ超存在である柩にそう言われると、妙な説得力がある。シリウスが抱える孤独感や恐怖は、メリッサには想像するしかないことだ。この超存在には、シリウスと同じような経験があるのかもしれない。
柩は、ふざけて着用していた白衣を瞬時にいつものコートに戻した。MLDを使った衣装替えである。
診察は終わりということだ。どうしようもない問題ではなさそうで、メリッサはほっとした。
「あ、そうだ」
メリッサが去ろうとした時、思い出したように柩が言う。
「休暇、西海岸には行かないように。アジアとハワイもやめておいた方がいい。今あのへんは、ゆっくりできないからね」
Blossom:EXPLOSION
シリウスの体内の猛獣は、穏やかな凪のような時もあれば、大荒れの嵐のような時もある。
その振れ幅は、メリッサと出会ってからどんどん穏やかに落ち着いている。しかし、ここ最近は穏やかな時とそうでない時の差が大きくなっている。
問題があるほどではないが、問題が起きてからでは困る。そう考えたシリウスはメリッサに相談し、調査局に連絡をとってもらうことになった。
ノストークで出会った超存在の仲間であるメテオライトなら、シリウスの体調を診断してくれる。そう考えたのはメリッサである。
さすがはメリッサだ。とても賢い。メテオライトはシリウスと同じかそれ以上に古い超存在なので、何らかの答えを出してくれる。
ここは、リトルアークの商業ビルだ。シリウスがおおっぴらに調査局の本部の縄張りに入るのは、余計な波風を立てる。診察は適当な空きテナントを使い、シリウスは先に開放されて近くのバス停の待合室にちょこんと座っている。
「メリッサ?」
メテオライトとの話を終えたメリッサがやってきた。そう思って立ち上がったが、そこにいたのは知らない人であった。
「やあ、お嬢さん。ごめんね、待ち人じゃなくて」
その人は、穏やかな声でシリウスに言った。
メリッサとよく似た鳶色の目、それにコヨーテ色の髪の女性だ。細胞の感じからして、メリッサよりもずいぶん年上である。
見たことがある。それも、一度や二度ではない。
「一人か? こんなところで」
シリウスは、そのコヨーテ色の人に話しかける。
「うん。抜け出してきちゃってね。見つからないようにしないといけないんだ」
「物騒だろう」
シリウスとコヨーテ色は、平然と会話をする。
「大統領ともあろう人が。何のためにそこまで?」
そしてシリウスは、気づいたことを口にした。
テレビで見たことがある。この人は、この国の大統領なのだ。
「そこが厄介なんだ。でも、個人的なことなんだよ」
正体を見抜かれても、大統領は驚くことなく言葉を続ける。
「忘れていることがある。それはわかってるんだ。この町に置き去りにした……それは、なんとなく思い出したんだけど」
大統領は言う。悩む彼女の横顔は真剣そのものだ。そうしていると、よりメリッサに似ている。
メリッサの妹という感じだ。年齢はメリッサよりだいぶ年上なはずなのだが、大統領はより若く見える。
忘れていることがあると語る大統領。シリウスにはわかる。その喪失は、おそらくGLDの魔法によるものだ。
彼女の記憶はここにない。抜き出されて、どこかに持ち去られている。それを探しているのか。
「図書館前って、ここから乗ればいいのかな?」
大統領は、バス停の時刻表を見ながら言う。シリウスにもわかる簡単な時刻表だが、大統領には読み方がわからないようだ。バスはほとんど使わないのだろう。
「図書館前という駅はない。今、そこは調査局の本部だから」
「そうなの? じゃあ図書館に近いのってどこ?」
「ここだ」
シリウスは、路線図を指さして説明した。
「ありがとう、お嬢さん」
大統領は、シリウスの頭を優しく撫でた。
「ん……」
その手つきは、やはりどこかメリッサに似ている。
バスが到着する。大統領はそれに乗り込んで、愛らしい表情でシリウスに手をふった。乗客は、そんな大統領をじっと見ている。
「待たせたな」
バスは走り去っていった。それと同時に、メリッサがビルから出てきた。
「おかえり、メリッサ」
そのメリッサに、シリウスはぎゅっと抱きついた。少しの間とはいえ、離れているのは寂しかった。
「誰かと話していたのか?」
去っていったバスを見て、メリッサが優しい声で言う。
「道案内だ」
「そうか」
答えたシリウスの頭を、メリッサの大きな手が撫でた。
「メテオライトは何と?」
シリウスは、診断の結果をメリッサに尋ねた。
「お前と一緒にいろと言っていた。そうすれば体調が落ち着くだろうと」
メテオライトの提案はシンプルなものだった。カウンターであるメリッサが近くにいることで、シリウスは安定に向かうだろうと話したらしい。
そのために、一度仕事から離れて休暇をとったらいいとすすめられたそうだ。
「いいことをいう」
シリウスはその提案に賛同した。
自分の体調も心配だが、もっと心配なのはメリッサが働きすぎではないかということだ。
合衆国内に散らばってしまったシリウスの危険な眷属、SLDと呼ばれる物質を探すこと。それが二人の責務だ。それだけならともかく、LDの売人でもあるマフィアとのいざこざ、身の回りの小さな事件、ヘイズの失踪、傭兵ズィーの襲撃など、最近は休まる暇がなかった。
メリッサは疲れた様子を見せない。しかし、だから休まなくていいということではない。
ヘイズが失踪から戻って、傭兵ズィーの襲撃はなくなった。依頼を出したヘイズが前のヘイズではなくなったことで、仕事が無効になったせいだろう。
このあたりは複雑な事情があり、一言で説明するのは難しい。とにかく、今ズィーは襲ってこないということだ。
複数の爆発魔法や結界魔法を使いこなすあの難敵は、歴戦のメリッサと超存在のシリウスでも対処が難しかった。因果の予知でもとらえられない。おそらく、シュエット家が生み出した特殊な兵士である。
そのズィーが来ない今は、休暇にうってつけだ。
今頃、ズィーはどうしているのだろう。また別の依頼主を見つけて、どこかで仕事をしているのだろうか。
傭兵とはそういうもの。仕事が途切れれば生きていけないのだ。メリッサにも少しそういうところがある。
だが、人生はそれだけに費やすべきものではない。メテオライトが言うように、メリッサには休みが必要だ。
「あ、あの! この人を見ませんでしたか!」
バス停にクリーム色の髪の小柄な女性が走ってきて、何かわめいている。スマート端末に表示した写真を人々に見せて、質問しているようだ。
シリウスはそれを背にして、メリッサと手をつないでその場を去る。家に帰ろう。それから、この後どうするかじっくり考えたい。
一九九九年、六月。有名な大予言で語られる滅びの七月まであと一ヶ月。これはそんな時期の、嵐の前の静けさというには少し騒がしい日々の物語。
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