海斗の話
「スバルに嘘はつきたくないんだ。検査結果の事、スバルにどう伝えるかドクターとお前の両親と何回も話し合ったらしい。お母さんから相談を受けた。スバルにはオレから話をさせて下さいってオレは言った。その後ドクターにも直接話を聞いた。正直に言うぞ。今、迷ってるんだ。聞いた事、どこまで話そうか、全部話した方がいいか」
「え? オレ、悪いのか? そんな風に言われて、聞きたくないわけないだろ? 全部教えてくれ。カイトが知ってる事全部」
「ああ。オレはスバルの強さを信じて全部話すよ。でも後でドクターから直接ちゃんと話してもらえよ。
まず、分からない事が多過ぎるんだ。いつどうなるか。だからドクターもはっきりとした事が言えないんだ。
だけど、はっきりとしている事がある。それはスバルが難病だって事と治療法が無いって事なんだ」
海斗は昴の顔も見ず、口を挟む事も許さないように一気に話し続けた。
「まず、足に病気の兆候が現れてしまった。おそらく、これはおそらくだけど、足は動かなくなる。調子が良い時は普通の感じだけれど、転びやすくなったり、この前みたいに突然力が入らなくなったりする頻度が段々上がって、完全麻痺に追いやられるだろうって事なんだ。
おそらく、これもおそらくだけれど、一年位で。でもこれははっきりしたものじゃないから。ひょっとすると動かなくならないかもしれないし、動かなくなるにしても、もっともっと先の話かもしれない。
その後、どこか身体の他の部位にも同じ事が起こるかもしれない。これも分からない。起こるかもしれないし、起こらないかもしれない」
下を向いて話す海斗の顔を、昴は睨みながら唇を噛んでいた。
「分からない分からない言うなよ。起こるかもしれないし、起こらないかもしれないって何なんだよ。はっきり言えよ。それじゃ何も分からないじゃないか!」
海斗は顔を上げて昴の目を見た。
「分からないんだよ。ドクターにも、誰にも!」
昴は海斗に負けない鋭い目を向けた。
「分からない物に対して、オレはどこへ向かえばいいんだよ!」
海斗は立ち上がった。
「自分で決めろ! オレに聞くな」
強い口調で言った後、海斗は腰を下ろして静かに話を続けた。
「スバル。酷過ぎるよな。ようやくイスバスに折り合いをつけてバスケの道を極める決心がついた、このタイミングでさ。
今、オレが何を言っても、無駄かもしれないけど、ちょっとだけ言わせてくれ。
明日の事なんて誰にも分からないんだ。もしも明日、世界が終わるとしたら、今日お前は何をする? 昔、そんな歌があったよな。
世界が終わる事を嘆いて一日を過ごすか? 嘆いている暇は無いだろ? 今日という日を悔いが残らないように生きないか? 大切なのは明日じゃなくて今。どこへ向かうか分からなければ、出来るか出来ないかじゃなくて、何をしたいか、どうしたいかを大切にすればいいんじゃないか?
ごめん。気が利いた事を何も言えない。でもこれだけは知っておいてほしい。オレはスバルの力になりたいと思っている。お前は一人じゃない。一人で苦しむ事は許さないぞ。
泣きたかったら泣けばいい。
これからの道はスバルが決めなきゃいけないものだけど、オレは出来る事ならスバルと一緒にイスバスをしたい。このまま日本に残っても、オンライン授業で卒業も出来るはずだ。
すぐにどうすればいいかなんて決められないと思うから、ゆっくり時間をかけて考えればいい。何でも相談に乗るから。いや、乗らせてくれ。一人で苦しむなよ」
素直に涙が出た。物心ついてから初めて昴は泣いた。
「カイト、ありがとう。ちゃんと考えてまた連絡する。オレは大丈夫だから今日はもう帰ってくれ。全部話してくれた事に感謝してるよ」
無理矢理の作り笑いが少しだけ出来た。
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