運命
暗雲
オリンピックが終了して日本チームが解散すると、昴はすぐにアメリカに戻り、ハイスクールのクラブ練習に参加した。オリンピックでの活躍を至る所で賞賛され、握手やサインを求められたり、写真をせがまれたりしてテンションは高いままだった。それでもまだ銅メダルで、金と銀には届かない。沢山の凄いプレーに刺激を受け、もっともっと練習したくて堪らなかった。
そんな気持ちとは裏腹にクラブ練習では散々な日々が続いていた。疲れが溜まっているのか、時差ボケのせいか、何でもない所で足が絡まって転ぶ事数回、ダッシュにも切れが無く、シュートも上手く決まらない。
「スバル! どうした? スターボケか? ちょっとこっちへ来い」
コーチに呼ばれた。
「スバル。疲れが溜まってるようだ。無理もない。少し休養が必要だ。練習したい気持ちはよく分かるが、三日間、強制休養だ。自主練もダメだぞ。腐る程眠れ。今、休めばまた飛躍出来る。四日後、ここで会おう」
マジか。三日間も? たまんねーな、と思った。しかし、今動けていない事は事実。飛躍する為に、ここは我慢してコーチの言う事に従おうと決めた。
昴は三日間、部屋に籠った。テレビをつけるとパラリンピックをやっていた。チャンネルを変えると、ちょうどイスバスが始まる所だった。
「お! 日本対地元オーストラリアか」
予選リーグの最終戦。日本はこの試合に勝たないと決勝トーナメントに進めないらしい。イスバスはもう十年位見ていなかったけれど、なぜか急にワクワクしてきた。海斗は出場しているのかな? どんなプレーを観れるんだろう?
昴はテレビの正面に椅子を持ってきて身構えた。
海斗はスタメンで出てきた。変わんねーな。何歳になったんだろ?
オレより14上だから、31歳か。左手、怪我してんのかな? テーピングぐるぐるじゃねーか。
解説によると、一ヶ月前に練習中、左手の親指を骨折して手術したらしい。エースの海斗がそんな状態だから日本はこれまで苦戦を強いられているようだ。
昴は食い入るように海斗の姿を追った。
左手の親指は動かないように人差し指と中指とくっつけて固定されている。痛みもあるだろうに、そんな状態で車椅子を漕ぐのは大変だ。利き手は右だけど、左手が思うように使えないのは痛い。
それでもチームの司令塔は揺るがない。ほぼ右腕一本でトリッキーなパスを繰り出し、シュートを決めてくる。
昴はいつの間にか座っている椅子を車椅子に見立て、海斗の動きを真似しながら叫んでいた。
ドリブル、パス、シュート!
「よし!」
初めてドゥーリハの体育館で"なまカイト"のプレーを観た時と同じような昴がそこにいた。
オーストラリアの地は日本にとって完全にアウェイだった。オーストラリアへの声援は凄く、そんな中で日本は大健闘だったが惜しくも敗れ、予選敗退となった。
「くそ!」と昴は唇を噛んだ。それでも昴の心は熱く、晴れ晴れとしていた。それは、海斗が笑っていたから。今、出来る事は全てやったという顔をしていたから。
「ごめん」
昴はテレビの中の海斗に向かって頭を下げていた。
オレはあの時、部屋を飛び出した。小学四年生の時、勝手にあそこを追い出された気持ちになって、我慢出来なかった。お世話になった感謝の気持ちなんて一言も言わずに。そしてオレはイスバスを封印した。あれから一度も連絡を取らなかった。いや、それどころか一度だって海斗の事を思った事はなかった。
「ごめん」
急に会いたい気持ちが押し寄せてきた。弟の柊斗にも。両親にも。
三日間の強制休養を終えた昴はウキウキした気持ちでクラブ練習に戻った。時差ボケも取れたようで、動きたくて堪らない。
昴らしい動きが戻り、コーチも一安心していた。
ゲーム形式の五対五を始めた直後の事。
相手チームのパスをカットした昴は、素晴らしいスピードのドリブルで相手を交わしてフロントコートに突進していた。
その時、突然足がもつれたようになって右足首を捻り、昴はコートに転がった。運動神経抜群の昴の受け身は流石だったが、右足首に激痛が走りうずくまる。
コーチが慌ててホイッスルを鳴らした。
「スバル、大丈夫か?」
慌てて駆け寄り、チームメイト達も昴を取り囲んだ。
しかめっ面をしながらも昴は右足をかばいながら立ち上がろうとした。
「ちょっと捻っただけさ」
それ程重症ではない感じで、自力で立ち上がれると思った。
左足で踏ん張ろうとしたが、力が抜けて再び崩れ落ちた。
「おい! 立たなくていいから」
コーチが叫んだ。
「どうしたんだろう? 左足も打ったのかな?」
昴は自分の状態がよく分からず、取り敢えず動くのをやめた。
コーチは選手を集めた。
「すぐにスバルを連れて病院に行ってくる。この後はマネージャーの指示に従って一時間軽めの確認練習をしてもらう。今日の練習はそれで終わりにする。よろしく頼む」
「そんな大袈裟な。オレは大丈夫だ」
昴はそう言ったがコーチは倉庫から車椅子を出してきて彼を乗せた。
コーチは少し嫌な予感がして、それが杞憂である事を願っていた。
昴は十年ぶり位に車椅子に乗った。少しワクワクした。
しかし、その車椅子は介助用で、コーチが後ろから押し、昴は何もせずに乗っているだけだった。何も楽しくなかった。ただ押されている自分が惨めったらしく、周りからの視線が苦痛なだけだった。
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