第19羽 Light my Fire

「はぁ〜〜〜!生っき返るわ〜!」


 湯船に漬かったアクティブガルの声が、大浴場にこだました。


「お疲れ様でした」

「お互いにね」

 その隣でお湯に入っているウイングノーツからの言葉に、アクティブガルはウインクを返す。


 ここは記録飛行をした飛行場の近くのホテル、京浜イン。試験飛行を終えた二人は、青葉や琴川たちが締めの打ち合わせをしている中、先抜けして大浴場で疲れを癒やしていたのだった。


「もう〜、腕と胸の筋肉がパンパン」

 そうぼやきながら体をさする彼女の肩周りは、まるで競走馬のように引き締まっている。ウイングノーツが思わず見とれていると、

「……なぁに?さっきからじろじろと」

 アクティブガルのニヤッとした笑みが視線に割り込んできた。


「あ、いや、すみません。でもすごい鍛えていらっしゃるなって思って」

「あら、そっち?バストの方かと思ったわ。胸の筋肉鍛えるとバストアップの効果もあるって言うしね、形と張りにはちょっとした自信があるのよ」

 胸を張るアクティブガルのプロポーションを見て、ウイングノーツはなるほどと頷いた。自分のは………今は見ないことにする。


「それにしてもキツかったわねー」

「はい、羽根が霧を吸うと飛ぶのにあんなに支障が出るとは思いませんでした」

「お風呂とかプールに入ると重くなるのは実感としてあるんだけどね。まさか霧でもあそこまで重くなるなんて。多分3キロは増えてたんじゃないかしら」

 バシャっとアクティブガルが翼を湯船から持ち上げて軽く振った。羽根からお湯が滴り落ちる。


「――おそらくは、それだけじゃないわね。羽根の表面に付いた霧による細かい水滴が、スムーズな空気の流れを阻害して抵抗を増やしていた可能性も考えられるわ」

「青葉ちゃん」

「青葉さん」

 声のする方を二人が見ると、タオルで前を隠した青葉が浴槽に入ろうとしているところだった。


「ミーティングは?」

「今終わったところです。現時点ではそこまで話すこともなかったので手短に。各自で振り返りを整理して、後日突き合わせることになりました」

「お疲れ様」

「いえ。ガル先輩も、ノーツも、厳しい条件の中本当にお疲れ様でした」


「そうねー。かなり体力も削られたし、厳しかったわね今回は。そもそもあの状態で2メートルの高さを維持するなんて鬼よ鬼」

「そうですね。2回挑戦してみて、結局どっちも2メートルのハードルを超えられず100メートルちょっとしか飛べませんでした」

 そう言いながらも表情の明るいウイングノーツを見て、アクティブガルは笑みを浮かべた。


「そうそう。初めてにしてはよく飛べた、とまずはポジティブにとっておくのがいいわよ。実際、完全自力離陸した経験のあるトリ娘なんて限られているわ。たとえ高度2メートル未達だったとしてもね。だから、自信持っていいのよ」

「ありがとうございます。青葉さんからも1回目の後に同じようなことを言われました。トリコンならスタートから上昇する力はいらないし、地面効果を利用して必要な力をセーブすることもできるから、確実にこれ以上の距離を飛べる力がついたって」

「……じゃあ、やっぱり次はトリコンってわけね」

「はい」


 真っ直ぐな目で返事するウイングノーツに、アクティブガルは嬉しいとも寂しいともとれるような笑みを浮かべた。


「頑張ってね。ま、私は個人としても仕事としても全生徒を応援してるけど」

「事務長はまた記録飛行にチャレンジですか?」

「うーん、どうするかなー。実は練習の段階でもトラブルがあったし、実際ケガもしてるのよねー。今回を振り返った後に考えてみることにするわ。社会人はね、いろいろと忙しいのよ」


 うーん、と伸びをしながら答えたアクティブガルが、ふと何か思い出したように力を抜いた。


「あ、そうそう社会人といえば」

「?」

「フライトの前に紹介したクールクラフトちゃん、次回のトリコンに挑戦することにしたみたいよ」

「そうなんですか?」

「そ。なんでも私達の飛んでる姿を見て、自分も飛んでみたいという熱が湧いてきたんだって。認められれば初出場になるけど、身体能力は学生時代から高かったし技術と知識は抜群グンバツだから、ノーツちゃんたちにとっては強力なライバルが登場したってとこね」

「ライバルとか……大先輩ですし」

「なに言ってんのよ。トリコンでは一般参加の社会人も学生もみんな同じ出場選手。みんながライバルよ」

「いやそれはそうなんですけど」

 それに見合う実力ってものがあるんじゃないのか。そう戸惑うウイングノーツの両肩を、後ろから青葉が掴んだ。


「ならば。アナタ自身がライバルと呼んでもらえるように強くなればいい。――いえ、なるのよ。それができると私は思うわ」

「青葉さん」

「あら、オイシイところを取られちゃったわね。でも、そういうコトよ。この記録飛行に向けてやってきた特訓をさらに詰んで、早く先輩たちにライバルと見られるようになってね」

「……はい!早くそうなってみせます!」


 その返事にアクティブガルは青葉と視線を交わして笑った。


「んじゃ、真面目な話はここまでにして、折角の貸し切り状態の大風呂を楽しみましょ。――ノーツちゃん、何か面白い話なーい?」

「面白い話……ですか?……あ、そうだ青葉さん聞いてくださいよ!さっき脱衣所でちらっと見えた事務長の勝負下着――じゃない勝負インナー、スゴかったんですよ!」

「え……先輩、もしかしてあの派手派手なヤツまだ着てるんですか」

「何よいいじゃない!アレが一番気持ちがアゲアゲになるのよ!勝負インナーってそういうもんでしょ!」

「いや先輩をですね」

「言ったわねーー!」

 ビューッと熱いお湯が青葉の顔にかかる。アクティブガルの組んだ手から放たれた水鉄砲だ。

「それこそ甲斐がないで――しょっ!」

 言いながら青葉も手からお湯を飛ばして反撃する。


 ウイングノーツがとばっちりを受けて参戦するのに、それほど時間はかからなかった。



 ◆



「はい、次で最後の一本!」


 記録飛行から2か月後。スカイスポーツ学園グラウンドに、青葉の声が響いていた。肩で息しながら無言で応え、ウイングノーツはグラウンドの端のスタート地点に戻る。


 公式記録とはならなかったものの記録飛行に挑戦し完全自力離陸を達成したウイングノーツと青葉は、成果とそこに至るまでの努力をトリ娘コンテストの出場申請でアピールすることにした。その介あってか、次のトリ娘コンテストの出場認可を得ることができたのだった。


 早朝のグラウンドには、他にも短距離のテストフライトをしているトリ娘とトレーナーが何組も見受けられる。いずれも、既に4日後に迫ったトリ娘コンテストにむけての最終調整であろう。その中には、マエストロと行雲いくもトレーナーの姿もあった。

 前回大会で初めて定常飛行に持ち込み4位に食い込んだマエストロには、優先出場シード権が与えられている。このため、精神的には落ち着いてトレーニングに取り組むことができているのだ。


「聞いたわよ、記録飛行の話。でも、私達の目標はあくまでもトリ娘コンテスト優勝と対岸到達。今度の大会では必ず優勝するから、見てなさいよ!」

 記録飛行から戻ってしばらくしたある日、食堂でマエストロから唐突に受けた宣言が頭に浮かんで、ウイングノーツは飛びながらクスッと思い出し笑いをした。


 実際、使う飛行場の守秘事項もあって関係者以外には記録飛行のことは話せずにいたのだ。チームで一番口が軽いクラウドパルには二人がかりで口封じをして、クラスメイトとの会話には一切それ絡みの話を出さないようにしていた。それを、終わったところで行雲トレーナーあたりから聞きつけてきたに違いなかった。


 ウイングノーツが着地して振り向くと、マエストロが再びグラウンドの端に戻っていくところだった。


「ノーツ、お疲れ様。あとは明後日の移動、その後の本番に向けて体を休めて体調を整えることね」

 青葉が駆け寄ってきて本番前最後の練習の終わりを告げる。

「あの、青葉さん」

「なに?」

「……もう1回だけ、飛んでもいいですか?」


 そう提案するウイングノーツに、青葉は腕を組んで少し考え込んだ。視線が何度もウイングノーツの体を上下する。


「……仕方ないわね。その闘志も大事だから。でも本当にあと一回だけよ。それが終わったらしっかり休むこと、いいわね」

「はい!ありがとうございます!」

 そう言ってスタート地点に駆け出すウイングノーツをみて、青葉はやれやれとため息をついた。


「いきます!」

「いいわよ!ラスト一本!」


 青葉の声を受けて、走りながら翼を羽ばたかせる。


「OK、そこでジャンプ!」


 号令に応えてウイングノーツは尾翼を捻り、両翼を大きく振り下ろした。体がフワッと宙に浮く。


「よし、そのままそのまま!」


 羽ばたいて1メートル弱の高度を保ちながら、少しジグザグに飛んで尾翼での方向調整の効き具合を確認する。

 横目に、マエストロも飛んでいるのが見えた。先輩たちのライバルになると言いはしたものの、そもそもまだ自分は同級生であるマエストロのライバルにもなれていない。


 そう、負けていられない。


「いい感じね、そのままゆっくりと少しずつ高度を下げて着地して!」


 ライバルに、なるんだ。


 足が地面につくと、惰性で体が強制的に前に進んだ。トットットッと歩幅とペースを調節してスピードを少しずつ落としていく。――マエストロも飛び終えたところだろうか。


「ノーツっ!!前っ!!」


 青葉の叫びに顔を正面に向けると、目の前にグラウンド脇の堤防が迫っていた。


「あ」


 しまった、と思う間もなく足が何かに引っかかって、ウイングノーツの体はドサッと草むらの中に投げ出された。

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