エルフ転生〜死ねない僕の死因探し〜
@nikaidou_jirou
第1話「落下」
「おはようございます、アラル様。本日は天気も良く、大変過ごしやすい1日となることでしょう。さて、さっそくですが本日のご予定です。身支度、朝食の後、マンドラゴラ畑の視察、その後11時から剣術指南、昼食の後、14時からドワーフ領大使との会談、17時より警備隊の謁見、19時から魔術基礎学の授業、夕食の後、私と魔術の実践練習、課題をクリア次第入浴、就寝となります。──よろしいでしょうか」
エルフ領ユグドラシル族長主家、通称アラル邸。
自室のベッドから目覚めたところで、寝耳に水、否、立板に水に今日の予定を告げられる。
彼女はユグドラシル族の族長である僕の秘書、兼主治医、兼メイド、兼魔術の師匠、兼側近、兼許嫁だったりする。
シルフィ=ラインフォード。
眼鏡が似合う超絶美女だ。
「いつも通り淀みないスケジュール説明ありがとうシルフィ。だが残念ながら僕には他にやることがあってね。今日の予定は全部キャンセルにしてもらっていいかな」
シルフィは長い耳をピクリと僅かに動かしたが、眼鏡の奥の瞳を曇られることもなく、木製ボードの上の羊皮紙に羽ペンを立てた。
「──かしこまりました。して、そのやることとは?」
「それはもちろん──自殺だよ」
そう言い終わるや否や、僕は枕元に置いてあった護身用の短剣を振りかぶり、自身の胸へと突き立てた。
魔力を帯びた鋭い刃は秘書が止める間もなくすみやかに僕の心臓を貫き、夥しい量の血液は純白のシーツを真っ赤に染め上げる、はずだったが──
パリィッン!!
純銀でできた短剣はガラス細工のように、ものの見事に砕け散った。
それは同時に、僕の自殺の51回目の失敗を示していた。
あーあ、と落胆を隠すことなく、僕は残念そうにため息をつく。
「今回はイケると思ったんだけどなぁ」
ベッドの上で死ねなかったことを嘆く僕とは対照的に、美人秘書は少なくともこちらから見る限りは真顔だ。流石に主人が目の前で51回も死のうとすれば、流石に慣れるのかもしれない。
「……短剣による自殺は、剣術指南の時に私の治療によって蘇生してから2回目です。ご存知の通り、アラル様に授けられた“不屈の加護”は一度克服した死因から2度と殺されることはない、というものですので、たとえ短剣を千度胸に突き刺そうと、死に至ることはありません」
「…………」
ものの例えで言ってるのはわかっているが、短剣を千度突き刺すっていうのはどんな拷問だ。
黒髭危機一髪かよ。
しかしよくそんな昔のことを覚えている。僕が剣術指南の時に渡された短剣を胸に刺して死にかけたのはざっと3年も前だ。流石はエルフ族、いや、流石は僕の主治医。治療した傷は全て覚えているということだろうか。
「今回はただの短剣じゃなくて魔法剣だったから別カテゴリーだと思ったんだよ。鍛冶屋の親父の話じゃ、ミスリル製の盾をも貫くって話だったからさ」
「裏通りの鍛冶屋のご主人の話でしたら七割が誇張、三割が虚偽ですのでその話の信憑性は薄いかと思われます」
おいつまりそれは100パー嘘って話になるじゃないか。
どおりで性能の割に安いと思ったんだ。
僕は領主の権限でクソ店主の店を営業停止にすることを心に誓い、シーツの上に散らばった破片を手で払った。
まあ仮に短剣の性能が本物だったとしても僕の心臓を貫くことは出来なかっただろう。
スモモも桃も桃の内ならば魔法剣もまた剣の内。
短剣は僕の死因足り得ない。その死は既に克服されてしまっている。
などと思っていると、
「いけません! アラル様!」
シルフィがまるでサラマンダーのような素早さでベッドに駆け寄り、僕の腕を掴んだ。
「手袋もせずに破片を手で払っては指を切ってしまいます! ここは私にお任せを」
シルフィは目を瞑ると、小さく唄うように、風魔法のスペルを唱えた。
途端、シーツの上の短剣の破片が一箇所に纏まって空中へと舞い上がる。
エルフ族が得意とする風魔法の特徴はその自由度と速さにある。風の規模、強さ、スピード、時間をスペルの詠唱の組み合わせによって瞬時にかつ自在に操ることができ、戦闘と生活の両方で幅広く活躍する。
シルフィほどの魔術の使い手で有れば掃除に箒もちり取りも要らない。
美人メイドはそのまま指先をくるんと回すと風に乗った破片の塊を木製のゴミ箱へと投げ入れた。
しかし、主人の自殺は黙って見守るのに、手を切るぐらいの怪我は見過ごせないとはどういう了見なのだろうか。
「短剣での自殺が失敗することは、剣を取り出したその時から分かっていましたから。しかしまさか破片をそのまま手で払おうとは思いませんでしたので。まことに失礼ながらまだ夢の中にいらっしゃるのですか、ご主人様」
なんともひどい言われようだ。無論、死にたい僕にとって手の傷なんてどうでもいいことなのだが。まあ彼女の親切を無下にすることも出来ないので、ここは良しとする。
こうなってしまった以上、切り替えていかなければならない。
何を? すなわち、死因を。
「いやあ、流石は僕の魔術の師匠だ。もはやこのエルフの里において風魔法で君の右に出るものはいないだろうね」
僕はベットからむくりと起き上がるとシルフィに背を向け、ゆっくりとベランダへ歩を進めた。
そこからは僕の領地であるエルフの里が一望できる。
まだ朝も早いので支配人たちも働いてはいない。
都合がいい、邪魔が入らなくて──もとい、ショッキングな映像を見なくて済む。
僕はそのままべランドの塀に背中を向け、寄りかかる。
そしてジッとシルフィを見つめる。
彼女は動かない。
「だけど、どうかな。いくら君でも、目の届かない、遠く離れた場所に、瞬時に魔法を発動させることはできないんじゃないかな? 例えばそう──この下の地面とかさ」
僕はそのまま仰向けに身を乗り出して、ベランダの塀を乗り越えた。
飛び降りるその瞬間まで、シルフィが魔法を発動する素振りはなかった。
エルフ一番の風魔法使いも流石に52回目の自殺は防げなかったということだ。
異世界だって重力は同じ。僕は引力に身を任せ、硬い大地が僕の頭蓋を叩き割るのを待った。
その刹那、昔の──ずっとずっと昔の、僕がまだ日本の高校生だった頃の記憶が、フィルム映画をコマ送りにするかのように、断片的に蘇った。
学校の屋上。フェンスを乗り越える僕。それを見る、クラスメイトと教師。
そんな、あいつらの顔は──
次の瞬間、走馬灯をかき消すように、僕の身体は勢いよく宙を舞った。まず天に向かって垂直に、そして僕の部屋のベランダを突き破って水平に。
空中に打ち上げられたエルフなんて、陸に打ち上げられたスイレーンよりも無力だ。
僕はみじろぎ一つ取れぬまま、自分が先程まで寝ていたベッドの上に、頭から勢いよくダイブした。
「ぼへええええええ!?」
いったいどういうことだ! シルフィはあの位置から地面に魔法をかけることなんてできないはずなのに!
「ええ、ですから、私は地面に魔法をかけてはおりません。愚かにもフェンスから飛び降りたご主人様に向かって、魔法をかけたのでございます」
シルフィはコツコツとヒールを鳴らしながら、ベッドに横たわる僕を見下ろし、淡々と、だがどこか冷ややかに説明する。
「ま、魔法をかけたって、いつの間に……?」
僕は飛び降りる次の瞬間まで、じっとシルフィのことを見ていた。魔法をかける動作なんて微塵もなかったはずなのに。
「ええ、ですから、あなたが飛び降りる前に、あらかじけめ風魔法をかけておいたのでございます。ご主人様が私に背を向けて、ベランダへ歩いて行く時に」
あの時か!
そう、僕だってわかっていたはずだ。風魔法の特徴はその自由度と速さにある。風の規模、強さ、スピード、そして「魔法が発動する時間」をスペルの詠唱の組み合わせによって瞬時にかつ自在に操ることができる。
あらかじめ魔法をかけておけば、時計のタイマーのように、時間差で風を起こすことも可能というわけだ。
だがまさか、僕がベランダに歩いて行った時点で、そこから飛び降りることを推測するなんて、誰が想像できただろうか。
「も、もし僕が飛び降りなかったらどうするつもりだったんだよ!? 天井や壁が破壊されるだけで済むかどうか……。今だってほら、フェンスが壊れちゃってるし」
正直僕に怪我一つないのだって奇跡だ。シルフィの魔法の絶妙な力加減の賜物だ。普通だったら首の骨を折っていたって不思議じゃない。
「壁やフェンスの一つや二つ、ご主人様の命に比べれば安いものです。なぜなら──」
私はあなたを愛しているのですよ?
美人な許嫁は冷ややかに、そして愛情たっぷりにそういった。
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