第39話 神様、見てますか?


 「すいません堀田さん、こんな状況で呼んじゃって」


 俺は助手席に乗り込みながら、申し訳なさで潰れそうになっている。


「……本当にどんな状況ですか。女の子二人と私に連絡の一つもなく飲みに行った挙句、二人とも潰して私を呼ぶとは。なかなかというか、普通、いませんよ?」


 毒が……痛いっ……!


「すいません。連絡入れなかったのは謝りますけど、この二人は潰したんじゃなくて勝手につぶれてたんですよ……」


「そんなの知らないですよ。罰として私とも飲みに行ってもらいます。いいですね?」


「えぇ、それは、なんで……ですか?」


「信頼関係を築くためです」


「信頼関係って……」


「信頼関係を築くためです」


「……はい」


 なんだか、地獄までのカウントダウンをスタートさせてしまったような気がするが、気にしたら負けだ。うん、きっと負けなのだ。


 相変わらず少しも表情を変えるわけでもなく、大きな大きな双丘を揺らしながら運転をしてゆく堀田さん。


 窓を少し開けると少し冷たく、気持ちの良い空気が頭を撫でる。


 外は、いつになく暗いような気がした。




「月子ー。起きてー」


 俺は一度来たことのある高級住宅街を背にして、車内でぐっすりされている月子を揺らして起こす。なんだか高そうな街灯や家のイルミネーションがすごい。なんか、すごいっ!


 数回大きな双丘と共に体を揺らすと、「んぁ?」なんてことを言いながら目を覚ます月子。


「ほら。家の近くに着いたよ月子。今日はさよならだよ」


「んぇ、んぁあ……え、もう?」


 途端に目が覚醒するというか、キマった月子さん。怖いです。


「結構序盤にお酒入っちゃって、寝たじゃん……」


「…………ほんとだ」


 もうすっかり目を覚ましたようで、時計で時間を確認したり、「うわぁ」なんてことをつぶやきながら肩掛けバッグをもって車の外へ出ようとする、が、足が地面に着く前にふと運転席の方へ向き直る。


「……そういえば、あなた、一夜のマネージャー?」


「……どうも初めまして。一夜君の専属マネージャー、堀田です。以後お見知りおきを」


「…………ふーん、そうですか。今日は送っていただきありがとうございました」


 そういって、止めていた動きを再開させ、外に出る月子。一瞬火花がたった気がするが、気のせいだろうか。気のせいにしよう。なんだか、今日は自分を洗脳することが多いなあ(遠い目)


「家まで送ろうか? 月子」


「いや、大丈夫だよ一夜。おやすみ」


「そうk——」


「ぎゅっ」


 唐突に、蛇蛇園での抱擁とは違う、確かに自分の意志で懐に飛び込んできた月子。焼肉の匂いと、いつもの月子のいい匂いがまじりあってなんとも言えない罪な香りに仕上がっている。それに、強制的に意識を仕向けさせられるような大きなたわわが、余すことなく俺の胸部の少し下に押し付けられる。


「えっ、ちょっと!?」


「よしっと。じゃ、また現場でねー!」


 こちらを見て手を振りながら去っていく月子。もしかしまだ酔っているのだろうか。そう思えるほどに月子の頬は紅く染まっていた。



 助手席のドアに手を掛け、扉を開くと暖房の温い空気が体に気だるく巻き付いてくる。それを切り裂くように助手席に乗り込む。


「すごく、仲がいいんですね」


 この温い空間に見合わない、底冷えた声で言うのは、運転席に座っている堀田さんだ。横を見ると、やはり表情を一つも変えることなく、眼鏡を布で拭いている。


「あぁ、月子は同い年だし、学校も一緒ですからね」


「そうですか。まぁ、そんなこと全く興味はありませんが。では出発しますので、結城さんを起こして、住所を聞いておいてください」


「あぁ、それなら大丈夫ですよ確か——」


「え゛?」


「…………え?」


「なんで、知ってるんですか…………?」


 珍しく、声を震わせながら、こちらを向く堀田さん。なんでって、そりゃ、泊まったからであって——


「…………あ゛」


「輝夜さんの住所を知っているのは、ぎりぎり、本当にぎりぎりセーフだとしましょう。えぇ。でも、同じ事務所だからと言って、なんで日本で知らない人はいない国民的女優の住所まで知っているのでしょうか」


 どうやら、神様は今日、とことん俺を困らせたいらしい。

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