第4話 教えを乞おう!②
「よし、準備完了!!」
舞さんと俺はジャージに着替え、一面の壁に貼られている鏡の前に立つ。
「にしても、ここ凄いな……シャワー室にキッチン、仮眠室まであるって、もはや家じゃん……」
「こんないい場所渡されて私も最初は正直めっちゃ驚いたよー。まぁ、ありがたくいただいたけどね」
テヘッ、なんて女子高生みたいな仕草をしながらウィンクをしてくる。やめてくれ、本格的に惚れてしまう。
「じゃあ、そろそろ見せてもらおうかな? まぁ、見る必要もないと思うんだけど」
何事もなかったように舞さんは端正な顔立ちを真顔に戻し、部屋にあったゲーミングチェアに座りながら言う。
「どう言う意味だよ舞さん……とりあえずもう
「えぇ」
「っ! ……ふぅ」
舞さんの圧にやられないように、深呼吸で自分を取り戻す。
こちらを見ている舞さんの目は先ほどの緩い雰囲気とは全く違い、真剣な目つきに変わっている。
昔から普段はおっとりとしているのに、演技が入れば鋭い雰囲気に変わる。昔はそのピリピリとした空気も好きだったが、今では恐怖でしかないのでできればずっとおっとり舞さんでいてほしい。
「……いきます」
あらかじめ用意していた台本を手に持つ。演技を誰かに見せるのは5年ぶりだ。あの時初恋が散ってから。
複雑に胸中で混ざりあう感情を整理し、台本に描かれた『彼』を演じるーー。
※
「ーー。終わりました。舞さん」
「…………」
演じている時はわからなかったが、いつの間にか普段ではあり得ない鋭い目つきになっている。そこまで悪い演技だったのか……。オーディション間に合うかな。
「舞さん?」
「……はぁ」
舞さんが体をゲーミングチェアにもたれ、一気に緊張を解く。と言ってもまだピリついているので一応敬語のままだ。
「ど、どうでした……?」
「相変わらずね。いや、少しは良くなってるかな」
「5年前と比べて、ですか?」
「うん」
うわぁ、要するに小学生レベルってことかよ……終わったな。
「あー、なんだか疲れた。よしっ、ご飯行くよ! ひーくん!」
相変わらず切り替えがとんでもないくらいに早い。これが舞さんの武器の一つでもあるのだが。
「え、ちょっと、今日の目的忘れてない!? 指導してくれる約束だったじゃん! 小学生レベルだったんでしょ!?」
「あー、大丈夫、大丈夫。そんじょそこらのオーディションじゃ絶対落ちないから」
「え、どういうこと?」
「んー、ひーくんは小学生の時から小学生じゃなかったからね。ただそれだけ」
意味不明だ。俺は5年前小学生だったぞ? それなのに小学生じゃない? 意味がわからない。なぞなぞか?
なんとか言葉の意味を理解ようとしたところ、舞さんの柔らかくて小さな手に俺の腕を持たれ無理やり引っ張られる。おまけに胸部の凶器を押し付けられながら。
「ほらっ、行くよ!」
「え、ちょっ!」
そしてそのまま抵抗しきれず、舞さんに手を引かれ30分ほど前に来た道を再び戻る。
「ちょっ、ちょっと舞さん! 急すぎない!?」
「もー、ひーくんのお願いは終わったんだから次は私のお願い聞いてよー!」
「いや、俺、今日何も教えてもらってない気が……」
「細かいこと気にしないのー!今日は飲むよーー!!!」
そのままの勢いで車に押し込まれ、舞さんおすすめの居酒屋に行くことになってしまった。
もちろん助手席に座らせられた。
※
白塗りの壁に囲まれた高そうな個室の一室。対面して座っているのは、日本を代表する、と言っても過言ではない女優、結城舞。
19歳にして日本の巨匠『黒石 剛』監督に主演を抜擢され、その年には日本アカデミー賞を獲得。それから数々のドラマや映画に出演し、日本で知らない人はいないだろう。
そんな凄い人が目の前にいる。ただし、べっろべろに酔っているが。
「小学生からほんっとかわりゃないよにゃーひーくんはー」
「ちょっと舞さん、飲み過ぎだって、何言ってるかわかんないよ?」
「うるーヒャい! ヒック。いつもいつも仕事仕事でやっと今日が休みなんだかりゃ、のまひぇてよ!」
うわ、もしかして、俺がその大切な休日半日潰しちゃったのか……今更申し訳無くなってきた……。
「俺のために大切な休日使っちゃってごめん……」
「うぐっ……う、うそっ、うそだよっ! それより、5年間連絡まってたのにどーしてれんらくくれなかったのぉ? まってたのにぃ」
相変わらずほっぺたを真っ赤にして、少し瞳を潤ませながらこちらを見てくる。その姿だけでも絵になってしまう舞さんは凄い。snsにでも載せれば一瞬でバズるだろう。
しかし、今は舞さん本体よりも、舞さんの口から出てきた言葉に疑問が出る。
「ま、まってた? 何を?」
「……こうしてお姉ちゃんを頼ってくるのを……まってた」
「そ、そうなの? な、なんでそこまで……?」
「なんでってぇ、惚れたから……だよぉ」
「えっ、惚れたってーー」
「失礼シャーす! 注文されてた唐揚げと生一丁でーす! それじゃあ、ごゆっくりーっす!」
最悪のタイミングで料理を運んできたチャラい店員に少々イラつきを感じながら仕方のないことだと割り切る。
そして先程の続きを聞こうと自分でもわかるほど火照った顔を個室のドアから舞さんに向ける。
しかし、舞さんは生ジョッキを持ちながら、命尽きたように机に突っ伏していた。
「えっ、ちょっ、舞さん!? つ、続き教えてよ!?」
「うにゃ……」
「うわぁ、完全に潰れてる……ていうか今更だけど……車……乗れないよね!?」
ヒュッ、と自分の喉が鳴るのがわかった。今の時刻は9時30分。もちろん夜の。
こんな時間に出ることなど、『死』を意味している。なぜかって?陰の血がそう言っているからだよっ。ふっ。
いや、知ってるよ。クソダサいことくらいわかってるよ。だから何も言わないでくれ。
もしも危ない人に捕まったりしたらどうするんだよ。危ないだろ?(小並感)
「さて、ほんとにどうしよう。タクシーでも呼ぶか?……お金持つかな……」
勝手に舞さんの財布から頂戴するのもダメだし……。ここのお支払いもあるし……。
「ほんとにどうしよう」
今更ながらに自分の犯した罪の重さを噛み締めながら、思考に耽る。
所持金は約2万。ここの食事代はギリ足りるとして、その後をどうするか……。
タクシーは家もわからない、お金もおそらく足りない。
と言うことは。
どこかで『休憩』しなければいけない、と言うこと。
これは不可抗力だ。
スマホを手に取り、【近くの 休憩】で検索する。いや、別にそう言うこととか全く期待してないし?
うん。安全を第一にね。
ここにしばらく居てもいいが、俺は高校生。11時以降に外出すると補導されてしまう。
なので、なるべく早くここは出たほうがいい。舞さんに水を飲ませる。
陰の血が外へ出るなと騒いでいる。収まれっ!!
……よし。多分大丈夫だ。
意を決して、呼び鈴を押す。先程のチャラ店員がコンコン、とノックして「ちわーす」と言って入ってくる。
「お会計をお願いします」とチャラ店員に頼むと、「了解しましたっ!」と元気よく返事を返しながら伝票をチェックする。
元気よく挨拶される時に挙動不審をかましたが、気にしたら負けだ。うん。
「はい、お会計1万9800円のお会計になりまーす」
「ヒュッ」
うそ……だろ?
行って6000円くらいだと思っていたのに……! これじゃあ、休憩もままならないじゃないかっ……!
それにこの会計が終われば個室から出なくてはいけない。要するに無一文で外に出なければ行けない。詰んだ。
あぁー、どうしよ。
今日の俺の全財産を震える手に乗せチャラ店員に渡す。
「あざっしたー! おつりはこちらになります! ではどぞ!」
チャラ店員は個室のドアを開け腕を出口の方へ向ける。
うぅ。
視線を下げながら舞さんを背中に担ぐ。凶悪なものを持っているのに体重は羽のように軽い。
(結構絞ってんだなぁ)
なんて思いつつ、陰の血のせいで震える手をなんとか制御し、居酒屋を出る。
辺りは繁華街で灯りも人も多いが、先程までいた居酒屋は少し道を外れているため辺りは暗い。
季節の変わり目と言っても、夜は冷える。舞さんは大丈夫かなと心配しながら、計画を立てられないまま出た己を猛烈に反省する。
さて、本当にどうしよう、と迷った瞬間ーー。
「大丈夫か?」
通常通り下を向いて考えていたところに、尋常でもないくらい低い声で声をかけられ、俺は本能的に察す。
(危ない人だ、死んだ)
「一夜……だっけか」
「えっ?」
自分の名前が出てきたことに驚きを隠せず目の前の危ない人(仮)を見る。
ちょうど顔の部分だけがどのようにか暗闇に隠され、本当に危ない雰囲気を纏っている。
「ヒュッッッッッッ」
本日三度目、恐怖で喉がなる。今日は刺激があまりに多すぎる。
「あーと、久しぶりだな。舞をありがとな」
俺だけでなく、舞さんも知っている? もう一度危ない人の顔を見る。今度は俺に視界を合わせて少し腰をかがめてくれたようで、顔がしっかりと見える。
「……もしかして……賀久おじちゃん!?」
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