デブでいじめられっ子の俺、美人女優とお近づきになるために痩せて俳優目指します。〜ところで美少女アイドルや売れっ子女優と仲良くなれたんですが、距離が近すぎませんか?

和橋

本編

第1話 痛みと決断

夏休み前日、今学期最後の学校、本来ならウキウキで登校できるはずなのに。俺は下を向き、憂鬱な気分で廊下を歩いていた。なぜかって? 


 理由はすぐにわかる。


「なんか臭くなぁい?」


 これだ。今日も始まった。いや、始まってしまった。


 一応気にして少し距離を空けて前を通ったんだから、そんなことを言わないでくれ。匂いはしないように毎朝気をつけてるんだぞ。


「きも」


 何? 学年で俺をいじめるのが流行りなの? 高二にもなったらインスタ映えとか気にしてろよくそ。


 その他諸々の陰口の嵐を耐えながら、やっとのことで教室に着く。教室についてもクラスメイトが陰口を言ったり、陰湿な俺をみてか、クスクスとに笑っている。


 ところで、陰口も本人に聞こえていたら陽口になるのか? いや、名前を変えても俺が受けるダメージは変わらないから考えるのもよそう。


 重い腰を下ろし(物理的にも)寝たふりをして、空き時間を過ごす。特に眠気はないのだが、完全孤立超絶ぼっち(名前がかっこいいから気に入っている)の俺にはもちろん話す人などもいない。


「うわ、またきてるしデブ人、きも」


 俺が寝たふりをした状態にも関わらず、オーバーキルをする様に俺の隣の席の名も知らないギャルがぽつりと言う。


 確かに俺はデブだ。まごうことなきデブだ。


 だけど俺の名前、陣堂の『陣』を文字ってあだ名にするのはやめてくれ。文字ってなかったらごめん。


 ちなみに下の名前は一夜ひとよと言って、親曰く、月が一番綺麗な時に生まれたから、という理由でつけてくれたらしいが、それならかの有名なノートに名前を書いたら死ぬ漫画の主人公とか、色々とかっこいい名前あったじゃん。


 一夜って名前通り、『夜』を『一』つに集めたような暗い暗い人生だよくそ。


 朝のホームルームが始まったので流石に寝たふりを辞め、顔を上げる。そしてホームルームはいつも通り緩やかに時間を消費して終わる。


「よおーし。今日が最終日だからなー。気を引き締めて行けよー」


「「はぁーい」」


 担任の気を引き締める気のない掛け声に合わせて、もうすでに気分は夏休みのクラスメイトが返事を返す。


 時刻は8時45分。今日は半日授業だが、これからあと4時間ほどもある。地獄だ。しかし、今日さえ頑張れば夏休みだと自分に言い聞かせた。





 そして4時間、惰性で過ごせていたのが、最後までそう上手くいく訳もなかった。


 最後の最後、それは終わりのホームルームが終わった直後のことだった。


「ちょっと。なんで学校来てんのよ。きも。さっさと辞めちゃいなさいよ」


 同じクラスなのにそれを今言うか、と思いながらも視線を上にあげると、そこには茶髪のボブのそこそこ端正な顔立ちをこれでもかと歪めている女がいた。俺は汚物かよ。


 しかし、不運な事にこいつの事を俺はよく知っている。


 幼馴染で、同じ養成所だった椎名 恵だ。


 こいつは俺と同じ時期に親同士仲が良かったこともあり、同じ養成所で演技を練習してきた。彼女は順調に女優として成長しており、そこそこのところまで来ているらしい。俺は5年ほど前に行ったのが最後だが。


 幼い頃はそれなりに仲が良かったが、気づけば、関係は氷点下よりも冷たいものとなっていた。


「しょうがないだろ、俺だって学校行かなきゃなんだし……」


「なんて言ってるかわかんないんだけど!? てかきもいから喋んないでくれる? これだからド陰キャは。はぁきも」


 ため息つきたいのは俺の方なんだが。それに息を吐くように罵倒をするのは流石にイラつくからやめてほしい。


 しかし、言い返したくとも言い返せない。


 理由は単純明快。カーストが違いすぎる。先ほど言ったように、曲がりなりにも彼女は一応女優。そんな彼女に逆らったらどうなることやら。


 ただでさえ地獄の学園生活が、修羅の道になってしまう。


「てか、あんたいつウチ辞めるの? 早く辞めてくれないとうちの輝かしい経歴があんたがいる事によって汚れるんですけど?」


「そんなこと言ったって、親が辞めさせてくれないんだよ……」


 親が辞めさせてくれないのは事実だ。なぜか安くない費用を5年も払っている。


 しかし彼女がここまで迫るのは、おそらく今彼女が所属しているアラタ芸能事務所が、今名前だけ俺が所属している養成所の上部組織だからだろう。しかし、俺が在籍していたって、対して変わらんだろうに。


「はぁ!? 今日にでも言ってきなさいよ! やめるって!」


「わかったよ、わかった、言うよ」


「ふんっ。それでいいのよ。じゃ、しね」


 最後の言葉がしね、とは。マゾが大層喜びそうなセリフですこと。ちなみに幼馴染だからといって甘ったるいラブコメがあるなんて古の幻想を抱いたらいけない。こいつはいかにもイケイケなサッカー部の部長と付き合ってやがる。


 まぁ、あいつが誰と付き合っていようが関係ない。俺のあいつへの初恋は5年前には終わってるんだ。椎名の足音が消えた事を確認し、俺も教室を出る。


 やっと帰れる、そう思ったのも一瞬だけだった。ふと顔顔を上げると目の前にはなぜか、例のイケイケな椎名の彼氏が立っていた。


 すぐさま俺は視線を定位置の下へと持っていく。


 彼女の忘れ物を取りに来たのか? なんて思いつつその場を後にしようとするが、肩をグッと掴まれる。


「おい」


 声がとんでもにくらいに低い。本能的にこいつが怒っていることを理解する。


「な、なんですか」


 震える小鹿のように返事を返す。生意気なやつだなんて思われたら一貫の終わりだ。


「テメェ、俺の女と何話してた」


「え、いや、特に……」


「嘘つけぇ!」


 下を向いていると唐突に右頬を衝撃が襲う。


「っっっ!?」


 殴られ……た? なんで? 唐突すぎやしないか?


 顔を上げて初めて目の前のやつと目を合わせる。怒っている『ふり』をしていることは瞬時にわかった。


 だがなぜか目が笑っている。


 まさか、楽しいのか? 俺を殴って?


 どこからともなくクスクスと笑い声が聞こえてくる。ひきつるような独特な笑い方だったのですぐに誰か気づく。


(椎名だ)


 昔から変わらない笑い方、あの頃は可愛く思えたのに。


 いまでは悪魔の笑い声のように聞こえる。


「おい聞いてんのかぁ!!」


 俺は怒号と共に飛んでくるパンチと共に全てを察する。目の前のイケイケは椎名と共謀して俺を殴り、楽しんでいる。


 そしてそう予想がついた頃には俺の意識は飛んでいた。


 



 テレビの光だけが刺す部屋で布団にくるまりながら嗚咽を出す。


「くそっ、痛い、痛い、どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだよっ」

  

 気を失ったあとも殴られたり、蹴られたりしたようで全身が痛い。夏休みにやっと入ったと言うのに嬉しくもなんともない。


 そんな時に一番聞きたくない類のテレビが流れる。


『今週も始まりましたぁー! 役者の裏表! いやー今回はですねーー』


 どうしても椎名を思い出してしまう。芸能界には特に悪い思い出はない。


 というかなぜか俺はよくしてもらっていた方だと思う。でも、どうしても椎名が頭をよぎる。


 だから、今だけは聞きたくない。


 そう思い、痛む体を動かしてリモコンを探す。が、こう言う時に限って全く見つからない。なんでだよ。いつもならすぐ見つかるのに。


 視界がぼやける。


「あれ……? おかしいな」


 一滴の滴が頬を伝う。


「あぁ、くそ」


 諦めてテレビを消すことを諦め、再び布団に潜る。しかし、いやでも耳には声が入ってくる。


『ーーいやぁーそうなんですねぇ! では次は、個人的に気になったこと一ついいですかぁ?』


 語尾が特徴的な聞き慣れた声の男司会。


『どうぞ?』


 こちらの少し低めの声は、かなり有名な演技派女優。


『前から気になってたんですけど、なぁんで女優さんと俳優さんが結婚することが多いんですかぁ?』


 そんなの出会いだろ。良い顔と良い顔が出会えばそうなるさ。


『私の話になってお恥ずかしいのですが、実は夫の顔は正直全くタイプじゃなかったんです』


 は? 確かこの人の夫も爽やか系イケメンの俳優さんだろ? 何言ってんだか。


『へぇ、ではなぜ?』


『実は、あるドラマで一緒にならせていただいた時があって、その時の役が、恋人役で、そのぉ、なんといいます、イチャイチャ? と演技でさせて頂いてたら、役の外でも本当に気になり出してきて、そこから、今の状態にですね……あはは、恥ずかしい』


 ……まじかよ?


『はぁ! それは夢のある話ですねぇ! 私も目指して見ようかな!』


 確かに、女優と俳優がよく結婚するとは思ったことがあったが、まさか。


『いやぁ、古地さんにはもう遅いですよぉ』


 スマホを取り、今までに結婚した役者カップルの共演作を見てみると……。


「……うわ、まじかよ。8割そうじゃん」


 ことごとくそうだった。美男美女に関係なく、結婚した役者カップルの八割は何かしらのドラマか映画で恋人か、夫婦役をしていた。


「おいおいおいおい」


 夢のなかった俺に、将来に絶望しかなかった俺に、一筋の光が刺した気がした。これを逃したら、一生輝ける機会はない、そう直感で感じた。


「これは、チャンスだ」


 そして今はちょうど夏休み。


「また、もう一度、目指してみるか」


 あの時俺のひ弱な意思のせいで、ずっと逃げてきた、夢。


「そうと決まれば、早い方がいい」


 痛みも忘れ、俺は歩き出していた。

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