代溝噛業豪郷号

ふるあけ

代溝噛業豪郷号

「おい、新人。法務大臣からのExecution Reportは届いたか? 」

「え、エグ……なんです? 」

「Execution Report、うーんと、あー、えー。執行するためのレポートだ。ふん。全く、今の若者と言ったら、こんな簡単な単語もわからないのか。」

「はあ、外で育ったもので。」

「内育ちが必死に学んで外へ出て革命を起こしたっていうのに、嘆かわしいものだよ。そんなにやせ細ってしまっているし、髪に艶もない、腕も細いぞ。食べ足りているのか? 」

「ええ。近頃はプロテイン入りのスムージーを飲んでいるのです。一日分の野菜や果物がぎゅぎゅっと凝縮されていますし、何より、鮮度を選びませんから。軽くて持ち運びも便利なのです。私の引き出しに幾つか常備していますから、後で持ってきますよ。」

「ふん、前政府の置き土産か。」

「なかなか侮れませんよ! 特にこれ! スマートフォンです。 」

「ああ。通称スマホだ。まあ、私はスマートフォンよりもタブレットだったが。」

「タブレット。」

「ああ、タブレットだ。ほら、さっきの単語と一緒にスペリングをそのスマートフォンに打ち込んでやろう。あ、手描きが良いか。どちらがいい? 」

「自分でもできますよッ! 」

「本当かぁ? どこに書き込むかわかるか? 」

「はい! え、えーっと。メモですよね。ゔ―ん。」

「かしてみなさい。」

「はい。」

「おや、これは字が大きくて便利だ。見やすいし、押しやすい。」

「イー、エックス、イー。」

「イーぃ、エックス、イーッ、」

「シー、ユー」

「スィー、ユーぅ? 」

「ティー、アイ、オー、エヌ。」

「テーィー、アァイ、オーォ、エンンンヌ。」

「これがExecution。執行、という意味だ。」

「しっ、こ、う。と。」

「ティー、エー、ビー。」

「ティーイ、エェー、ビィぃー。」

「エル、イー、ティー。」

「エッル。ィいー、ティー。それで、そのタブレットとやらは何ですか? 」

「タブレットは、そうだな、そのスマートフォンがもっと大きくなったものだ。内に居た頃はもっとぶ厚いものだったがどんどんどんどん薄くなっていたのを覚えている。そのスマートフォンも一緒に薄くなっていた。」

「へえ、すごい! 」

「触るだけでなんでも出来てしまう。君は外で育ったから、普段は筆記用具を使って居るだろう。」

「ええ、ペンとか鉛筆とか。」

「最初は消しゴムで紙がよれて大変だったろう? ペンで書いて、うっかり書き間違えてしまって。しまったーッて。」

「なりました。ここへの履歴書も大変でしたよ、何回も紙を無駄にしました。」

「それがスマートフォンやタブレットになると、全部なくなる。消せば紙がまっさらになるし、逆を言えば、無から有を生み出すことがことが出来てしまう。だから前政府の者たちは、電子機器が発達してもハードコピーにハンコという手法を使って居てね、我らが新政府の指導者たちも踏襲したわけだ。前政府の者たちもまさか、踏襲されたものが自分の身に降りかかるなんて。革命からまだ二週間、新政府の焦る気持ちもわからなくもないが、急ぎすぎではないか。」

「でも、いつまでも彼らを国会議事堂に閉じ込めるわけにはいかないでしょう。はい、どうぞ、これです。ハンコをよろしくお願いいたします。」

「ありがとう。」

「それにしても、便利ですね、電子機器って。」

「今のうちに充電をしておけ。今後どうなるかわからんからな。」

「充電ってなんですか? 」

「ちょっと、これどこから持ってきたんだ? 」

「地面で動いて居ないひとがいて、突然音が鳴っていたのを見つけて。すぐに止まったんですけど、たまにまた鳴りだすんです。どうしようかわからなくて、とりあえず、持ってきたんです。」

「電子機器って言うくらいだから電気が必要で、それを内部で貯蓄しておくことによって持ち歩きを可能にしているんだ。だから充電器につないで充電をする。それで次も使える。」

「もしかしてしっぽみたいなものですか? 」

「しっぽにもいろいろ種類があるが、しっぽの一種だ。」

「へえ! これが終わったあとでまた人に聞きに行ってきます。」

「これって言うな、今から処刑される旧政府の者たちに必要なものたちを運んでいるんだ。大事な仕事じゃないか。」

「でも、僕、執行員に応募しただけなのに、どうしてこんな雑用なんか。」

「ははは、実は私にもこの本たちはさっぱりだ。どうやら毎回執行前にハンコの作業のあとにこの本を読ませるんだそうだ。この本には我々の先祖の話が書いてあると聞いたことがある。」

「ハハァ、じゃあ人間たちっては死ぬ前に僕たちのことを思って死んでいるんですか。じゃあこのスマートフォンの持ち主も僕たちのことを思って死んだのかなあ。」

「そうかもしれないな。」

「アハハ、面白いですね! 」

「そうだな。」

「よいしょ。」

「さあ、頑張れお前に任せたぞ。私は二足だけで歩くのが少し苦手でね。」

「内育ちですもんね、仕方ないですよ。あ、内での生活ってどうだったんですか? 」

「どうも。朝に起きてスマートフォンとかタブレットを渡されて。それで飯が出されたり、眠ったり。色々忙しなかったかなあ。」

「親しかった人は居たんですか。」

「いんや。私は両親に育てられたからね。それも出所前までだが。」

「へえ! 出所のとき、どうだったんですか。」

「皆で相談して、出所する談判をしに行ったが、駄目でね、こっちから出所することにした。出た当初は皆最初は苦労したさ。殺されたり、また捕まったり。だが我々は逞しかったさ。こうして君みたいなのんきな若者が出てきて、少し嬉しいところもある。」

「そうですか。」

「ああ、そうさ。」

「……」

「……」

「空気銃の使い方は、わかるか? 」

「ええ、研修を受けました。完璧です。」

「そうか。あ、そうだ、お前バナナ食うか? 」

「ええ、食べませんよ、今持ってるバナナ、それハンコしかないじゃないですか! 食べたくないです! 」

「そうかぁ。じゃあ私が食べるよ。 美味しいのに。」

「まったく、ハンコで許可とか申請ってバカげてますよね! 大したこと書いてないし、ハンコは大体ありあわせで! 」

「仕方ないさ、意味がわからなくとも、それが踏襲というものだからね。入郷随俗さ。」

「なんですかそれ。」

「なんだろうなあ。」


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代溝噛業豪郷号 ふるあけ @heigo_yang

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