絶滅危惧種の保護活動をする高岡君は、桜井さんを保護することになりました。

ふみ

第1話

「桜井さんは、小説とか読む?」


 それまで会話らしい会話をしたこともなかった相手から突然の質問を受けることになりました。質問者は高岡和宏君で、高校に入学して同じクラスになった男子です。


「……。」


 質問はあまりにも突然の出来事で、どう答えればいいのか分からず返事をすることが出来ませんでした。私からの返事がなかったことで、残念そうな顔だけを見せて離れていきます。



 高岡君が休み時間に読書をして過ごしている姿はよく見かけました。男友達が周囲で話し始めると読んでいた本を閉じて、黙って聞いている様子が好きでした。

 空を眺めていたり、草花を観察していたり、不思議な雰囲気のある人ですが、女子からの人気は高かったです。

 

 同じクラスになって半年ほど女子と話している場面は数回しか見たことがなく、突然話しかけられたことで動揺してしまいました。


 彼と同じ中学出身者からの情報によると、


「女子からの人気は高かったけど、少し変わった人。」


「詳しくは分からないけど、絶滅危惧種の保全活動に取り組んでるらしい。」


 と言った情報は得ています。

 高校生が「絶滅危惧種の保全活動」に取り組んでいることは驚きましたが、それが理由で「変わった人」になっているのかもしれません。


 対象動物は「かなり希少」で「野生のモノ」は高岡君も見たことがないらしく、その動物を探すために「進学校」へ入学する必要があったそうです。


――どうして、絶滅危惧種の動物を探すために高校が関係あるのかな?……大学で研究するためかな?


 でも、高岡君のこれまでの成績は学年全体の下の方です。大学受験のために頑張っている様子は見られませんでした。それどころか、テストの後で先生から注意されているような人です。



 ところが、次のテストの結果は全く違う物で、学年で6位になっていました。上位100位以内が廊下に掲示されるのですが、突然の登場に皆が驚きます。


「どうしたんだよ、いきなり上位じゃないか?」


 同じクラスの男子たちが高岡君を囲んでいました。そこで聞こえてきた高岡君の返事が予想外過ぎて困惑します。


「あぁ、今回はちゃんと答えを書いたからね。」


 質問した男子も意味が分かりません。「ちゃんと勉強した」であれば理解出来るのですが、「ちゃんと答えを書いた」ということは今まで答えを書かなかったことになります。


――テストで答えを書かないなんてことあるのかな?


 絶滅危惧種の研究をするために勉強している可能性もあるので、本当は勉強をしていただけかもしれません。でも、高岡君の言い方は勉強しているのを隠すためとも思えませんでした。

 最初に話しかけられた時に答えなかったことを後悔しています。今すぐに「どういうこと?」って聞いてみたくて仕方ありません。



 気になってしまえば、自然と目で追ってしまいます。

 高岡君は、よく躓きます。僅かな段差で躓いて転びそうになっている場面に何度か遭遇します。

 委員会で一緒になった原英明君が、高岡君と小学校から付き合いがあることは知っていたので思い切って聞いてみることにしました。


「……高岡君って、運動はダメなのかな?」


「いや、一部の球技は全くダメだけど、それなりに運動はできるよ。……急に、どうしたの?」


「えっ、特に理由はないんだけど……、なんとなく。」


「この前のテストで急に4位の桜井さんに迫ってきたから、驚いてる?……それで、運動の方はどうなのか気になった?」


「そういうわけじゃないけど、よく躓いて転びそうになってところを見てたから……。」


「あぁ、それね。……それは気にしないであげて。」


「えっ、うん。そうだね。……でも、急にテストで良い成績になってたのは驚いたよ。他の子たちもビックリしてた。」


「まぁ、あいつが普通に答えを書けば、当然の結果なんだけど。……あいつ変なところで頑固だから。」


「……頑固なの?」


「頑固で変わり者。……でも、いいヤツだよ。」


 小学校からの友達に「いいヤツ」と言える原君も「いいヤツ」なんだと思いました。でも、やっぱり高岡君が「変わり者」であることに間違いはないようです。


「ところで、桜井さんは小説とか読む人?」


「えっ!?」


「……いや、そんなに驚かなくても……。ちょっと聞いてみたかっただけなんだ。」


「あ、ゴメンなさい。……ちょっと前に、高岡君からも同じ質問をされたことがあって、ビックリしちゃっただけなの。」


「……あいつが同じ質問を桜井さんにしてたんだ。」


 そう言うと、原君は私をジッと見てきました。何かを観察するように見てきます。突然のことで驚きましたが、納得したように小さな声で話しています。


「あぁ、それでテストも……。まぁ、桜井さんだろうとは思ってたけど、もう聞いてたんだ。」


「……あのぅ、どうしたの?……何かあるの?」


「ゴメンゴメン、こっちの話なんだ。……それで、桜井さんは何て答えたの?」


「それが、あまりにも突然で、その時は答えられなかったの。」


「そうなるよな。前置きもなしに、いきなり質問してきただろ?」


「う、うん。」


「……でも、たぶん桜井さんに同じ質問をすると思うから、準備はしておいてあげてくれよな。」



 原君からは言われましたが、最初の質問で失敗をしてから一度も高岡君が話しかけられることはありません。


 モヤモヤした気持ちのまま時間だけが過ぎていきます。高岡君は女子からの人気も高い人なので、もしかすると他の子に同じ質問をして私の出番はなくなったのかもしれません。


 それでも、もし次に話しかけられることがあれば、ちゃんと返事をするために心の準備はできています。話をしてみたい気持ちはありますが、話しかける勇気がありません。



 秋になり、文化祭が近付いてくると高岡君がギターを持ってきていることに驚きました。軽音楽部のバンド演奏に応援で加わることも知って、更に驚かされます。


「高岡君、ギター凄く上手いんだって。」


「文化祭で、高岡君が作詞作曲した曲も演奏するんでしょ?」


 別の場所で盛り上がっている女子たちの会話が自然と耳に入ってきて気になってしまっています。帰宅部だった高岡君が音楽に興味を持っていたことは意外です。


「……でも、それなら軽音楽部に入って一緒にやればいいのにね?」


 同じ疑問を持ってくれた子には感謝したいです。


「よくは知らないんだけど、『大事な活動』があるから忙しいんだって……。」


 部活に参加するよりも「大事な活動」がある。それがきっと「絶滅危惧種の保護活動」だと予想しましたが、今回の盛り上がりで違う意見を聞かされることになりました。


「もしかしたら、他の学校の子と付き合ってたりするんじゃない?……それで忙しいかもしれないよ。」


 「えー?まさか!?」と盛り上がっている声も聞こえてきましたが、そのことで動揺している自分が嫌でした。


――高岡君は私に話しかけてくれていたのに……。でも、何も答えなかったのは私……。


 そんなことを考えてしまうことに自己嫌悪でした。きっかけはあったのに、自分が一番でいられなくなったことを後悔する自分勝手な自己嫌悪です。



 文化祭の準備で慌ただしくなる教室で、高岡君は窓から外の景色を眺めていました。同じように空を眺めている姿を何度か見ましたが、彼の周囲だけ時間の流れ方が違うように感じてしまいます。

 「何をしてるの?」それだけの言葉が出てきません。そして、「私は高岡君が好きなのか?」にも、まだハッキリした答えを出すこともできていませんでした。



 何も進展しないまま文化祭当日を迎えることになります。

 ただ一度の失敗で自己嫌悪しているだけの状況は嫌で、高岡君の参加しているバンドの演奏を聞きに行くことにしました。


 クラスの出し物は「大正浪漫喫茶」で、レトロな雰囲気のメイド姿をさせられています。友達から「茅乃の雰囲気に似合ってて、すごく可愛い」の言葉を信じて、恥ずかしい気持ちはありましたが、メイド姿のまま鑑賞です。


――もしかしたら、ステージで演奏中の高岡君に気付いてもらえるかもしれない……。


 そんな淡い期待を胸に秘めて、普段しないことをしている自分に少しだけ燥いでしまいました。ただ、少しだけ燥ぎすぎてしまい、出番前にステージ裏で準備していた高岡君に発見されてしまいます。


 メイド姿の私を発見して驚いていた高岡君の口が『ありがとう』と動いたように見えたのは錯覚だったのでしょうか。



 ステージの上でギターを弾いている高岡君の姿は、いつもと全然違う人でした。


 文庫本を読んでいたり、友達の会話の聞き役になっていたり、空を眺めていたり、穏やかな時間の中にいる彼とは全然違っています。演奏された5曲のうち2曲が高岡君の作った曲でした。


 高岡君の弾いているギターは素人の私でも分かるくらいに上手でした。そして、歌詞で使われている言葉の一つ一つが繊細で、すごく切ない気持ちになります。私は生まれて初めて音楽を聞いて涙を流しました。



 今なら、高岡君に「桜井さんは小説とか読む?」と聞かれることがあれば、迷わず「読みますよ」と答えられるのに。それがあの時にできていたら、もっと違う感情で音を楽しめていたのかもしれません。


――本当にまた、同じ質問をしてくれることはあるのかな?


 音や言葉に感動しただけではなくて、そんな後悔も溶け込んだ涙だったと思います。



 それからも、高岡君が話しかけてくることはありませんでした。


 成績を競い合っているような関係になってしまっていることは残念でしたが、せめて順位表に並ぶ名前だけでも隣りにいたかった。近くにいられる実感が欲しかった。

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