先輩聖女達のヌルっと誤算と防衛策

 私の名はシルヴィ・バルト。サルーム大聖堂所属の聖女です。


 私付きの修道女、エリーゼから今日は聖水聖成は休むように告げられました。


 「上級聖水が足らないのでしょう?大丈夫かしら」


 私シルヴィは神殿で二名しかいない上聖水を聖成できる聖女なのです。その責任感もありますが、他の聖女たちから『サボっている』と陰口を言われるのがこわいのです。聖女全員で上聖水にチャレンジして私が成功した時も『体が大きいから魔力も大きい』『体重で魔力を圧縮できる人はいいわね』というのがきこえました。


 ぽっちゃり体型がコンプレックスでダイエットも試みたのですが、魔力への影響が出てしまい、今は自然にしています。

 体が大きいから魔力があるのと、体重で圧縮してるって案外そうなのかも……。


 《シルヴィはそんなことを自虐的に考えていたが、実際には太目ではあるがシルヴィの顔立ちは整っていて美人なのである。また魔力もあり、聖女たちの陰口は彼女らのシルヴィに対するコンプレックスの裏返しに他ならない》


 「話題の奔放聖女が上聖水を五十本も納入したそうですよ。今回は品質も良く、金色よりの薄黄色判定だったそうです」

 「すごいわねぇ…。聖女判定式の時に、背中のあいた真っ赤なタイトドレスで来た子よね。美人でスタイルもよくて、魔力も高いなんて……」

 「美人というのならきちんとメイクをしたらシルヴィの方が美人ですよ」

 「えっ?」

 「彼女はメイクも手馴れていますね。判定式の時はわざと派手目にはっきりしたメイクで、聖水を納入に見えたときは治療院経営者らしく癒し系の柔らかさを印象付けるメイクでした」

 「ああ、治療院ね。あそこもしばらく行ってないわ」


 奔放聖女ことフランソワーズに治療院を譲ったオレリーは、王立学校聖女科時代からの親友でした。休日にはよく遊びに行き、『神殿を辞めたらうちに来て一緒に治療院をやろう』なんて言ってくれていたの。でもいきなり脱聖女して結婚してしまったのには驚いたわ。そのことを報告された時はバツが悪そうながらもとても幸せそうでうらやましかった。


 「そういえば、オレリーがいなくなってから、外出してないなぁ…」

 「あら、それはよくないですわね」


 エリーゼは困った顔をする。


 「今日はお休みにしたのだから、外出して気分転換しましょう!」

 「えっ?」

 「そうと決まれば、私がホンキでメイクするからね。さっき言ったのを証明するから!」

 「決まればって……」

 「じゃあ、シャワーを浴びてきて。その間にメイクの準備をするわ」

 「えぇぇ……」

 「はやくはやく!」



◆ ・ ◇ ・ ◆ ・ ◇ ・ ◆



 俺の名はエルマー・フンボルト。サルーム大神殿の神殿騎士をしている。


 ここヨルサルームの町は聖都と呼ばれるように大神殿が中心だ。だから神殿騎士と言っても町全体の治安も守っている。ちょうど今は神殿騎士と王都騎士と高ランクの冒険者で戦士系とアンデッド系の戦闘についての合同訓練と情報交換会議がここヨルサルームで行われている。

 通常の合同訓練・会議は王都ヒルサルームで開かれるのだが、対アンデッドということで聖水も入手しやすい聖都ヨルサルームで開催されているというわけだ。


 これまでの常識だと物理攻撃は復活するアンデッドには効果が低く、ゴースト系には全く効かないとされていた。武器も光魔法を付与した『祝福された剣』などでの攻撃のみが有効であった。そのため光魔法、聖水攻撃のみでたたかうというのが常識だった。

 ところが勇者トモドール・キムボウによりもたらされた情報に色めき立った。

 勇者トモドールは彼のブレイブ・ソードに聖水を霧吹きしてまとわせ、ゴースト系も斬撃したというのだ。最近出回り始めた上聖水が効果的でリッチも斬撃で倒したという。初日にそれを聴き、すぐに神殿で残り一つだった上聖水を入手して大事に持っている。


 今日は町の警備当番なので、大通りを中心にたまに裏通りをパトロールしている。女性の二人組が大通りから裏通りへの道に入るところが見えた。裏通りが治安が悪いとは限らないが、何か起こるとしたら裏通りと決まっている。念のため二人組を追いかけた。

 案の定柄が悪い、というほどでもないがチャラそうな二人組が道脇にしゃがんで女性たちを目で追っていたが、騎士服の俺の姿を見ると二人で話しこんでいる風な様子に代わった。急に前方の男たちの様子が変わったので女性二人が何事かとこちらを振り向いた。


 「姉さん、どうしたんだ? 今日は休みじゃないだろう?」


 なんと一人は神殿に所属する俺の姉だった。

 もう一人は柔らかな表情の凄い美人だ。姉の友人にこんな人はいなかったはずだ。健康そうで艶々している。結い上げた髪を後ろでまとめてすっきりしてとても清楚な感じだ。もしやどこかの王族が神殿を訪れお忍びで案内をしているのかもしれない。そう思ってチャラ男たちから距離を置いたところで小声で聞いた。


 「姉さん、神殿にいらしたどこそのお姫様をお忍びで案内してるのか?」


 二人は目を丸くしている。『なぜわかった?』というところかな。ゆったりとした質素な服で偽装しているがその美しさは隠しきれないからな。



◆ ・ ◇ ・ ◆ ・ ◇ ・ ◆



 私の名はエリーゼ・フンボルト。サルーム大聖堂に所属する聖女付きの修道女です。


 私の担当する、ちょっと過労気味の聖女シルヴィに休みを取らせて、町に繰り出しました。

 裏通りにある隠れ家スイーツのお店に行こうとしたら、ナンパ目的らしいチャラ男くんがいて軽くあしらおうとしたら急に態度を変えて知らんぷりをするので後ろを振り返ると、神殿騎士の制服を着た弟のエルマーがいました。

 私より下のシルヴィよりも年下で、去年神殿騎士になりました。

 私が本気でメイクして仕上げたシルヴィをシルヴィと気づかず、神殿訪問の他国の王女様と勘違いしてドヤ顔する始末。神殿騎士が神殿所属の聖女をわからないってどうなのよ。


 「あんた馬鹿? 神殿騎士が聖女の顔を知らないって……」

 「え?」

 「お姉さんにはお世話になっています。聖女のシルヴィ・バルトです」

 「姉ちゃんが担当のシルヴィさん……って、ええっ!?」

 「これがシルヴィの真の姿よ。この姿だと神殿に男どもが押し寄せちゃうから普段は地味にしてるのよ」

 「エリーゼ、そんなことを言って!」

 「そうだわ、折角だからここからフラン治療院までシルヴィ姫を護衛しなさい」


 順番変更でフラン治療院に行くのを先にしました。エルマーってば、小さいころに世話してくれた侍女のルイーゼが大好きだったのよね。今日のシルヴィの髪の編み上げ方はぽっちゃりだったルイーゼから教わったものだし、年上でふくよかなんてエルマーのどストライクだわ。

 シルヴィもエルマーみたいな細マッチョがタイプみたいで真っ赤だわ。自分を知ってるはずのタイプの年下男子から異国のお姫様と勘違いされただなんて、インパクト大きいわ。

 治療院に着くまでエルマーが盛んに騎士の合同研修の話をしたりして、ほほえましいわ。


 「それで一つだけ残っていた上聖水を何とか入手できたんです。これです」

 「あら、それ私が初めて聖成に成功した上聖水だわ!」

 「え? そうなんですか? うわー、ラッキー。お守りにしてこれは使えないな」

 「ちゃんと使ってください。それで、もしよければちゃんと効果があったか教えてください」

 「もちろんです、演習なんかじゃなくて本番で使いますよ」

 「本番?」

 「アンデッド討伐の時に、これを口に含んでサーベルに霧吹きにすると効果があるらしいんです」

 「口にですか!」


 シルヴィったら、おさまったと思ったら、また真っ赤になってるわ。



◆ ・ ◇ ・ ◆ ・ ◇ ・ ◆



 フラン治療院。ここがオレリー治療院だったころにはよく来たわ。久しぶりに来て少し雰囲気は変わったけれど、模様替え程度で、オレリーの雰囲気が大切に残されてるわ。フランソワーズって風評はあるけれどとてもいい子みたい。

 オレリーから私のことは聞かされていたみたいで、すぐに打ち解けた。実習中に私がここに来た時のことも覚えていてくれたし、今日のメイクもとても褒めてくれた。私の体型でも野暮ったく見えない服選びのコツも教えてくれたわ。


 「ところで、オレリーの突然の結婚なのだけれど」

 「私が先輩に純潔を守りながらの癒しの秘術を教えてあげたのだけれど、慣れによる油断で失敗してしまったと思うのです。先輩はそういうところがありましたから」

 「わかるわ、料理もとても上手なのにおかしな思い付きで変えて台無しにしてしまったり」

 「わかります。オレリー先輩あるあるです」

 「それで、その秘術っていうのは、難しいものなのかしら……」

 聖女の秘術ということでエリーゼにわからないように教えてもらいました

 「そんな、そんなことをしても大丈夫なの?」

 「きちんと準備と練習をして、守る準備もすれば大丈夫です」

 「心理的には……」

 「シルヴィ先輩、神殿の魔道具が判定する純潔とは印象的なものでは無いのです」

 「そうなのね」

 「このガーゼと絆創膏が重要です。おそらくオレリー先輩は……」


 この秘術があれば、もしエルマーが……。そんなことを考えてしまうのは恥ずかしいけれど、聖女としての可能性について目から大きな鱗が落ちた思いだわ。


 翌日、エリーゼのおかげでリフレッシュして仕事に戻れました。

 聖水聖成の新たな試みがの説明がありました。聖女が信頼するパートナーのサポートを受けて聖水聖成する試みです。聖水には聖女が一人で魔力を込めるのですが、その聖女に聖力をサポートして魔力の高まりと集中化を助けるものです。


 「エリーゼは、魔法は使えないのよね」

 「ええ、私は魔法は使えませんし、魔力は強くありません。思考と速さに偏っております」

 「エリーゼにサポートしてもらえれば安心でよかったのだけれど」

 「弟のエルマーも魔法は使えないのに、魔力だけはありますね。身体強化に全フリで筋肉馬鹿になってますけど」

 「エルマーは、魔力が、強い、の?」

 「ええ、私が『姫に仕えろ』といえば喜んで協力すると思います。サポートが可能か試してみますか?」

 「そそそんな、わわたしはよくても、エェルマーに聞いてみないと」

 「わかりました。午後呼びますので、お試しで」

 「えええええっ」

 「身体強化の要領で姫を強化サポートしてみろと言えば、そこそこ使えそうですよ」

 「ひひ姫ってのはやめてくだしあ」

 「午後は姫メイクが必要ですね!」


◆ ・ ◇ ・ ◆ ・ ◇ ・ ◆


 姉のエリーゼに呼ばれて神殿の聖水生成室に来た。騎士服ではなく訓練用の運動着で来いと指示があったのでプロテクターをはずした運動着姿だ。

 上級の聖水の需要が上がっているので(俺たちのせいだな)聖女の魔力サポートの試みを行うらしい。聖水に魔力を込めている聖女に俺が魔力で身体強化をするみたいに魔力を込めて、上手くいくかの実験、といったところかな。

 シルヴィさんと会って驚いた。こないだのメイクとは違ってるが、より清楚で白い聖女服と相まって花嫁さんのようで反則的な美しさだ。


 「じゃあ、集中力の邪魔にならないように出ていくわね。聖成が終わったら声をかけて頂戴。エルマー、しっかりね」


 姉と神官が部屋を出てシルヴィさんと二人きりになり緊張する。


 「そ、その容器の水が聖水の元ですか、一度にそんなに作るんですね」

 「これがいつもの容器よ。上級の聖水をつくる試みとして小さい容器にする意見もあったのだけれど、お試しということでサポートで標準の聖水をどれだけ早く効率的に作れるか試してみることにしたの」

 「いずれにしろ俺はシルヴィさんに魔力をわたすだけです」

 「ふふ、ありがと」


 うわー、この笑顔、俺はもうだめかも。


 「じゃあ、体勢を説明するね。わたしはいつもこうやって容器に手を添えて魔力を込めるの」

 「はい」

 「エルマー君は、後ろから私の腕の肘と肩の間を掴んでくれるかな」

 「こんなかんじですか」

 うわー、やわらかい!二の腕の柔らかさは胸の柔らかさと同じってほんとかな。

 「そう、それで私は込める魔力が高まってくると容器を持ったままお辞儀するような体勢になる癖があるのだけど、大丈夫?」

 「大丈夫っす!任せてください」

 「それじゃあはじめようか。聖水聖成を始めます」


 シルヴィさんが魔力を高め始めたのがわかる。シルヴィさんの二の腕を支えているのでシルヴィさんの腕が自分の腕の延長みたいな感覚になって魔力を込めるイメージがしやすい。シルヴィさんの腕を通じて聖水に魔力を込めるみたいにイメージした。

 シルヴィさんが少し前かがみになった腕が遠くなるので親指が内側に入っていく。

 気合を入れなおすかのようにシルヴィさんが首を振った。まとめた髪がゆれていいにおいがする。いかんいかん。

 シルヴィさんが肘を脇腹に押し付けるようにして力が入り魔力も高まっている。でもそんなにしたら二の腕をつかんでいる親指がやわらかな胸に押し付けられる……やわらかな? 下着は? ブラは着けてないの?

 やばいやばいやばいやばい元気におっきしちゃうよ!

 え? なに? 前傾姿勢のまま腕を前に伸ばして容器を頭の上の方に持ってくなんて二の腕が遠くになって引っ張られる

 前に倒れないように足をシルヴィさんの足の両側に移動すると……ダメじゃん!固くなったものがシルヴィさんのお尻に当たっちゃうじゃん! シルヴィさんの体が揺れてる。そりゃそうだよ水が入った容器はそれなりの重さがある。俺が二の腕をしたから支えてるとはいえ、前傾姿勢で腕を伸ばして頭の前の方に持ってったら重くて揺れちゃうよ! ダメダメダメ!やわらかい山の間にめり込んじゃう!揺れないで!動かないで! ダメだ、魔力と別のものが高まって限界超えそう! 超えそう! 超えっっっ!


 いつもは頭の上の方に持って行った時が最後でそこでできあがるけれど、まだ我慢できる、きっともう聖水にはなっているけれどまだ魔力は高められる。エルマー君の聖力もあって重さにも耐えられる。エルマー君の支える力と魔力を通じた聖力と、硬く熱くなったものを感じる。もう重さに耐えるのも限界かも。

 !

 お尻で感じるものが脈打っている?

 と感じた瞬間魔力が集中して解放され、腕を引き寄せて容器を抱えた

 わたしは容器を抱えたままひざまづき、背中にエルマー君が覆いかぶさってきた。

 脈動が収まるとエルマー君が目が覚めたかのように立ち上がった


 「シルヴィさん大丈夫ですか? あの ええと すみません」

 「大丈夫大丈夫。ちゃんと聖水もできたし、たくさんサポートもらえたし」

 「え?ほんとに?」

 「うん、万が一の対策も万全! あ、はい、これぬれタオルだよ」

 「あ、はい、着替えます」

 「じゃあ、着替えて外の人呼ぼうか。ちゃんと着替え用意してるなんてさすがエリーゼだね」


 「多分この容器の全部上聖水だと思うよ、わかるんだ」

 「すごいですね」

 「ねえ、またお願いね。上聖水生成のパートナーになってよ」

 「え?いいんですか、その俺」

 「うん、お願い。あ、でも次からは」

 「次からは?」

 「体勢を考え直そうか。もう、はじめからくっついちゃっててもいいよね、てへ」

 「……反則だ、なんでこんな、とうとい…………」



 私の名はシルヴィ・バルト。サルーム大聖堂所属の聖女です。

 大切なパートナーができました。


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