第二九話 女王様
「うぎゃああああああぁっ!」
矢が全身に突き刺さったフォーゼの断末魔の悲鳴が響き渡ったのち、弓矢を放った数名が一斉に引き上げていく。
「は、早く、あの人たちを捕まえなきゃ!」
シェリアを筆頭にして三人組が猛然と駆け出し、逃げた者らを追いかけ始める。
「――ちっ……!」
フォーゼを殺した逃亡者のうち、一人だけが逃げ遅れて追いつかれそうになり、一転して開き直った様子で殴りかかってきたが、シェリアはあっさりと身軽にかわしてみせた。
「痛い目を見たくないなら抵抗しないでっ!」
「こ、こいつ、女の癖に生意気なっ!」
「そんなこと言ってる場合?」
「うるせえっ! こいつっ……!」
「そんなの、当たらないよ。モンスターに比べたら、あなたは子犬みたい」
「こ、子犬だと!? それはお前のほうだっ! このっ……! はぁ、はぁ……や、やたらとすばしっこいが、逃げるだけか!?」
「…………」
シェリアは男の怒涛の攻撃を冷静に回避しつつ、ちらっと別方向に目をやった。そこには覆面をつけた者がおり、ちょうど男の背後に回ったところだった。
「隙ありいっ!」
「ぐっ……!?」
その人物の手により、男は首元を叩かれ、白目を剥いて倒れるのだった。
「――さすが、ミリーヌは【気配】を消せるだけあるね」
「完全に消せるわけじゃないけどねえ。ふう。窮屈だったあ……」
覆面を脱ぎ捨て、すっきりした表情になるミリーヌ。
「てか、あたしよりもシェリアのほうが凄いわよ。あれだけの弓矢を向けられてるのに、まるで女王様みたいに平然としてるんだもの。あたしなんてもうダメかと思ってガクブルだったのに……」
「そんな、女王様だなんて……。私だって内心は怖かったよ。でも、あの人たちが私たちを殺せるはずがないって信じてたから……」
シェリアが照れ臭そうに微笑むと、ミリーヌがいかにも呆れた様子で首を横に振った。
「そうだったわね、シェリアはギルドマスターのお気に入りだし、殺すはずがないって思うわよね……」
「そうじゃないよ」
「え……?」
シェリアから強い調子で否定され、きょとんとした顔になるミリーヌ。
「フォーゼが一人でこんな大層なことをできるわけないし、ライルが背後にいるのはわかってたけど……殺せないと思ったのは私に惚れてるからとかじゃなくて、救助者ギルドにとって私たちに死なれたら困るんじゃないかって……」
「あー、能力的にってことね」
「うん。私たちを殺しちゃったら、このギルドはやっていけなくなるしね。【導き】や【気配】という加護のことを、ライルはよく知ってるだろうし……っていうか、私はミリーヌの考えた作戦のほうがよっぽど凄いって思うけど……」
「もー、そんなに褒めないでよ。あたしよりも、無茶な作戦を完璧にこなしてくれた彼のほうがよっぽど凄いんだから!」
シェリアとミリーヌの視線は、もう一人の、唯一覆面をつけた人物に向けられていた。
「もう脱いでも大丈夫だよ」
「てか、そのままじゃめっちゃ怪しいから早く脱いじゃって!」
「あ、じゃ、じゃあ喜んで……」
覆面を外した髭面の男は、なんとも嬉しそうにニカッと笑ってみせた。
「フォーゼの声真似、凄く上手だったよ。本人より本人みたいだった」
「ど、どうも。おいらは声真似くらいしか取り柄がないんで……」
「はい、これが報酬ね! 今回のことは黙っててね!」
「おおぉっ、どうも!」
髭面の男はミリーヌから硬貨がぎっしり入った小袋を受け取ると、嬉々とした様子で足早に立ち去っていった。
「ああいう声真似が上手い人を募集して、【記録】なんていうありもしない加護を本当にあるかのようにでっちあげるなんて、頭の回るミリーヌくらいしかできないよ」
「もー、そんなに褒めないでよ、シェリア。別に大したことないって! それに、今回の作戦はフォーゼを殺された時点で失敗しちゃったようなもんだしねえ」
「そんなことないよ、ミリーヌ。こうやって、一人だけでも捕まえることができたんだし……」
シェリアの視線は、気絶して横たわる男に向けられていた。
「そりゃそうかもしれないけど、こいつ大人しく吐いてくれるかなぁ?」
「ああいう状況で私たちを殺せなかった以上、ライルに細かく指示されてるのは間違いないし、絶対に白状させるつもりだよ」
「も、もしかして、拷問でもやるわけ?」
「そんなことしないよ? でも、もし白状してくれなかったら……ダンジョンに連れていって、囮役になってもらうかもしれないけど」
「シェ、シェリア、それ、拷問されるより嫌だと思う……」
「ふふっ……」
見る見る青ざめるミリーヌに対し、シェリアは悪戯っぽく舌を出して笑ってみせるのであった。
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