第二二話 胸騒ぎ


「はああぁぁっ……」


 ついつい俺の口から飛び出してしまう、このビッグサイズの溜め息が全てを表している。


 結局、俺は眼帯の女と喧嘩できないまま夜を迎え、まもなく檻の中で就寝しようとしていたんだ。


「まさか、工場内でしばらく喧嘩ができないなんてなあ……」


 看守のキルキルから、スティングとの激しい喧嘩が原因だと説明されたのを思い出す。これに関しては自業自得ではあるんだが、あれくらい派手に暴れないとそもそも人外には勝てなかっただろうしな。


 明日以降もあれが尾を引くとなると、夜は喧嘩なんてやってる暇がないし、朝の時間帯に仕掛けるしかなさそうだ。一日なんてすぐ経つと思うが、喧嘩しないとうずうずしてしまう体になってしまった。


「なあ、テッドよ……」


「ん、どうした、アントン?」


 アントンが何やら言いにくそうに話しかけてきた。


「わしからしてみたら、今回の喧嘩はやめるべきかと思うんじゃが……」


「えっ……なんでそう思うんだ?」


「ワイもボスと同じく疑問! アントンさん、なんでだ!?」


「コホンッ……かつて賊のリーダーとして死線を潜り抜けてきた身から言わせてもらうとじゃな、のようなものを感じるのじゃ……」


「「胸騒ぎ?」」


「うむ……。長く戦っていると、それだけ痛い目を見ることもあるせいか、避けるべき相手というのが次第にわかってくるのじゃよ」


「なるほど……」


「へ? へ? へ?」


 ワニ頭のスティングはわけがわからなそうだが、俺はアントンの言うことがなんとなくわかった。


「つまり、あの眼帯女と喧嘩すると何かまずいことが起きそうだから喧嘩するべきじゃない、避けるべきってことか?」


「そ、そうなのかあぁぁっ!?」


「そうじゃ。わしはこう見えて勘は鋭いほうでな。どうにも嫌な予感がするぞい……」


「…………」


 そりゃアントンは不死属性だし、それだけ長く生きてるはずから間違いではなさそうだけどなあ。


「――ぐぎゃっ!?」


 何を思ったのか、スティングが急にアントンに抱き付いてバラバラにしてしまった。


「ナハハハハッ! そんなにアントンさんの勘が鋭いなら、ワイの抱き付き攻撃は避けられたはずだし、ボスは大丈夫そうだぞ!」


 なるほど、アントンの勘の鋭さを試したわけか。


「……ぐ、ぐぬぬっ、悔しい……とでも言うと思ったのか? わしの勝ちじゃな」


「「へ……?」」


 すぐに復活したアントンがドヤ顔で勝利宣言をしてしまった。一体どういうことだ?


「わしはこの通り破壊されたし、嫌な予感は当たった。勘が鋭いということの証じゃ!」


「「……」」


 俺はスティングと苦々しい笑みを見合わせた。まあ、アントンの言うことも間違ってはいないってわけか。


「とりあえず、どうするかは寝てから考えるよ」


「うむ、そうするがいい。それじゃ、寝るとするかの――」


「――ぐがあぁぁー……!」


「「……」」


 今度はアントンと俺が苦い笑顔を見合わせることになった。スティングのやつ、いくらなんでも眠るのが早すぎだし、何よりイビキがうるさすぎだろう……。




 翌日、俺たちはいつもより早い時刻に食堂へと向かっていた。三時前なので朝というより、夜更けともいえる時間帯。


 興奮のためにろくに眠れなかったのもあるが、それだけ朝食を手早く済ませて喧嘩する時間を確保したかったていうのもある。


 やっぱり、どう考えても俺は弱いやつより強いやつと戦いたいし、どんなに嫌な予感がしようともあの眼帯女と喧嘩をするつもりでいたんだ。


「ふわぁ……眠いのう……」


「ワイも眠い……ウトウト……抱き枕……」


「ごがっ!?」


「…………」


 予想通り、スティングに抱きつかれて破壊されたアントンに少し同情してしまった。




「――お、眼帯女が来たな」


「う、うむ!」


「来たああぁぁっ!」


 俺たちは早々に朝食を食べ終わり、食堂の入り口付近で待ち伏せしてると、やがて眼帯女がやってきたのでその前に立ち塞がった。


「なんだい、あんたら……。邪魔だからそこをどいておくれよ」


「まだ話が終わってないからどくわけにはいかない。俺はテッドっていうんだ。お前と喧嘩がしたくてな」


「……その名前なら知ってるよ。最近やたらと騒がしいからね」


「へえ。それなら話が早い。お前の名前は?」


「あたいの名はダーナ。悪いことは言わない。あたいと喧嘩するのだけはやめておきな」


「なんだって……?」


「あたいはやる気がないように見えて手加減できない性分だし、喧嘩を始めると性格も変わる。喧嘩したら、間違いなくあんたは死ぬ」


「…………」


 言い切りやがった。ぞくぞくするな。俺はこういうのを待ってたんだ。


「それでもいいなら、どうぞ、あたいはまず食事をしてくるから、それが終わったらいつでもかかってきな……」


「「「……」」」


 おいおい……眼帯女のダーナが今見せてきた殺気は、俺だけでなくアントンとスティングがたじろぐほどの迫力だった。


 正直、本当に死ぬんじゃないかと思えるくらいのものだったし、アントンの言ってたことは正しいのかもな。


 心底不気味だと思ったが、だからこそ燃えるんだ。ハイレベルな喧嘩が楽しめるならここで死んだっていい。俺はやってやる、やってやるぞ……。

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