第九話 心残り


 食堂は小さなテーブルと椅子が幾つもある広い部屋で、そこに俺やアントンを含むFエリアの囚人たちが集まっていた


 ビュッフェ形式で、奥にある飾り棚から好きなおかずを取り、自由に皿に盛りつけられるスタイルだ。なんせ異次元の監獄の食堂だからどんなものかと警戒してたけど、そこら辺の店で見かける光景とあまり変わりがなくて驚いた。


「そんで、そのふざけた女はよ、俺が生きたまま〇×△□してやったのよ!」


「「「「「ギャハハッ!」」」」」


「…………」


 とはいえ、怖そうな連中がワイワイやりながら食事を取るところはやはり監獄ならではだ。俺はアントンに忠告された通り、彼らをなるべく刺激しないように隅のほうで黙々と食べることに。


「いやっほおおおおぉぉっ! ワイのお食事いいいぃっ!」


「あ……」


 頭部に包帯を巻いたワニ頭の囚人が駆けつけてくるなり、その両手に持った大皿がおかずの山で埋まっていく。


 確かスティングっていう名前だったか、看守のキルキルにボコられたことをまったく気にする様子もなく、その場であっという間に平らげてしまった。美味しそうに皿まで舐めてる。


 ああいう風に食べるところを見てると、そんなに悪いやつでもなさそうだな。ただ、近くを通った囚人に対しては、おかずを盗られると思ったのか血走った目を見開いて威嚇してたが。


「うぐっ……」


 しかし、俺にはあれだけ食べられるのが信じられないくらい不味い。肉はとにかく噛み切れないくらい硬いし、野菜も糸が引いてて腐ったような味がするんだ。見た目の色合いも毒々しいし、さすが囚人用の食事だと感じる……。


「テッドよ、大丈夫じゃ。すぐに慣れる」


 アントンも平気みたいで普通に食べている。しかし、彼には胃があるように思えないしどうやって消化するのやら。


「モグモグ……ゴクンッ、どうやって消化するかって? もちろん、心じゃよ心!」


「こ、心なのか……」


 アントンは得意げに胸を張る仕草をした。やっぱり空っぽなだけあって、それだけ念の部分が強くてそれで消化、吸収もできるのかもしれない。


「ふぉっふぉっふぉ。まあそんなところじゃ」


 アントンとはこうして黙ってても会話できるから、目立たないようにするには本当に都合がいい。一見、彼が独り言を言ってるだけのようにも見えるし。


「うむ。力がないうちは、こんな風に大人しくしておくことじゃ。冤罪に対する怒りはあるじゃろうが、冷静さだけは失ってはならん。力なき正義は無力というしな」


「…………」


 凄く納得できる発言で素晴らしいと思うが、アントンは本当に賊の頭だったのかと問い詰めたい。


「考えが変わったんじゃよ。それだけ時が過ぎたんじゃ。心というものは一度皹が入ると脆く、移ろいやすいもの。かつてダークボーンズを率いていたわしは、自分より強い者など絶対に存在しないと過信し、驕り高ぶっておった」


「アントンの雄姿、見たかったなあ」


「ふぉっふぉっふぉ。あの頃はわしと同じく、頭に黒い鉢巻きをつけた忠実な部下が大勢おったものじゃ……」


 昔を懐かしんでるのか、遠い目をするアントン。最初は表情がまったく変わらないと思っていたが、慣れてくるとそういう仕草をしていることがわかる。


「ところがじゃ……とある日、信頼していた部下の裏切りに遭ってのう……所持していた宝をすべて奪われ、寝首をかかれそうになり、命からがら逃げ出したはいいが、指名手配されていたわしには行く当てもなく、すぐにお縄になった、というわけじゃ……」


「そりゃ酷いな……。アントンはその裏切ったやつにやり返したいとか思わないの?」


「最初はそう思っておった。わしは監獄でも狂ったように大暴れし、看守のキルキルやスティングら、ほかの囚人たちと大喧嘩になったものじゃ。そのたびに粉々にされ、死ぬような苦しみを味わったが……」


 アントンが震え始めた。なるほど、そいつらにやられたことが相当なトラウマになってるってことか。


「う、うむ……。それからわしは大人しくなった。そのほうが楽じゃからの……ズズッ……」


 お茶を啜るアントンの顔はとても安堵しているように見えた。それでも、話を聞いてるとその裏切ったやつに心底むかついてくるんだ。俺自身も、かつては親友だと思っていたギルド長のライルにまったく信じてもらえなかったし、他人事とは思えなかった。


「テッドよ、恨む気持ちはわかるが、人を呪わば穴二つというやつで、自分自身も苦しくなるぞい。わしもそうじゃった。じゃから、なるべく忘れて心を落ち着かせることじゃ。憎悪は己の視野を狭くし、周りにも伝わって負の連鎖を生み出してしまうものじゃからのう……」


 アントンの言う通りだ。囚人王を目指してるようなやつが、些細なことに腹を立てるようじゃダメだろう。常に冷静さを失わずに周りを俯瞰することができるようにならないとな。


 ん……そう思って周囲を見渡した矢先だった。食堂の中央付近にある空席が青く燃えているのがわかった。あれは……残留思念だ。間違いない。ここに来たときは見えなかったから、今の時間帯に命を落とした、なんらかの強い執着を持っている思念なんだろう。


「テッド、あの辺に何か見えるのかのう?」


「ああ、例の思念が……」


「ほほう、加護の思念集めの効果か。そういえば、いつもあの辺の席で独り言を呟きながら食べる近寄り難い囚人がおったが、ある日そこで亡くなった。喧嘩でやられたそうじゃが、わしはそのときいなかったからよくわからんのじゃ。ほかの者の心中を読もうにも、よどショックだったのかみんな心を閉ざしておったし……」


「なるほど……」


 よほどの心残りがあったんだろう。それがどんなことか知りたいし、思念を集めたいから追体験させてもらうとしようか。

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