厄災戦争 機を熟し祖を裏返る2
不意打ちから始まった堕天使と厄災の衝突。
空を優雅に舞う堕天した者たちは、続けざまに攻撃を放った。
「堕天使の翼はいかが?」
「........っ!!」
大きく広げられた堕天使の翼から放たれる黒い羽根。
普通の羽根ならば体に当たろうとも問題ないのだが、堕天使の羽となれば訳が違う。
雨のように降り注ぐ堕天使の羽は、その1枚1枚が鋭い刃となって聖弓とヒュドラを襲った。
「イテテテテ!!聖弓ちゃん?私を盾にするのは酷くない?!」
「いや、あれはさすがに避けきれませんし。どうせ再生するのでしょう?申し訳ないのですが、頑張ってください」
「んな薄情な!!」
羽の雨は密度が濃く、聖弓と言えど避け切るのは不可能。
となれば、体が大きく避けるのも難しいヒュドラの裏に隠れてしまうのが最適だ。
聖弓は少しだけ心を痛めながらも、ヒュドラで雨宿りをしながら矢を番える。
「雨が降るなら屋根が必要ですね。“
地面に向けて放った矢は、地面に突き刺さると聖なる結界を展開する。
ヒュドラの巨体がギリギリ入れる大きさまで膨らんだ結界は、堕天使の雨を容易に防いだ。
「........最初から使ってよ。再生するとはいえ、痛いんだからね?」
「魔力を練る必要があるので即展開は厳しいですよ。分かってください」
「むぅ、それは仕方がないかもしれないけれども」
淡々と告げる聖弓。
ヒュドラは“こんな子なんだな”と思いつつも、羽から守ってもらった事は心の中で感謝する。
大したダメージにはならないが、痛いのは嫌なのだ。
「防がれちゃった」
「これで死なれたら肩透かしもいいところだからね。私達としては楽でいいけど」
「あの結界硬そうだね。でも、仁君の“アレ”程ではなさそう」
「アレは次元が違うもの。比べられる聖弓ちゃんが可哀想だよ」
自身の攻撃が防がれた事に驚きも悲しみもしない朱那とラファは、次なる一手を繰り出す。
何も、相手が防御するまで考え無しで攻撃している訳では無いのだ。
対人戦においては圧倒的で、嫌らしすぎる戦法を取ってくるどこぞの団長と戦っていれば、嫌でも自分の戦い方もいやらしくなる。
朱那は羽を飛ばすのを辞めると、結界に向かって天使の槍を放つ。
「
堕天した事により、かつての輝きを失った槍は黒い波動を従えて聖なる結界を容易に穿つ。
パリン
と、窓ガラスが割れたような軽快な音と共に、ヒュドラの体に大きな穴を開ける。
「........ガッ!!」
「ヒュドラさん!!」
流石のヒュドラと言えど、腹に穴が開けばタダではすまない。
痛みに顔を歪める九つの頭達を見て、聖弓は即座に反撃を開始した。
「聖なる矢よ、敵を穿ち我に勝利を!!“
天に放たれた聖なる矢は、幾つも分散して雨となって降り注ぐ。
先程朱那達が振らせた黒い雨とは違い、こちらは光り輝く雨だ。
同じ点は、1つでも雨に当たれば常人は消し飛ぶという事である。
「ワオ。雨には雨で対抗って感じかな?シュナ、守ってあげる」
「よろしくラファ」
「
降り注ぐ光の雨。しかし、その雨は簡単に阻まれる。
ラファエルは黒い翼で朱那を覆うと、その周囲に黒い結界を生み出した。
そして、黒い結界は降り注ぐ光の雨を全て弾く。
本来ならば、その結界事破れるはずなのだが、全くと言っていいほど黒い結界に歯が立たない。
聖弓も手加減している訳では無い。
つまり、明らかな実力差がそこにはあるのだ。
しかし、聖弓は絶望などしていない。
本命は
「貫けませんか。とは言え、こちらは脆いですね?ご自慢の再生力はどうしたのですか?」
「........どういうつもりだ!!」
光の雨が降り注いだのは堕天使二人にだけではない。
聖弓の上で盾として守っていたヒュドラにも、聖なる雨は降り注いだのだ。
再生していた九つの頭は3つまで減り、朱那に空けられたトンネルの他にもあちらこちらに小さな穴が空いている。
睨みつけるヒュドラに対し、聖弓は大きく口を歪めると矢を番えて答えた。
「私は敬虔なるイージス教徒。なぜ私が貴方達の味方をするのですか?本来ならば敵でしょうに」
「貴様、最初から裏切るつもりで........!!」
「えぇ、偉大なる女神イージス様を殺そうなんで、笑止千万。ドワーフを消すために利用させてもらいましたが、それ以上の事は私にとっては蛇足なのですよ」
もうコイツは仲間ではない。
ヒュドラは口を大きく開けて即死の毒を放とうとするが、既に雨もやみ、雨宿りから出てきた堕天使がそれを許すわけも無い。
「スキあり」
「ガッ!!」
綺麗に切り飛ばされるヒュドラの頭。
残り2つとなった頭に狙いを定め、聖弓は淡々と告げる。
「女神様の敵は私の敵。貴方はそれを理解していなかったのですよ。さようなら。厄災を振りまく魔物よ」
「聖弓!!貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最後の力を振り絞り、聖弓に向かって毒を吐く。
しかし、聖弓とて相手の事はよく分かっている、
その毒を全身に被るよりも早く、聖弓は矢を放った。
「
聖弓が放った矢は、周囲の物を浄化する矢。
自分が矢を放ったとしてもトドメをさせるとは思えない。ならば、させるものに任せるた方がいい。
聖弓は自分を囮に、攻撃のチャンスを作ったのだ。
「仁君の予想は当たってたね。流石は私たちの団長」
「ここまで読めていながら、なぜ普段はあんなに馬鹿なのかな........」
切り飛ばされるヒュドラの頭。
頭のない肉だるまとなったヒュドラは、再生が追いつかず息絶える。
あまりにも一方的な決着。
厄災級魔物との戦闘に慣れている二人の堕天使と、慣れてはいないが最低限の力を持つ聖弓。
この3人を相手するには、ヒュドラでは役不足だった。
「........私を殺しますか?」
「いや?仁君からは“殺せ”と命令が出てないからね。どうせこっち側に着くだろうしって言ってたよ」
「この後どうするかは自由ですが、私たちの邪魔はしないでね。朱那、あまり油を売ってる暇はないよ。シルフォードちゃんたちの所に行かなきゃ」
「わかってる。じゃぁね。バイバイ!!」
二人の堕天使はそう言うと、さっさと空を飛んで消えていく。
その様子を見ていた聖弓は、天を見上げてポツリと呟いた。
「これが正解だったんですかね?........私には分からない」
聖弓はそう言うと、何も無い草原をゆっくりと歩き始めるのだった。
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