白も黒となる世界

 

 幹部達が集まる部屋に入ると、そこには見知った顔から全く知らない顔まで揃っていた。


 子供達からある程度情報は受け取っているので、誰が誰なのかなんとなる分かるが確証は持てない。


 俺は一先ず黙ってエーレンの後ろをついて行くだけにした。


 「揃っているね」


 左右に別れて座る幹部達。その真ん中を堂々と歩く姿は、確かにこの組の長と言えるだろう。


 ジーニアスやアンセル達は席を立ち頭を下げるが、エーレンを疎ましく思う老害組は頭を下げないどころか席すら立たなかった。


 エーレンが上手く統率できてないのか、それとも単純に足腰が弱っているのか。


 まず間違いなく前者だろうが、こうしてみると今の獣人会が如何に内部分裂しているのかがわかる。


 やっぱり俺の傭兵団は平和だよ。内部分裂なんて無いし、基本的に俺に忠誠を誓うか組織に忠誠を誓うかのどちらかしかいないから、結果的に俺を敬う。


 己が利益を考える様な奴は組織に必要ないな。


 特に、荒くれ者たちが揃う傭兵や裏組織は。


 「君は僕の後ろね。なんかこう、いい感じで立っててくれ」

 「了解した」


 適当すぎる指示を出してきたエーレンに軽く頭を下げ、俺は老害どもに近い方で陣取る。


 一応この頭のイカれた組長の護衛なので、攻撃のリスクが高い方に身体を近づけるのは当たり前だろう。


 普段の舐めた態度とは違う態度に、エーレンもジーニアスもアンセルも驚いていたが、お前らはおれを一体なんだと思ってんだ。


 オフの時と仕事のときではちゃんと分けるよ。


 「さて、集まってもらったのは他でもない。この獣人会と人間会の抗争についてだ。神正世界戦争が集結してからはや五年、戦力差で言えば僕達の方が圧倒的に上のはずなのに未だに解決に至ってない。その理由はなんだか分かるか?ジーニアス」

 「単純に、我々が想像していたよりも人間会が強かったと言うのもありますが、1番大きな要因は人間会と繋がって獣人会の邪魔者を消そうと目論む裏切り者が多いことでしょう。間違った情報を流され、こちらの情報が向こうに流れすぎている」

 「........口を慎めジーニアス。貴様の発言は獣人会を愚弄しているぞ」


 ジーニアスの発言に割って入ったのは、このなかで最もおっかない顔をした獣人。


 片目は真っ白に染まっており、目にできた傷は長年戦い続けた戦士の勲章。


 これだけ特徴的な見た目だと初見の俺でも誰だか分かる。


 彼は傷目の豪傑スカー。本名、ガラン。


 十二代目組長の頃から獣人会幹部として獣人会を支え続け、御歳80を超えた今でもバリバリの現役。


 組織が絶対であり、組織のために生きてきた伝説の兵。


 エーレンがこの部屋に入ってきた時に真っ先に席を立った、こちら側の獣人である。


 ジーニアスの発言に対して厳しい視線を送ったのは、彼が真面目すぎるが故だろう。


 この場が処刑台だとしても、今はまだ判決が下される前なのだ。


 「いいんだよスカー。僕はジーニアスの意見を聞いただけだからね。それに、事実だ」

 「出すぎた真似を。失礼しました」

 「相変わらず硬いねぇ。まぁいいや。ジーニアスが言った通り、人間会相手に苦戦している理由は裏切り者がいるからだ。多少懐を暖かくしたいがためにセコイ真似をするのは目をつぶってやらんでもないが、流石に今回は目に余る。幹部を殺そうとするなんて以ての外だ。僕は基本的に皆に自由に仕事をさせているが........誰の断りを得てこの獣人会に喧嘩を売っていいと言った?」


 刹那。部屋の空気が一段階重くなる。


 俺はこれよりも恐ろしい殺気を放つヤツらを知っているので、特になんとも思わないが、この場にいる獣人達からすればこの重みはかなりのものだろう。


 味方であるはずのジーニアスやアンセルなんかも、冷や汗をかいている。


 この中で平然としているのは、エーレンを除いて俺とスカーの2人だけだ。


 このおじいちゃんすごいな。流石は傷目の豪傑スカーと呼ばれているだけはある。


 そして、エーレンもちゃんとやる時はやるんだな。ちょっとカッコイイよ。


 「う、裏切り者とは誰のことでしょうか?」

 「........ん?あぁ、君はあちこち飛び回ってて知らないかグリード。そこで冷や汗をかく老害3人とそのお仲間たちだよ。人間会に情報を流した上に、目障りな幹部を殺そうとするなんていい度胸だ」

 「お、お言葉ですが組長。私は獣人会の事を思ってやったのです」


 ここでようやく自分達が処刑台に上がっている事に気がついたのだろう。


 老害三人衆の1人が口を開く。


 きっと、今の立場があれば処罰されることは無いとタカをくくっていたな。権力と金の力に溺れて危機感を失ったのか、それとも老いた故に感覚が鈍くなったのか。


 ここで開き直りをしても、エーレンの怒りが静まるわけないだろうに。


 「何がどう獣人会の為になるんだ?言ってみろよ。ジーニアスを殺そうとした事の、どこが獣人会の為になるんだ?」

 「そ、それは........ジーニアスが役に立たないと証明しようと思ったのです。この窮地も乗り越えられないやつが幹部の席に座るのは、不相応でしょう?」

 「........はぁ?頭大丈夫かお前」


 苦しい言い訳だとしても、もっと他になかったのか。


 あまりにバカバカし過ぎる言い訳に、その場にいた全員が口を開ける。


 口を閉じていたのは、老害達3人だけだ。


 エーレンは呆れたように頭を抱えると、席を立って言い訳をした幹部の老害のアタマを掴む。


 「お前は何時から組長になったんだ?それを決めるのは僕だろうが」

 「........」

 「正直に言ったらどうだ?こんな若造が本家組長の席に座り、若い衆を側近で固めていることが気に食わないって。僕の温情でこの席に座らせてもらっているとこが分からないのか?この能無しがァ!!」


 ガン!!と、エーレンが容赦なく老害の頭を床に叩きつける。


 おいおい。おじいちゃん相手にそんな事したら死んじゃうよ?


 それにしても、怖いねぇ。怒った時のエーレン。


 普段の可愛らしい姿も相まって、怒った時のギャップが凄い。


 ジーニアスやアンセルが怯える訳だ。あの甘ったるい男か女か分からない声から、ドスの効きまくった声に変わるんだから。


 老害の頭を床に叩きつけた事に驚くもう1人の老害と、この先は無いと察しエーレンから逃げようとする老害。


 俺の仕事はこの二人を寝かせることらしいな。


 「寝てろ」


 俺は素早く2人の後ろに回り込むと、漫画のように手刀で2人を眠らせる。


 無力化ならこれが一番だ。


 「黒滅。外の人を呼んできてくれ。今から公開処刑だ」

 「........了解」


 エーレンを怒らせるのは辞めておこう。どこか演技じみているので、恐らく本気で怒っていると言うよりは脅しとして怒っているが、それでも怖いわ。


 俺はそう思いながら、外で待機する人たちを呼びに行くのだった。

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