その目に映るものは

 ゼートがベリアルに縊り殺されてから(死んでない)2日後、バルサルの街で1泊した後拠点に帰ってきた俺達は特に忙しくもない平和な日々を送っていた。


 イスの学園の事があるが、今日の今日で外出をすると魔物達が拗ねる。


 あと三日程ここでゆっくりした後、首都に行こうと考えていた。


 「お、釣れた」

 「ふははは!!団長殿は相変わらず釣りが上手いな!!我が一匹釣る間に3匹も釣っておる!!」

 「釣りに上手いとか下手とかあんのか?その日の糸を垂らした場所次第だろ」

 「それを含めて釣りが上手いのだよ!!見ろ、ゼリスを。彼奴は未だにボウズだぞ」

 「かー!!なんで俺だけ釣れねぇんだ!!」


 拠点から少し離れた小川にて、暖かな日差しの中のんびりと釣り糸を垂らす男3人と、楽しそうに話す3人の女。


 川のせせらぎと草木の揺れる音が森の中に響く中、俺と花音、ゼリスとプラン、スコリゴイとスンダルは釣りに来ていた。


 既に釣りを始めて1時間が経過しており、俺は6匹、ストリゴイは2匹、ゼリスは0匹の魚を釣っている。


 異世界の小川に住む魚はかなり大きく、食用のものが多いため今日の昼メシになるはずだ。


 「なんで俺だけ釣れないんだ?団長、場所を変わってくれ!!」

 「いいぞ。釣れないと楽しくないもんな」


 割とマジで悔しがるゼリスと場所を代わり、釣り糸を垂らす。5分後、釣竿に魚がかかったのは俺だった。


 「お、7匹目」

 「なんでだァァァァァァァァ!!」


 当たり前のように釣り上げる俺を見て、頭を抱えるゼリス。気持ちはわからなくもないが、ちょいとオーバーリアクションがすぎる気もするな。


 頭を横にブンブンと振って悔しがるゼリスを見て、ストリゴイは愉快そうに笑った。


 「ふははは!!団長殿は魚に愛されているな!!垂らした餌が美味そうに見えるのだろうよ。そのピクピクと竿を動かす動作が、餌の活きの良さを表しているのだろう?」

 「まぁ、そうだな。うちの爺さんがやってたから真似てるだけだから、特にこれと言ってコツは無いけど」

 「俺も団長の動きを見習ってピクピクやってるんだが?」

 「わざとらし過ぎるのだろう。魚から見れば、生きが良すぎて逆に不自然に見えるのかもな」

 「えぇ........じゃぁ、どうしろと?」

 「それは慣れだろう。フィーリングでなんか........こう........上手くやるのだ。あ、釣れた」


 ストリゴイもそう言いつつ、魚を釣り上げる。


 ピチピチと跳ねる魚は、ストリゴイの後ろにある木のバケツの中に放り込まれた。


 未だにゼリスだけがボウズだな。この調子だと、マジでゼリスだけが0匹で終わるかもしれん。


 「うっま。プランって絵心あるんだねぇ」

 「昔からこういうのを描くのは好きだったから、多少はね。これでも昔よりは腕が落ちてるわよ」

 「それはこの絵を描いてる私への挑戦状かな?」

 「カノン........これは何?」

 「木」

 「木........?これが........?焼けただれた人間じゃなくて?」

 「うん。木だよ」

 「カノン、貴方、才能ないわ」

 「自覚してる」


 後ろでは、プラン達が風景を描いているようだ。


 花音の絶望的な絵のセンスを見て驚愕するプランとスンダル。チラリと後ろを見てみれば、あまりの下手さに少し顔が青くなっていた。


 「これは?」

 「これは川。これは結構自信あるんだけど........」

 「いや、どう見ても川には見えないわ。アンデット達が這いずる様子にしか見えないもの」

 「うん........まぁ........お世辞にも川には見えないわね。なにこれ。地獄を描いてる?」

 「2人とも失礼すぎない?私は真面目にここの風景を書いてるんだけど」

 「これが風景なら、真っ白なキャンバスも風景になるわよ」


 一体どんな絵を描いているんだ花音は。スンダルとプランですら擁護しきれない絵とか、もはや想像がつかない。


 昔から絵があまり得意では無いのは知っている。


 花音は物事を抽象的に捉えすぎているのだ。なぜがそれが、芸術的だと評価されて美術の成績はそこそこ良かったが。


 芸術家って一般時には理解できないものを評価したがる傾向があるし、芸術家気質だった中学の先生には受けが良かったのかもしれない。だとしても限度があるだろとは思うが。


 「一体どんな絵なのだ?副団長殿の絵とは」

 「気になるな。副団長の絵なんて見た事ないし」

 「見に行くか?たぶん相当やばいぞ」


 俺達は一旦釣りを中断し、絵を描いている3人の所へと足を運ぶ。


 そして見た。絶望的な花音の絵を。


 俺は何度か花音の絵を見ているのでなんとなく理解できるが、初めて見た2人には地獄絵図よりも酷い何かに見えたのだろう。明らかに顔が引き攣っている。


 「あー、副団長殿?これは地獄の絵ですか?」

 「違うよ?おかしいなー。私は見えてるものだけを描いてるのに」

 「いやいや、絵が苦手な俺でももう少しマシな物がかけますよ。何ですかこれは」

 「太陽」

 「たい........よう?この黒い物体が?」

 「うん。そうだけど?」


 どう見ても太陽ではない。まだ子供がお絵描きで描く太陽の方が太陽らしいであろう。


 黒く染まりつつも少しだけ光があるようなナニカ。位置的には太陽なのがわかるが、これを太陽と言い切るのは不可能である。


 あまりの絵の下手さにゼリスもストリゴイも言葉が出ない。


 あのフォロー上手なストリゴイですら何も言えなくなっていた。


 「これはあそこの石達か。んで、これは雲だな」

 「おー!!流石仁!!分かってくれると思ってたよ!!」

 「石........?悪魔の頭部じゃなくて?雲........?魔物の臓物の方がピッタリくるぞ」

 「すげぇな。団長。よく分かるもんだ。俺は言われても分からんぞ」

 「安心しなさい。ジンとカノン以外分かってないから」


 気持ちは分かるが、花音は大真面目である。


 確かに悪魔の頭部と言われた方がしっくり来るが、これは花音的には石なのだ。俺は長年の経験から推測できてしまう。


 「ま、まぁ、副団長殿にも苦手なことが一つや二つあるものだからな。大丈夫であろう」

 「そ、そうだな。大丈夫だぜ副団長。俺も絵は下手くそだ」


 苦笑いを浮かべて精一杯フォローをしている二人を見て、俺は少し申し訳なく思うのだった。


 すまんな。夢に出てきそうな狂気的絵を見せて。


 ちなみに、その後プランとスンダルの絵も見たが、花音の絵を見た後だとものすごく上手く感じた。


 特にプランは黒1色で描いたとは思えないほど素晴らしい絵であり、街中で売っていても売れるレベルだと思われる。


 スンダルは普通だったが、それでもかなり上手だった。


 まぁ、街中で1番売れそうなのは花音という所がなんとも言えないが。


 花音の目には世界がどう写っているのか少し不思議に思いながら、俺達は再び魚釣りに戻る。


 結果だけを言うのであれば、ゼリスはなんとか昼前に1匹を釣り上げてボウズを回避していた。


 その日の昼に食べた魚は、ゼリスにとって人生で1番美味しい焼き魚になったことだろう。釣った時に半泣きするぐらいには嬉しがってたしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る