まだ暇そう

 イスが生きた魚を捌くことなく丸ごと喰らってから2週間後。俺と花音は、今日も今日とて報告書と睨めっこをしていた。


 各地の戦線は膠着状態になり、メインと言える神聖皇国と正教会国の戦いはまだ始まっていない。エドストルの予測では、あと半年近くは移動やらなんやらで争いは起こらないとなれば、俺達揺レ動ク者グングニルが活躍する機会は無いだろう。


 つまり、まだまだ暇というわけだ。


 揺レ動ク者グングニルを表すマークである逆ケルト十字が飾られた聖堂の長椅子で、俺は背もたれに体重をかけながら小さくため息をついた。


 「どこもかしこも動き無し。多少の変化はあるけど、これといって変わったことは無いな」

 「しょうがないよ。大陸の端と端の戦争だからね。神聖皇国と正教会国の戦争は、どれだけ物資を早く多く運べるかの戦いに変わってるし」

 「ドワーフ連合国と正連邦国はお互いに切り札を失って膠着状態。そういえば、聖弓は何処に消えたんだ?」


 “破壊神”殿戦いに勝利した“聖弓”だったが、彼女も無傷で勝てた訳では無い。


 右腕は完全に破壊され、内臓はグチャグチャになっていたそうな。それでも、何とか一命を取りとめ、弓を引ける程度には体を回復させたらしいのだが、肝心の意識が戻らなかった。


 何が原因で意識が戻らないのか分からない医者たちは匙を投げ、小さな一軒家で付き人に世話をされながら眠っていたそうなのだが、ある日を境に“聖弓”は姿を消した。


 正連邦国は“聖弓”が目を覚ましたらふたたび戦場に彼女を送り込む計画を立てていたのだが、謎の失踪により大混乱。


 付き人が怪しいと、各地を探し回ってはいるがその姿を目撃した者はいなかった。


 「子供達でも探し出せないってなると、かなり特殊な手段を使ったと思うんだが........何か心当たりはあるか?」

 「心当たりで言うなら、魔王かなぁ。ほら、子供達でも探し出せなかったでしょ?運良く悪魔の後をついて行けたから探し出せたけど、それ以外では探し出せなかったし」

 「11大国のひとつってのも大きい理由の一つだとは思うが、確かに魔王を探し出すのは子供達でもできなかったな」


 となると、魔王関連の何かが聖弓とその付き人を攫ったのか?いや、魔王は既に討伐されてるし、魔王を隠していた結界らしきものを使ったのかもしれないな。


 となると、なぜ付き人は聖弓を隠したのだろうか。


 謎が深まるばかりである。


 「何が目的なんだろうな?」

 「分からないねぇ。付き人は何を考えてるんだろう?」

 「........目を覚まさせる手段を手に入れた?だとしても、聖弓と一緒に消える意味が分からないし。考えても無駄そうだな」

 「万が一、ドワーフ連合国との戦争に戻ってきたらどうするの?」

 「その時はその時で考えればいいさ。状況次第で俺たちの動きは変わる」


 ドワーフ連合国には特に借りも無いし、ドワーフ連合国が滅んでも他の11大国がまだいる。


 教皇の爺さんから何か言われない限りは、介入しなくていいだろう。


 「それはそうと、正共和国は首都も占領されたな。正共和国は臨時首都を立てて、徹底抗戦を表明しているが........敗北と言って問題なさそうだ」

 「“獣神”がひたすらに強かったねぇ」


 首都の攻防戦を繰り広げていた獣王国と正共和国だが、ついに決着が着いた。


 やはり獣人の中で最強と言われる“獣神”ザリウスが圧倒的に強く、鬼神迫る勢いで敵軍を駆逐。


 何とか保っていた戦線はいとも容易く崩れ去り、首都に獣人の軍がなだれ込んだ。


 「驚きなのは、獣王国も神聖皇国と同じ考えだったって事だな。兵士はともかく、逃げ遅れた人も殺して回ってる」

 「人間を養えるほどの物資は持ってないからねぇ。それに、正教会国側のイージス教信者を残していてもいい事は無いってことでしょ。ろくな事しないし」

 「下手に奴隷にされるよりは一思いに殺してくれた方が幸せなのかもな........獣王も拷問して殺すことは禁じてるみたいだし、苦しまずには殺してくれるだろ」


 残酷だなとは思うが、俺も似たようなことをやってるだけあって人のことは言えない。


 寧ろ、苦しませて死なせてる俺たちの方が罪は上かもしれない。


 まぁ、これは絶滅戦争に近いから容赦はしないんですけどね。


 「この報告書だけを見ると、どちらが“悪”か分かったもんじゃないな」

 「正義なんて人によって姿を変えるんだよ。私達も........ね」

 「悲しきかな。俺達はどう見ても悪側なんだよなぁ」


 厄災級魔物を自由に動かせる傭兵団なんて、世界的に見ても“悪”だろう。


 ましてや、9ヶ国も既に滅ぼしていれば人類の敵認定されてもおかしくはない。


 「正義ってなんだろうな」

 「“万人に好かれる言葉”それだけだよ。自分の行いに免罪符を与えてくれる便利な言葉なんだよ」

 「哲学だな」

 「哲学だよ。特に、“正義と悪”“天国と地獄”辺りはね」

 「天国と地獄に関しては、存在してそうだけどな。この世界」

 「天使とか悪魔とかいるもんねぇ。もしかしたら、天界とか地獄とかあるかも?」


 そういえば、ケルベロスは“地獄の番犬”だったな。彼に聞けば、何か教えてくれるかもしれない。


 言葉は分からないから、通訳が必要だけど。


 「天国と地獄か。存在するなら、いつか行ってみたいな」

 「天国はともかく、地獄は遠慮したいかなぁ。暑そうじゃん?」

 「それは確かにそうだな」


 戦争の話からかなりズレた話をする俺と花音は、その後も想像上の世界について話をするのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 禁忌。


 それは人々が恐れ、開いてはならないパンドラの箱。


 かつて禁忌に手を出し滅んだ国は少なくなく、未だにその被害が残る国もあった。


 そんな“禁忌”を操るエルフである“禁忌”ロムスは、招かれざる客に殺気を向ける。


 「これはこれは。随分と物騒なお客ですね。出てきたらどうです?」


 読んでいた本を閉じ、本棚の影を睨みつけると影はゆらりと動いて姿を現した。


 「これでもバレるとかヤベェな。流石は“禁忌”」

 「誰ですか?」

 「俺か?俺は........そうだな“復讐者アヴェンジャー”とでも名乗っておくか。またの機会に来るとしよう。さらばだ」


 さっさと退散しようとする相手を見て、ロムスは動き出す。


 「逃がすとでも?」


 ロムスは素早く魔力を練り上げ対象を拘束しようと目論んだが、それよりも早くその人物は消え去った。


 「転移ですか........バレた時の対処は完璧という訳ですね」


 ロムスは既に居なくなったその場所を眺めると、小さく舌打ちをするのだった。

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