教皇の苦情
教皇の爺さんに呼び出された俺達(連絡手段は無いから正確には呼び出されたとは言わない)は、神聖皇国を訪れていた。
戦時中ということもあり街を行く人々は随分と目減りしているが、それでも街には活気がある。
正教会国の街は、子供たちの報告曰くお通夜状態らしいので、ここら辺でも国力の差が出ているんだなぁと思いながら教皇が普段いる部屋へと向かった。
途中でサインや握手を求められたりしながら歩くこと数分。教皇の気配がする部屋に辿り着く。
ノックをして返事を待たず部屋に入ると、教皇は半ば呆れた顔をしながらこちらを見てきた。
「来ると思っていたぞ。予想よりは早かったがな」
「なんだ。もう少し遅くても良かったのか。一応
「その依頼主の要望を無視したやつがよく言うわ........とりあえず座るといい。茶を用意しよう」
教皇はそう言うと、80過ぎの身体にムチを打って立ち上がる。ココ最近は戦争の資料やら報告書やらとの睨めっこが続いているようで、随分と体が重そうだった。
開口一番に怒られると思っていた俺からすれば、拍子抜けな対応だ。
これは“脅し”という手を使わなくても良さそうである。なるべく神聖皇国とは仲良くしてたいからね。
教皇に言われた通り大人しくソファーに座り、お茶が出てくるのを待つ。
2分もしない内にお茶は出来上がり、教皇はそれを持って俺達の対面に座った。
「まずは飲むといい。疲労が取れる茶だ」
「それ、俺よりも爺さんが飲んだ方が良くねぇか?」
「ハッハッハ。飲んでいるとも。飲んだところで疲労は募るばかりだが........」
そう言った教皇の目は笑っていない。顔に貼り付けられた笑顔が、どれだけ教皇の爺さんが疲れているのかを表している。
わかるよ分かる。気の遠くなる程大量の報告書とか見ると、そんな目にもなるよ。
ぶっちゃけ身体を酷使するよりも精神的にキツい。俺の場合は、元々作業系の仕事が向いていないというのもあるが。
俺は心の中で同情しつつ、出されたお茶に口をつける。
毒味は既に花音が済ましており、何も言ってこないので問題ないのだろう。まぁ、生半可な毒は俺も花音も効かないから、ワンチャン入っているかもしれないが。
毒........ヨルムンガンド........抗体を作るための人為的肉体改造........うっ頭が。
あの島での地獄を思い出し、頭が痛くなりつつもお茶を飲む。
お茶は普通に美味しかった。
少しの間、誰も話すことなくお茶を啜る音だけが響く。教皇ものんびりできる貴重な時間だと思ったのか、中々本題を切り出さなかった。
5分後。お茶を飲み終えた教皇は、ようやく本題に切り込む。
「大人しくしててくれと言ったのに、そのすぐ後に戦争に参加したのはどう言うつもりだ?報告では厄災級魔物は見られなかったようだが........」
「色々とこちらも事情があったんだよ。だから戦争に参加した」
「答えになっておらんぞ。その事情を聞いている」
ちっ、これで引き下がってくれれば楽だったのに。
教皇もこんな言い訳の仕方で納得はできないだろう。これで許したとなれば、俺が他にやらかしても“事情があった”で済ませようとしてしまうからな。
アゼル共和国に借りがあるとか、適当なことを言うのは簡単だ。
実際に借りはあるし、つかながりが濃い。
しかし、それでは俺達の居場所がバレてしまう可能性がある。世界で唯一居場所がわかっている厄災級魔物“浮島”アスピドケロンが国境部にいるのだ。
少し調べれば、俺達がバルサルによく顔を出していることも分かるだろう。
........アレ?もしかして戦争に参加した時点でアウト?
アゼル共和国陣営で参加しているなんて調べれば分かるし、アゼル共和国との繋がりを疑われても仕方がない。
しまった。バルサルの連中にはバレてないから油断していた。
とは言え、戦争に参加しないという選択はない。
アゼル共和国には知り合いが多くいるし、滅んでもらっては物資の補給が面倒になる。
そうなると、戦争が起こった時点でどう足掻いても無理だったな。
結局、戦争が起こった時点で参加は決定していたし、戦争に参加すれば嫌でも拠点の大まかな位置がバレる。
まぁ、ウロボロスの結界によって外からは見えないし、余程の実力者では無い限り侵入もできないからいいや。
侵入バッチコイである。
俺は花音をちらりと見ると、俺の考えが伝わったのか小さく頷いた。
花音も同じ結論に至ったのかもしれない。
「アゼル共和国に借りがあった。それを返すために戦争に参加した」
「........アゼル共和国と関わりがあるのか」
「この4年間で色々な場所に関わりを持っているさ。獣王国やら大エルフ国やらにも、知り合いはいる」
獣王国は裏組織の獣人しか知らないけどね。しかも、知り合いと言っていいかも怪しいラインだし。
ジーニアス君は元気にやっているのだろうか。ココ最近は正共和国との抗争があったみたいだが。
助けを求められてないし、元気にやっているのだろう。今度、監視に貼り付けた蜘蛛から今何やっいるか報告を貰うのもいいかもしれない。
俺がそんなことを考えていると教皇は何かに思い至ったようで、その顔が若干恐怖に染まっている。
何を考えたのかおおよその想像は付くが、そんな顔されるのは少し悲しいな。
「まさか、“浮島”アスピドケロンも仁殿の仲間か........?」
「さぁ?なんの話しかわからんなぁ?」
ほぼ答えを言っているようなものだが、俺は分からないふりをする。
1度やってみたかったのだ。“確信に触れた相手に惚ける”と言うクソくだらないやり取りを。
教皇は、それ以上は何も突っ込むことはせず、コップに残ったお茶を飲み干すとソファーから立ち上がって報告書の山に向かう。
「そういうことにしておこう。今回のことは目を瞑っておく。が、あの厄災を動かすのは勘弁してくれ。抗議文がものすごくいっぱい届いているからな。それ以外は........もうすきにしていい」
「そりゃ有難い。とは言え、暫くは大人しくしてるつもりさ。今回のようなことがなければね。それよりも、抗議文がそんなに来てるのか?」
「仕事が増えたと感じるほどにはな........面倒だ。仁殿達の事を伏せつつ、上手く返事をしなければならん。もう、女神様の裁きとか言っても許されそうだ」
仮にもイージス教の教皇が言ってはダメなことを言っている。
そう言っても俺達のせいにしない辺り、教皇の爺さんは優しいな。
いや、俺達を敵に回した方がヤバいと分かっているからご機嫌を伺うのか。
やはり、厄災級魔物という存在はそれほどにまで恐れられている存在なのだと俺は思いつつ、今度美味しいスイーツとか持ってきてあげようと心の中で決めるのだった。
なんか、申し訳ないからね。
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