神正世界戦争:炎帝vs神突②

 血を血で洗い誰しもが動き回る戦場の中、その場所だけは時間が止まっていた。


 “炎帝”と呼ばれつつあるシルフォードと世界最強の傭兵と名高い“神突”デイズ。


 強者達による高度な読み合いは、周囲すらも巻き込んで時間を止める。


 先手を取るのか後手を取るのか。


 先手を撮った場合どのような攻撃を仕掛けるのか、後手ならばどのようにして相手の攻撃をいなしカウンターを叩き込むのか。


 たった数秒の沈黙は、周囲でその行方を眺める人々にとって永遠にも感じられるほど長く、対峙している彼女達は更に長く感じる。


 1秒が限りなく引き伸ばされたその空間。


 先に動いたのは“神突”だった。


 「読み合いはだりぃな。先手は貰うぞ!!」


 高度な読み合いをしていた神突は、それらの思考を放棄して槍を突き出す。


 左足親指の付け根を起点とし、それに連動して動く全身。身体強化と槍によって強化された感覚が、その槍の尖端を音よりも速くした。


 5メールほどあった間合いは一瞬にして縮まり、気づいた時には槍がシルフォードの顔を貫かんと迫り来る。


 誰もが勝負あったと思う中シルフォードは右足を後ろに下げ、軽く首を左に傾ける。


 音速をも超えた槍は、シルフォードの顔スレスレを通り過ぎ音速を超えたことによる衝撃はがシルフォードを襲う。


 ここが仁たちの故郷である地球ならば、鼓膜が破れたり衝撃によって多少なりとも何かしらのダメージが入っただろう。そもそも、音速の攻撃なんて見切れない、


 しかし、ここは異世界。地球とは別の法則や力が存在する。


 全身に軽く魔力を纏うだけで音速を超えたことによる衝撃は容易く弾かれ、無傷のシルフォードがそこには立っていた。


 「遅い。スン──────────じゃなくて、ラーグさんの突きの方が数段速い」

 「あ?俺様の槍よりも速いやつなんているわけねぇだろうが!!」

 「人間の中ではそうかもしれない。が、世界は広い。お前は知らなすぎる。世界の広さとその強さを」


 シルフォードはそう言うと、攻撃は仕掛けずに1歩後ろへと下がる。


 懐に入れば優位が取れるこの状況で、態々槍の間合いを維持したのだ。


 攻撃に備えてきた神突も、これは予想していない。


 「なんのつもりだァ?」

 「今回必要なのは、私達の名前を広く知らしめること。言ったでしょ?格の違いを見せてやると。持てる手札を全て使ってかかってこい」

 「何だと........」


 完全に舐めている。


 世界最強の傭兵と名高い神突を相手にして、舐め腐ったこの発言。


 プライドが高く、自分の力に絶対の自信を持つ神突にとってこの発言は頂けないものだった。


 先程とは比べ物にならないほど魔力が膨れ上がり、槍からは雷が発生し始める。


 槍だけでは無い。


 神突自身も雷に覆われると、その金髪も相まってどこぞの戦闘民族のような姿に変わっていた。


 「“雷槍:電光石火”俺に舐めた口聞いて生きて帰れると思うなよ」

 「雷を纏った槍。その槍の雷を自信に付与することで、身体機能を大幅に向上させる能力。他にも多少できるけど、警戒するに至らず。流石はベオークの子供達。情報通りだね」


 殺気に溢れる神突と、冷静に能力の確認を行うシルフォード。


 神突が槍を構えると再び時は止まる。


 だが、先程とは違いその静寂は直ぐに破られた。


 「──────────シッ!!」


 先程よりも数段速い突き。


 最早、槍どころか神突自体を目で追うことすら困難な突きがシルフォードに襲いかかった。


 身体に流れる出来によって強引に肉体強度と速度をあげた神突の一撃は、先程と同じ様に顔を狙う。


 「さっきよりはマシ。だけどそれでもラーグさんよりは遅い」


 シルフォードは焦ることなく、先程と同じ様に首を傾けて槍を避けると今度は攻撃を仕掛けようと前に出た。


 が、それを神突が読んでいない訳が無い。


 空を切った矛先は、ピタリと空中で停止するとシルフォードの首を狙って横になぎ払われる。


 力の流れなど一切関係なく、強引に振るわれた槍は的確にシルフォードの首に吸い込まれた。


 「少しはやる。でも私を傷つけるほどでは無い」


 首元に吸い込まれた槍は避ける素振りを見せないシルフォードの首を撥ね飛ばすかに思えたが、途中で炎に阻まれる。


 本来固形としての形を持たない炎ではあるが、魔力によって生成された炎と言うのは物体を阻む事もできる。


 とはいえ、相当な練度がなければできないし、世界最強の傭兵の槍を受け止めることも難しい。


 2年近く厄災級魔物とそれ以上の実力を持った人間の形をした化け物に鍛え上げられたシルフォードの魔法は、精霊の力を借りて絶対不変の盾となり得る程にまで成長した。


 それでも、欠伸混じりに殴り飛ばしてくる奴や炎そのものを凍らせて破壊してくる竜がいるので、シルフォードは慢心することは無いが。


 「何っ?!」


 当たらずとも避けられると思っていた神突は、炎の盾によって受け止められた事に驚愕し、慌てて槍を手元に引き戻そうとする。


 音速を優に超える攻撃を仕掛けれる神突が手元に槍を戻す動作は、同じく音速を超える程の速さだった。


 相手がそこそこの強さを持つものなら、この隙を狙ったとしても容易に対応できただろう。


 しかし、相手は既に人智を超えつつある存在。


 槍を手元に戻すよりも速く、シルフォードは間合いに入っていた。


 「歯、食いしばれ。まだ死ぬなよ?」

 「──────────ッゴ!!!!」


 圧倒的な魔力によって身体強化されたシルフォードの拳は、神突の腹に突き刺さる。


 体はくの字に曲がり、肺にあった空気が一気に失われる。息苦しさと内蔵をえぐる痛みが同時に襲い、更には身体が持ち上がった。


 アッパー気味に放たれたその一撃によって神突は空を舞い、10メール以上も吹き飛ばされる。


 それでも、痛みに耐えながら空中で体勢を立て直したのは流石と言えるだろう。


 神突は地面に叩きつけられる事無く着地すると、追撃に備えて槍を構える。


 その口から血が垂れ落ちているのを見るに、内蔵へのダメージが相当なものだったという事が見て取れた。


 「ゴホッ、クソが........あのジジィとやり合った以来だな、ここまで一方的にやられるのは」

 「ウンウン、耐えた。今ので死なれても私達の強さがよく分からないだろうし、よかったよかった」


 世界最強と言われる傭兵相手に血を流させている時点でかなり強く、シルフォードがどれだけ化け物なのかを示しているのだが、彼女も雇い主に似たのか変なところで頭が回らない。


 そもそも、一方的にボコらずとも勝てればその時点で揺レ動ク者の評価は爆上がりするのだ。


 外野で邪魔をしようとするものを排除しながら観戦するエドストルは分かっているが、少し抜けているリーダーはそのことに気づかない。


 圧倒的な勝利を持って、揺レ動ク者の評価は上がると勘違いしている。


 これは、元々閉鎖的な環境で暮らしてきたがために世間一般の認識をよく分かっていないのが原因である。


 故郷が閉鎖的であり、拾われた場所も常識知らずが多い。


 そんな場所で育ってこれば、価値観や認識もかなりズレる。仕方がないと言えば仕方がなかった。価値観や認識を教えるものすらも世間からズレていては、どうしようもない。


 すでに“揺レ動ク者グングニル”が“狂戦士達バーサーカー”に並んでいると見られている事は、エドストルでも気づけなかったが。


 「もうお終い?」

 「ほざけ。まだゴホッ、準備運動だ」


 世界最強の傭兵はそう言うと、手に持った槍を構えるのだった。

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