神正世界戦争:九尾は幻影、大地は鉄槌
太陽が地へと落ち、ダークエルフの姉妹が大暴れしていた頃。白色の獣人の姉弟も、戦場の中を駆け抜けていた。
誰しもが太陽によって足が止まる中、普段から見慣れている彼女達の足が止まることは無い。
「流石はリーダー。火力が違うねぇ」
「リーダーだけにいい格好させたらダメだよ。僕達も頑張らないと」
足が止まった味方の兵士達を素早く避けていき、ものの数秒で敵陣へと辿り着く。
敵兵達は慌てて迎撃準備を始めたが、ダークエルフ姉妹の時と同様、間に合うはずもない。
「
手に持っていたキセルを吸い、紫色の煙を吐き出すと、それはリーシャの形を作っていく。
普段ならばその綺麗な白色の毛並みを再現した分身が生まれるのだが、今回はローブを被り仮面で顔を覆っている。
分身体と本体の見分けがつかないように、リーシャは今の自分とそっくりな分身を作り上げた。
ちなみに、リーシャの仮面は他の面々の仮面とは違い、口元も空いている。キセルを吸えるようにしてあるのだ。
「サポートよろしくね?ロナ」
「問題ないよ。姉さんこそ、しっかりね」
リーシャは自分の分身を操作しつつ、敵陣へと突っ込む。
敵兵は、突如として増えた分身体に驚き、肉薄を許す。
「プランみたいに正確な遠距離攻撃はできないからね。悪いけど、叩き潰させてもらうよ」
それぞれが意志を持ったかのように動く分身体は、敵兵士を殺し始めた。
ある者は頭を潰され、ある者は腹を貫通され内蔵が外へと飛び出る。ある者は逃げ出そうとしたが、土でできた手に捕まえられ動くことが出来ず、その隙を分身に狩られる。
もちろん、中には剣や槍を抜いて反撃する者もいた。
しかし、分身体は元々煙でできた存在である。
分身体を捉えた剣はなんの抵抗もなく分身体を通り抜け、切り裂いたと確信した敵兵の心を折るかのごとく九尾の尻尾で叩き潰す。
切り裂かれた分身体は何事も無かったかのように元へと戻ると、再び敵兵に向かって行く。
倒すすべが見つからない敵兵達は、混乱の渦に飲まれていくのだ。
「やっぱりその分身体ってズルくない?煙なのに物体に干渉できる時点で強すぎでしょ。しかも、敵からの攻撃は効かないし」
「使ってみると色々と制限があるわよ?この煙も万能じゃないからね」
ロナは、姉の滅茶苦茶さに軽くため息をつきつつ、的確に敵兵を殺していった。
彼の異能は小回りも効くが、本領は圧倒的物量から繰り出される範囲攻撃だ。全力で使えば、間違いなく味方を巻き込んでしまう為ここでの使用はサポート程度に抑えている。
だからと言って、ロナが弱い訳では無い。
厄災級魔物やそれに準ずる強さを持つ人の形をした化け物によって鍛え上げられた戦闘技術は、容易に敵の命を奪っていく。
「死ねぇ!!」
分身体の魔の手からすり抜けた敵兵の1人が、ロナに向かって剣を振り下ろした。
魔力の籠った鋭い一撃は的確にロナの脳天を捉え、当たれば頭の先から真っ二つに切り裂かれる事となるだろう。
しかし、ロナにとってはあくびが出るほど遅い剣筋であり、威力も精々軽くビンタされる程度だ。
「遅い」
ロナは、振り下ろされる剣を見向きもせずに親指と人差し指と中指の腹でつまむ。
茶摘みをするかの如く優しく摘まれた剣は、それだけで止まってしまった。
「んなっ!!馬鹿な!!」
「剣が遅すぎる。最低でもエドストルさんぐらいの剣速がなければ、僕には当たらないよ。それに、剣自体も悪い。ミスリルがほんの少し混じった剣みたいだけど、こんなのは──────────」
ロナは摘んだ剣に軽く力を込める。
すると、剣はあっという間に粉々に砕け散り、剣の長さは半分以下になってしまった。
「──────────簡単に壊れちゃう」
「ば、化け物........」
砕かれた愛剣ヲタ見て、兵士は固まってしまった。
仮面とローブによって包まれたその顔。しかし、その奥に見える目は、こちらを人間として見ていない。
そこら辺の石を見るかのように感情のない目は、敵兵にとって化け物以外の何者でもなかった。
「ありがとう。その言葉は、僕にとって褒め言葉だよ。お礼に苦しむことなく殺して上げる」
ロナはそういうと、自身の異能を発動させて敵兵の両脚を固定する。
そして、魔力の籠った右拳を思いっきり顔面に叩きつけた。
グシャッ
全力で放った拳は、頭だけではなく上半身ごと吹き飛ばし、その余波によって後ろにいた敵兵までもが死に至る。
扇状に広がった血の跡を眺めながら、ロナは“ここで決めゼリフとか言った方がいいかな?”とくだらないことを考え、実行した。
「鉄槌の味は美味しかっ──────────」
「ロナ!!今の余波に分身体が巻き込まれたんだけど?!ちゃんと周りを見てからやってよ!!」
「あっ、ごめん姉さん」
姉に怒られて締まらない弟であった。
その姿は、お互いの主人に似ているのかもしれない。
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戦争が始まっているドレス平野から遥遠くから、監視する者はのんびりとクッキーを食べる。
「やはり彼らは出張ってきますか。いやまぁ、これはしょうがないんですがね。彼女との契約も戦争が起こるところまでですし」
「いいのか?下手をすれば計画がパァになるぞ」
のんびりとクッキーを食べる魔女の横で、少しイラつきながら悪魔が問いかける。
そのドスの効いた声から、彼がどれだけ魔女を嫌っているのかがよく分かった。
しかし、魔女はそんなこと知ったことかと言わんばかりにスルーすると、手に持っていたクッキーを悪魔に1枚差し出す。
「それでも、彼らとやり合うのは愚策ですよ。それに、やりようは幾らでもあるので。こういう時こそ、落ち着いてクッキーを食べましょう」
「........」
悪魔は何も言わずに素直にクッキーを受け取ると、口の中に放り込む。
甘さを控えめにしたクッキーは、甘党では無い悪魔の口によく馴染んだ。
「美味いな」
「あら、結構素直なんですね。てっきり“魔女の作ったクッキーなぞ食えるか!!”とか、“クソまずい。死ね”ぐらい言われるかと思ってましたよ」
「自分がどれだけ嫌われているか、よく分かっているではないか。言ってやろうかとは思ったが、別にクッキーに罪は無いのでな。それに、美味いのに不味いと言うのは食材に失礼だ」
「そこは、私に失礼だ。という場面では?」
「貴様に失礼もクソもないだろう?個人的には貴様はとっとと死ね」
「辛辣ですね。泣きますよ?」
「泣いてろ泣いてろ。その間、我は笑ってやるのでな」
「ホント、嫌われてますね」
魔女はそう言うと、再び視線を戦場へと向ける。
「全く。大変ですよ。この世界を欺くのはね」
その呟きは、隣にいた悪魔の耳にすら入らなかった。
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