戦争の前触れ

 半日経っても終わらない報告書の山が、ようやく山頂を見せてきた頃。気になる報告を目にした。


 「旧シズラス教会国の動きがさらに活発化ねぇ。そろそろ本当に戦争を仕掛けてくるかもな」

 「狂戦士達バーサーカーだったっけ?そんな傭兵団を迎え入れている時点で戦争が起こるのは確定事項でしょ」


 俺の手に持った報告書には、旧シズラス教会国の動きが事細かに書かれている。


 何らかの方法で、隠密に優れた子供達に視線を感じさせている為内部にまで入り込んで詳しく調べることは出来ないが、外からの監視でも得られる情報は多かった。


 敗戦国であり、国を分解されたシズラス教会国は物資が足りておらず、その物資を補充するために至る所から人がやってくる。その動向を見ているだけでも、大体のことは予想が着くのだ。


 本当ならば、子供達に妨害工作などをしてもらいたいのだが、やはり原因不明の視線がネックとなって静観を続けさせている。


 俺達の優位性というのは、バレてないからこそ発揮されているのだ。


 「入ってきている兵士の数も相当な物だな。前の戦争の倍近くは兵士が用意されてる。パッと見ただけでこれだけの数がいるんだから、しっかり数えればもっと多くなるだろうな」

 「“狂戦士達バーサーカー”だけで、二個師団近くいるからね。世界最強と言われてる傭兵団の兵力は伊達じゃないよ。彼らだけで、小国程度なら落とせそう」

 「その点で言えば、ウチも似たようなものだけどね。しかも、全世界を敵に回しても何とかなりそうだし」

 「まぁ、厄災級魔物の存在がチートすぎるかな。一体で大国だろうが滅ぼせる力を持ってるとなると、人間じゃ太刀打ちできないよ」


 やはり厄災級魔物という存在はチートが過ぎる。だってアイツら、そもそもたっている土俵が違うんだもん。


 俺達は人間同士の土俵に立ってるのに、向こうはその一個上の土俵に立っている。そりゃ、格が違いますわ。


 「これだけの数の兵士を抱えてるとなると、食料とか大量に必要だよな?やっぱり子供達が動けないのがネックになるか」

 「視線を感じてない場所で消しちゃえば?どこから来ても、安全に移動できる訳でもないし、少し嫌がらせする程度なら問題ないと思うけどね」

 「万が一があったら困るから、動かせないんだよ。その嫌な視線とやらが無ければ動かしたんだが、俺達が知らない手段を選ば持っているとなると警戒するに越したことはないさ」


 一応、ファフニールやニーズヘッグ辺りに話を聞いてみたのだが、二人とも視線を感じる魔道具には、心当たりがないとの事だ。


 態々夜中にバルサルにまで出向いてマルネスにも話を聞いたが、マルネスも知らないと答えた。


 あのロリババァ、急に訳の分からんことを言い始めたから何か知っているのでは?と思ったのに。宛が外れたぞ。


 そんな訳で、長年生きている厄災級魔物ですら分からず魔道具の専門家ですらも分からない手段となると警戒してしまう。


 ドッペルにも話を聞いたが、やはり知らないという答えだったしな。


 「それで、仁はどうするの?」

 「どうするって言われても、アゼル共和国に情報を流すぐらいしかやることがないな。後は、三姉妹と獣人組に常に万全な状態にしておけとしか言えない」

 「仁は参加しないの?絶対楽しいよ?」

 「今回の主役は三姉妹達さ。本当にどうしようも無くなったら俺も出るが、基本は傍観させてもらうよ」


 三姉妹達が任せてくれと言ったのだ。団長である俺がそれを信用しないというのは、お互いの信頼関係にヒビを入れる行為となる。


 それに、厄災級魔物である“真祖”ストリゴイと“真祖”スンダル・ボロンが監督として着くのだ。俺が出るまでもない。


 そのことを花音に説明すると、花音は納得したかのように大きく頷く。


 「あぁ、確か、エドストルが敵討ちする為の前哨戦だったね。完全に忘れてたよ」

 「どういう経緯でそうなったかは聞いてないが、相手の顔は覚えているらしいかなら。正教会国に殴り込みに行く前の相手としては十分だろ。シルフォードなんてサラが上位精霊になってから、厄災級魔物連中ともやり合えるぐらいの強さにはなってるからな」

 「凄いよねぇ。精霊って。私も仁もその姿を見ることは出来ないけど」

 「絵で見たことはあるんだけどな........声も聞けないから、少し寂しいな」


 イスやシルフォードはその姿も声も聞くことが出来るが、俺や花音は精々気配を感じとる程度。やはり、異世界ファンタジーの定番である精霊をその目で見ることが出来ないのはどこか寂しかった。


 適正のない人でも見ることが出来る精霊王とやらにはあってみたいものだとは思うが、精霊王はこの世界に6体しか存在していない事を考えると、確率は相当低くなる。


 やはり、ここはサラに精霊王の座を奪ってもらうしかないのか........奪い方知らんけど。


 「アゼル共和国とジャバル連合国は、大エルフ国に援軍を求めてるみたいだね」


 脱線しかけていた話を花音が戻す。


 俺は頷くと、報告書をピラピラと振った。


 「狙いは十中八九大エルフ国だからな。前線を引き受けてやる代わりに、支援してくれって話をもちかけたんだろ。あの食えないクソジジイの事だから、物凄く嫌味ったらしく言ってるに違いないぜ」

 「仁に似てるからねぇ」

 「どこがだよ。俺はあのジジイよりはマシだっての」

 「ハイハイ。仁はいい子だねぇ」

 「........」


 どこか諦めた目で俺の頭を優しく撫でる花音。


 納得いかないが、これ以上言っても相手にされないのはわかっているので俺は大人しく花音の柔らかい手を堪能した。が、解せぬ。


 「大エルフ国もそれが分かっているからか、灰輝級ミスリル冒険者並の強さを持ったエルフを派遣するみたいだよ。流石に“精霊王”は他の戦場にいるから無理みたいだけど」

 「大丈夫なのか?それ。相手は“神突”デイズだろ。聞いた話だと“精霊王”と並ぶ強者らしいじゃないか」

 「さぁ?それを私に言われてもねぇ。傭兵団の長程度なら、灰輝級ミスリル冒険者並の強さを持った者が何人かいれば大丈夫って判断したんじゃない?」

 「最強と謳われる傭兵団にも灰輝級ミスリル並の強さを持ったやつは何人もいるだろうに。数で圧倒できるどうこうの話じゃないと思うんだけどな」

 「私もそう思うよ。とは言っても、ストリゴイ達が参加すれば問題なく終わるだろうけどね」


 それを言ったらお終いだよ。三姉妹も獣人組も実力だけで言えば灰輝級ミスリル冒険者並の強さを既に持っているのだから。


 もちろん相性差と言うのはあるが、並大抵の相手には負ける事は無いし、臆することもない。


 何故かって?だって我が傭兵団にいる厄災級魔物の方が余程強いし、恐ろしいからだ。


 「俺の弟子も戦場に出たりするのか?もしそうなら、師匠として見守りぐらいはした方がいいかな?」

 「それは自由じゃない?私は止めないよ」


 戦争となれば、リーゼンお嬢様も戦場に立つ日が来るのかもしれない。


 その時は見守ってやるかと思いつつ、俺は次の報告書に手を伸ばした。

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