情報戦はいつの時代も必要

 アンスールと囲碁を打った翌日。


 今日も今日とて大量に押し寄せる報告書の波に飲まれながら、俺と花音は若干死んだ目をしながらその報告書に目を通す。


 魔王が復活する前もかなりの量の報告書が押し寄せてきたが、戦争時ともなるとその比ではない。


 各国の動きや各戦場の動き、更には被害報告なんかまで含まれている報告書ともなれば、たった半日で膝下近くまで積み上がる。


 しかも、11大国のみならず重要な場所に位置する小国なんかの情報も集めているのだ。


 そりゃ、目の一つや二つ死んでもおかしくない。


 「龍二達は頑張っているようだな。徐々に戦線を押し上げれているから、後半年もあれば正教会国の近くが最前線になるかもしれん」

 「“剣聖”が出張って来なければね。あの化け物お爺さんを相手にできるほど、龍二達は強くないから........下手をしなくても、死ねるかもねぇ」

 「剣聖は監視を付けているから動く瞬間は察知できる。俺達が行けばなんとかなるだろ。それに、アイリス団長がいるなら逃げる程度はできるだろうしな」

 「あぁ、あの理不尽極まりない能力だね。人間相手には絶対的優位に立てるから、相当なものだよ」

 「理不尽で言えば、ウチの連中も同じなんだけどな........」


 ブルボン王国南部で繰り広げられている戦争は、今のところ神聖皇国側が圧倒的に有利であり、徐々に戦線を押し込めている。


 国を代表する灰輝級ミスリル冒険者の数が圧倒的に少ないに加え、汚職で成り上がった練度の低い兵士とやる気のない農民等で編成されている正教会国側では、力の差が顕著に現れていた。


 特に、“聖刻”“天聖”“聖魔”“精霊王”が大暴れした結果、“聖盾”の体力を削りにけずっているのが大きい。


 正連邦国と正教会国が切り札とも言える“聖弓”と“剣聖”を出していないせいで、“聖盾”の負担がかなり大きく、最初こそ、それなりに拮抗していたバランスも崩れ始めている。


 聖盾は頑張っているものの同格相手ともなると、人数差によって押し込まれてしまうのはしょうがないと言えばしょうがない。


 更に、こんな戦争時だと言うのに上の連中が好き勝手に支援物資などを中抜きしているのも問題だった。


 食料を買い込むための金を中抜きして横領したり、酒などの嗜好品を自分の所だけに移したりとやりたい放題やっている。


 その為、十分な物資が前線に行き届かず、ひもじい思いをしながら戦場に立つ兵士が多く見られる事になったのだ。


 もちろん、腹が空けば力は出ないし、喉が乾けば声も出ない。嗜好品等も無いため、徐々に士気は落ちていき殺されていく。さらに、それを見た仲間も仲間を殺されたことによって士気が下がると言う悪循環に陥っていた。


 神聖皇国側にも戦時中だと言うのに汚職を働く者はいたが、大抵は直ぐにバレて処刑されている。


 まぁ、子供達が情報を流したりしてるから当たり前なんだけどね。


 教皇の爺さんに“しばらく大人しくしてろ”と言われた俺達だが、子供達を上手く動かして神聖皇国が有利になるように戦争を進めている。


 影の中からバレずになんでも出来るハイスペック蜘蛛は、この戦争において驚異的な活躍を見せ、神聖皇国側の内部に入ったスパイを人知れず始末したり、そのスパイを上手く使った偽の情報を掴ませた上で神聖皇国側に情報をリークしたり。


 隠れることに関しては超が付くほど一流なので、やりたい放題してくれている。


 元々賢い蜘蛛達なので、少し教えてやれば後は勝手にやってくれるのもポイントが高い。


 前の世界とは違い情報に関する意識が低いこの世界で、情報という武器を使って好き勝手に暴れ回る蜘蛛達は最早第三の勢力となっていた。


 ひとつ、困り事を上げるとするならば、好き勝手にやりすぎるお陰で報告書が増えることかな。もう少し加減して欲しい。


 「この世界では情報戦って言う概念が無いためか、子供達の活躍が凄まじいね」

 「情報を盗むことはあっても、偽物を掴ませるなんて事は滅多にないからな。ちょいと小細工しておけば、あっという間に情報に踊らされてくれる。ある意味1番のチートだな。やろうと思えばこの世界を支配出来るんじゃないか?」

 「ネットワークなんてこの世界に無いし、遠距離連絡用の魔道具も貴重だからね。性能が悪いヤツだと燃費が悪すぎるし」

 「最悪、遠距離連絡も用の魔道具は全部ぶっ壊しちまえばいいからな。今の子供達には、それが実行できるだけの数と実力がある」


 小国でも一応は持っている遠距離連絡用の魔道具は、魔道具が進歩した今の時代でもかなりの貴重品だ。


 作れる魔道具士もかなり少ないため、人海戦術を取れば全員を暗殺することだって可能となるだろう。


 「ベオークを誘って良かったな。いやホントに」

 「アンスールは一度に産める子供に限界があるからねぇ。しかも、繁殖はできないようにしてるし。その点で言えば、ベオークは本当に便利だよ。本人も強いし」

『呼んだ?』

 「呼んだ呼んだ。ベオークは凄いなって話」


 ひょっこりと影から顔を出すベオークの頭を軽く撫でてやりながら、俺はベオークを頭の上に乗せてやる。


 ベオーク曰く、俺の頭の上が1番落ち着くそうだ。


 体長が30cm近くあるから、傍から見ると結構ヤバいやつに見えるそうだが。


『ワタシが凄いのは当たり前。こう見えても長生きしてるから、その分力と経験がある』

 「そうだな。俺達よりよっぽど長生きしてるだろうし........って言うか、魔物に寿命って存在するのか?」

 「あんるんじゃない?寿命で死んだ魔物なんて聞いたことないけど、ゴブリンなんかは人間と同じぐらいしか生きられないとは聞いたことあるよ」

 「蜘蛛の魔物は?」

 「それは........分からないかなぁ........」


 花音の話首を傾げる。


 人に近いゴブリンは人と同じぐらいの長さなのか。


『寿命はある。けど、とてつもなく長い。一代目のアラクネから生まれた蜘蛛なんかは、まだ生きていたりする』

 「知り合いがいるのか?」

『随分昔に一度出会った。そのときで既に3万年とか生きてたから、少なくとも3万年は生きる。簡単に死ぬような奴じゃないから、多分まだ生きてると思う』

 「へぇ、蜘蛛って長生きなんだな。前の世界だと世界最高齢でも43歳だったのに」


 ベオークって何歳なんだろうか。


 前もこの疑問を思ったことがあっだが、流石に聞くのは怖いしなぁ。


 そう思っていると、花音がぽつりと呟く。


 「永遠に生きるっていいよねぇ。ロマンがあるよ」

 「そうだな。出来れば長く生きてたいな」

 「仁と永遠に生きてたいよ。ずっと一緒に2人でね」

 「そうだな」


 頭の上に乗っているベオークが“やれやれまたか”と言わんばかりに首を横に振るのを無視しつつ、俺は抱きついてくる花音を優しく止めた。


 不老不死ねぇ。それはちょっとリスキー過ぎるかな。

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