神正世界戦争:石となりては滅びを呼ぶ②

 その日の夜。怒りを押し殺した厄災は、ついに動き始める。


 思わぬ所で食らったお預けは、メデューサの怒りを呼び起こしてしまった。


 先程から漏れる殺気は、メデューサが潜伏していた山の動物達を怯えさせ、中には死を錯覚して息を止めてしまった者まで現れる。


 草木ですらもその殺気に耐え着ることが出来ず、枯れてしまう者まで出現したほどだ。


 「クソったれのゴミ共が。私の計画を台無しにしたツケは払わせてやるネ」


 ゆらりと尻尾を揺らしたメデューサは、殺戮を開始する為にビドレス共和国の構える陣地へと乗り込んだ。


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 戦争の疲れというものは、休んだからと言って癒されるものでは無い。


 それはビドレス共和国とグラメス帝国、両国に言えることであり、特に他国の支援がないビドレス共和国の兵士達は疲れ切っていた。


 血で血を洗う殺し合いをなんとか生き延びた兵士達は、肉体的精神的に疲れつつも無理やり萎縮した胃に無理やり食べ物を詰め込んでいく。


 美味い飯ならともかく、何万人に食わせるとなるとどうしても嗜好品であるスパイスなどは無い。


 味気ない夕食を食べる兵士達の顔の殆どは、暗いものだった。


 「酒場で食った串焼きが食いてぇな。こんなパンとクズ野菜で煮込んだスープだけじゃ味気ない上に足りないぜ」

 「そうは言っても、出てこないものは仕方がないだろ?あまり腹の減りそうなことを言うのはやめてくれ」

 「いいだろ愚痴の一つや二つぐらいは。いいよな上の階級の連中は、きっと今頃酒を飲んでるぜ?もちろん、タレをたっぷりつけた串焼きと一緒にな」

 「だからやめろって。今ここで食えないものの話をするな」


 下っ端の兵士である彼らは、愚痴を零しながら硬い作り置きのパンをスープに浸して柔らかくしながら口の中に運ぶ。


 自分達の上官は、いい物を食べているのだろうと恨み言を言いながら食べるパンの味は今まで食べてきたパンの中で1番不味かった。


 「帰ったら絶対こんな仕事辞めてやる。給料がよかったし、入隊条件も緩かったから入ったが、こんな事なら冒険者になった方がまだマシだぜ」

 「それには同感だな。うるさい上官の相手をしなくても済むし、何より冒険者は軍に縛られない自由な組織だし。この戦争に参加していない冒険者もいるみたいだからな」

 「羨ましい限りだ。二年程休戦してるなら、このままズルズル戦争せずに済むだろとか思ってた俺が馬鹿だったね。血と臓物の匂いを漂わせる戦場なんて二度と来るか」


 止まらない愚痴は次第に加速していき、その話を横で聞いていた兵士達も会話に混ざって大きな愚痴大会が開かれる。


 その中には冒険者も多々混ざっており、戦争に対する愚痴から国に対する愚痴へと変わって行った。


 そんな下っ端兵士達の上官は、愚痴の吐き場は必要であると考え聞こえてきた声には耳を塞いで聞かなかったことにする。しかし、自分の悪口を言ったやつの顔は覚えておこうと心に決めるのだった。


 そんなワイワイと喧しくなっていた時だ。


 「報告!!魔物らしき者を確認致しました!!」


 上官の天幕に1人の兵士が飛び込んでくる。


 1人の目立ちたがり屋のバカのせいで狂った作戦を建て直していた指揮官は、飛び込んできた兵士の呼吸が整うまで待ってから話しかけた。


 「魔物か?それなら冒険者共に任せればいいだろう........もしかして、全員酔ってて使い物にならないとかあるか?」

 「いえ、既に冒険者達がその魔物に攻撃を仕掛けています。しかし、一向に倒れる気配が────────」

 「ギャァァァァァァァァ!!」


 報告に来た兵士の言葉に被さって、悲鳴が響き渡る。


 指揮官と兵士は、お互いに顔を見合せた後慌てて天幕から飛び出した。


 「な........なんだこれは」

 「........石?」


 彼らの目に飛び込んできたのは、石像となって固まった人間の数々。


 つい先程まで愚痴の大会を開いていたはずの兵士達や冒険者達は全て石像となっており、団欒を照らしていた炎すらも石となって固まっている。


 炎だけではない。地面も、食料も、空気以外のありとあらゆるものが石となって固まっていた。


 「なんだこれは........」

 「Yah!!あなたがここの偉い人デスね?」


 ぞわり。


 背中越しにかけられた声。背筋が凍りつき、石にされていないというのに、全身が思うように動かなくなる。


 後ろを振り向いては行けない。振り向いたら最後。今まで見てきた何者よりも恐ろしい絶望が、自分を包み込むのではないかという感覚。


 全身から汗が吹き出る。口の中は渇き、唾すらも飲み込めないほどにまで緊張が走った。


 「HeyHeyHey!!だんまりは困りますヨ?何か話してくださいネ」

 「き、貴様が........やったのか?」

 「Yah!!その通りデース!!冒険者?とやらが攻撃してきましたが、まぁ、所詮は下等種族ニンゲンですからネ。余程の規格外でない限りは、私に傷一つつけることは出来ませんヨー」


 ここでようやく指揮官は後ろを振り向いた。


 蛇の髪と人間に近い上半身。そして、蛇の下半身。両目は布で縛られていて見ることは出来ないが、その口元を見ればその魔物の感情は分かるだろう。


 そして、指揮官はその魔物の正体も知っている。と言うか、知っていない方がおかしい。


 蛇の特徴が多い見た目や、全てを石に変えるその目。これだけ状況が揃っていれば、子供でもその正体を察することが出来る。


 「........“蛇の女王”メデューサ」

 「YES!!正解でーす!!一応、仕事中の名前は“マン”なので、そっちデ呼んでくださいネ。まぁ、直ぐに死に行く人間が覚える必要も無いですガ」


 本能的に勝てないと悟った指揮官は、この場で自分が死ぬことを悟った。だからこそ、1人でも犠牲者を少なくしようと隣で固まっていた兵士にメデューサからは見えないように指で指示を出す。


 “時間を稼ぐから逃げろ。そして、この事を皆に伝えろ”、と。


 襲われたのは陣地の一角。今すぐにこの事を他の兵士達に伝えれば、誰かは助かるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱いた指揮官だが、その期待はすぐ様絶望に代わった。


 「さて、私、今日の計画を狂わされてイライラしてるんデスよ。さっき人間と少し遊んだのですが、あまり楽しくないし。コレなら団長サンや副団長サンとゲームやってる方が楽しいデース」

 「逃げろ!!時間はなんとしてでも稼いでやる!!」


 僅かに漏れる殺気。指揮官は自分の死をさとると同時に、時間を稼ぐために剣を抜いた。


 逃げる隙を伺っていた兵士だったが、指揮官は今すぐに逃げないと不味いと悟ると大声で叫ぶ。


 兵士は慌てて逃げ出すが、この発言がいけなかった。


 ブチッ。


 脳の血管が切れるような音が聞こえたかと思った矢先、死を錯覚させるほどの膨大な殺気が指揮官に襲いかかる。


 彼が死ななかったのは運が良かったのか、それとも不幸だったからか。


 ともかく、その発言一つでメデューサを本気にさせてしまったのだ。


 「時間を稼ぐ?私から?随分と舐めたこと行ってんなァ?あ"ぁ"?下等種族のニンゲン如きが調子こいてんじゃねぇよ。そういう舐めた口聞いていいのは、団長サンや副団長サン。最低でもあの獣人達程の強さが無いとダメなんだよ。決めた。お前は最後に殺してやる。この国の崩壊を見たあと、私がスッキリするまで痛ぶって殺してやる。私を、私達を舐めた代償は高ぇぞ?」


 完全に口調が変わってしまったメデューサに指揮官は戸惑いながらも、剣を振り下ろす。


 死を錯覚して尚、彼が剣を振り下ろせたのは誇っていいだろう。普通の人間ならば、間違いなく怯えて動けなくなるか、死を錯覚して死ぬかの2択なのだから。


 普通の人間ならば脳天から叩き切られるはずの攻撃は、いとも容易く髪の蛇に受け止められる。


 鉄とミスリルの合金で作られた剣は、いとも容易く髪の蛇の顎に噛み砕かれてしまった。


 「んなっ!!」


 多少なりともキズを付けられると思っていた指揮官は、驚くと共に距離をとる。


 しかし、メデューサはその行動を許さなかった。


 「捕らえろ」


 指揮官の影の中から数匹の蛇が現れると、絡みついて捕縛する。


 舌を噛み切って死ねないように、蛇の胴体を噛ませた。


 「さて、時間はたっぷりあるから、楽しんでくれよ?」


 こうして、指揮官の長い長い一日が始まった。

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